「役立たず」と売られた私が、最強の座を奪うまで

「役立たず」と売られた私が、最強の座を奪うまで

霧島雪

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斉藤景吾を救うために光を失った古川詩鈴。しかし、結婚前夜に非情な裏切りに遭う。斉藤は彼女が目が見えないことを利用し、借金の形として、北瑛市でも悪名高い「松岡家の放蕩息子」のもとへ彼女を差し出したのだ。 尽くした愛は徒労に終わった。詩鈴は開き直り、そのまま松岡家に嫁ぐことを決意する。 松岡家の御曹司といえば、何も成し遂げられないクズと噂される男。街中の人々が、盲目の少女と落ちこぼれの御曹司の行く末を嘲笑おうと待ち構えていた。 だが、誰も予想していなかった。「可哀想な少女」の正体が――千年に一人の調香の天才、世界トップクラスのハッカー、伝説のカーレーサー、そして平和維持秘密組織の首領だったとは……! その事実に街中が騒然とする中、元婚約者はさらに打ちのめされる。泥酔した彼はメディアの前で涙ながらに懺悔した。「俺の人生最大の後悔は、古川詩鈴を手放してしまったことだ!松岡の野郎にくれてやるんじゃなかった!」

第1章盲目の花嫁、バカみたいな真実

「紗雪、あの詩鈴みたいな木偶人形より、君のほうがずっといい。俺に初めてを捧げてくれるなんて…… 死ぬほど愛してるよ」

真紅のシーツが敷かれた婚礼のベッド。そこで男の荒い息遣いと、女の淫らな嬌声が重なり合う。二つの影は、切り離せないほど密着し、絡み合っていた。

「いい子だ、もっと声を出せ」男は女のくびれた腰を強く掴み、低く囁くように煽る。

「だめよ、景吾さん。ここはあなたたちの新婚部屋じゃない。妹が帰ってきて見つかったら大変だわ」

斉藤景吾は小馬鹿にしたように鼻で笑った。「心配ないさ。あの間抜けは今頃、俺のためにあのヴィンテージワインを探して、まだ馬鹿正直に酒屋を駆けずり回ってるはずだ」

彼は女の耳元で続ける。「だが、その酒ならとっくに俺が手に入れた。さっきお前と交わした固めの杯が、まさにそれだよ」

「もう、景吾さんったら、本当に意地悪ね」

……

男女の戯れる声は、無数の鋭い棘となって古川詩鈴の心臓を無慈悲に突き刺した。

彼女は、自分と斉藤景吾の新婚部屋となるはずのドアの前に、静かに佇んでいた。指先が、わずかに開いたドアの隙間に触れる。

だが、彼女はそのドアを押し開けることも、ヒステリックに叫びながら飛び込み、その醜悪な現実を暴くこともしなかった。

中に入ったところで何になろう?彼女には何も見えない。中の汚らわしい光景が彼女の目を汚すことはない。ただ、汚れるのは心だけ。

そう――彼女は盲目であり、そして今この瞬間、紛れもない「愚か者」だったのだから。

一年前、彼女は『幽魂香』の調合レシピを求めて山を下りた際、何者かに追われていた調香の名門、斉藤家の当主・景吾を命がけで救い、その代償として両目の光を失った。

景吾は彼女の前に跪き、こう誓ったのだ。「一生をかけて君に償う。君の手足となり、片時も離れず守り抜く」と。

当時19歳で恋を知らなかった詩鈴は、その言葉を信じ、景吾に心を奪われた。

あの事故の瞬間が、彼女が景吾の顔を見た最初で最後の記憶となった。

苦労して大金をはたき、ようやく手に入れた赤ワインのボトルを握りしめ、詩鈴はゆっくりと背を向けた。白杖を突き、その場を去ろうとする。

しかし、聞き慣れたあの声が再び鼓膜を揺らした。「紗雪、俺が本当に結婚したいのはお前だけだ。明日、あんな盲目の女と式なんて挙げたくない」

景吾の冷酷な声が続く。「以前はあの犬並みの嗅覚が俺の香水事業に役立つと思って、親父の言いつけ通りあの役立たずを置いてやったが……そうでなければ、とっくに追い出している。それに、あいつはお前の家から田舎の孤児院に捨てられた隠し子だろう? 生まれつき不吉な女だ。古川家の正統な令嬢である君とは比べものにならない。この俺に釣り合うはずがないんだ」

彼はさらに残酷な事実を口にした。「そうだ。松岡家のドラ息子との賭けに負けてな。借金のカタに、あいつを売り飛ばしてやったよ。 明日はいい見世物になるだろうな」

詩鈴の清純な顔から、血の気が引いていく。

虚ろな瞳は巨大な闇の網に覆われ、一筋の希望の光さえ差し込まない。

(……ふっ)心の中で、乾いた笑いが漏れた。

(見る目がなかったのは、この両目だけじゃなかったってことね、詩鈴)

これが、心から愛し、嫁ぎたいと願った男の正体か。獣と何の違いがあるというのか。

白杖を頼りに、手探りで階段を降りる。

この屋敷に住んで一年。一階から二階までの階段の数も、家具の配置も、すべて記憶している。

景吾は彼女が怪我をしないよう、屋敷中の鋭利な角をすべてクッション材で覆ってくれていた。その細やかな気遣いと優しさが、彼女を深い愛の沼へと沈めていったのだ。

一歩一歩、ゆっくりと進んでいた足が何かに引っかかり、詩鈴は体勢を崩した。

とっさに白杖で体を支え、転倒だけは免れる。

彼女は腰をかがめ、手探りであたりを探りながら、足に引っかかったものを拾い上げた。

指先に触れたのは、面積の極端に少ない布切れ。レース素材に、真珠があしらわれている。

詩鈴は瞬時に理解した。これはいわゆる「勝負下着」だ。

彼女のものではない。彼女はこれほど煽情的でセクシーな下着を身につけたことなど一度もない。

脳裏に再び、今の瞬間もベッドの上で欲望に溺れている男女の姿が浮かび上がる。

胃の底から強烈な吐き気がこみ上げてきた。

彼女はあの汚らわしいゴミを投げ捨てると、足早に階段を降りた。

リビングに戻ると、詩鈴はワインオープナーとグラスを探り当てた。

デキャンタージュなどする気にもなれず、そのままグラスに注ぐ。

(見る目のなかった自分に、乾杯)

喉を流れるワインは、普段の芳醇さとは裏腹に、焼けるように苦く感じられた。

それから間もなく、玄関から足音が聞こえてきた。

使用人たちが恭しく出迎える声で、詩鈴は来客が誰かを悟った。

景吾の母親、未来の姑である斉藤芙由理だ。

わざわざ足を運んだのは、特注のウェディングドレスを届けに来たからだろう。

高級なサテンのドレスをまとった芙由理は、二人の取り巻きを連れてリビングに入ってきた。

そこで彼女が目にしたのは、明日の儀式で使うはずのワインを一人で飲んでいる詩鈴の姿だった。「ちょっと! そのワインは景吾が苦労して手に入れた最高級品よ! それを勝手に開けるなんて……明日の夜、あなたたちは何を飲むつもり? 全く、盲目の嫁をもらうと気苦労が絶えないわね!」

詩鈴は気のない様子でグラスを揺らすと、薄く唇の端を吊り上げた。「どうせ私が飲むものです。今飲もうが後で飲もうが、大した違いはありませんわ。お義母様がそんなに青筋を立てて怒るのは、もしかしてこのワインが飲みたかったから? まだ残っていますけれど、一杯いかが?」

言いながら、詩鈴は半分ほど残ったボトルを無造作に突き出した。漆黒の長い髪が肩にかかり、光のない瞳は虚ろだが、その顔立ちは冷ややかなほどに美しかった。

芙由理は怒りで言葉を詰まらせた。「あなた、ね……」

普段は従順で大人しい人形のような娘が、今日はどうしてこうも口が回るのか。

明日は結婚式だ。やるべきことは山積みで、この土壇場で波風を立てたくない。芙由理は苛立ちを飲み込み、後ろに控えていたデザイナーに合図を送った。「これはあなたのためにあつらえたウェディングドレスよ。普段よりワンサイズ小さく作らせたわ。着られなくなったら困るから、今夜から明日は何も食べないことね。当日は大勢のメディアが生中継に入るのよ。斉藤家の顔に泥を塗るような真似だけはしないでちょうだい」

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