夫、西園寺蓮と私、佳乃は、東京の誰もが羨む理想の夫婦だった。
でも、私たちの完璧な結婚生活は、すべて嘘で塗り固められていた。
彼が言うには、彼が持つ稀な遺伝子疾患のせいで、彼の子を宿した女性は必ず死に至るのだという。だから私たちに子供はいなかった。
そんなある日、死の淵にいる蓮の父親が、跡継ぎを産めと命令を下した。
すると蓮は、ある解決策を提案してきた。代理母だ。
彼が選んだ女、有栖亜里沙は、まるで若かりし頃の私をそのまま写し取ったかのような女だった。
突然、蓮はいつも忙しくなった。「辛い不妊治療の付き添い」だと言って、彼女を支えるために。
私の誕生日を忘れ、私たちの結婚記念日さえもすっぽかした。
私は彼を信じようとした。
パーティーで、彼の本音を盗み聞きするまでは。
友人たちに、彼はこう漏らしていた。
私への愛は「深い絆」だが、亜里沙との関係は「炎」であり、「 exhilarating( exhilarating)」だと。
彼は亜里沙と、イタリアのコモ湖で密かに結婚式を挙げる計画を立てていた。
私たちの記念日のために、と私に約束した、あのヴィラで。
彼は彼女に、結婚式を、家族を、そして人生のすべてを与えようとしていた。
私には決して与えられなかったすべてを。
致死性の遺伝子疾患という真っ赤な嘘を言い訳にして。
裏切りはあまりに完璧で、全身を殴られたかのような物理的な衝撃を感じた。
その夜、出張だと嘘をついて帰ってきた彼に、私は微笑み、愛情深い妻を演じた。
彼は私がすべてを聞いていたことを知らない。
彼が新しい人生を計画している間に、私がすでに、この地獄からの脱出計画を立てていたことも。
そしてもちろん、彼が知るはずもない。
私がたった今、ある特殊なサービスに電話をかけたことを。
そのサービスは、たった一つのことを専門にしている。
人を、この世から完全に「消す」ことを。
第1章
柏木佳乃と西園寺蓮。
東京中の誰もが羨望の眼差しを向ける夫婦だった。
すべてを手に入れていた。
東京タワーを見下ろす広大なペントハウス。
どんな扉でも開くその名前。
そして、名門私立で始まった、おとぎ話のようなラブストーリー。
彼らは完璧に見えた。
しかし、ミニマリストでアートに満ちたその家の閉ざされた扉の向こうには、ぽっかりと空いた穴があった。
静寂。
彼らに子供はいなかった。
佳乃が望まなかったわけではない。
蓮が拒んだのだ。
彼の母親は、彼を産むときに亡くなった。
稀な遺伝性の疾患だと彼は言った。
彼自身がその爆弾を抱えており、妊娠は愛する女性にとって死刑宣告に等しいのだと。
「君を失うわけにはいかないんだ、佳乃」
彼は苦しそうな声で、私の手を固く握りしめて言った。
「絶対にだ」
何年もの間、佳乃はそれを受け入れてきた。
家族を持ちたいという自分自身の深い願いを犠牲にするほど、彼を愛していた。
母性本能は、アートキュレーターとしての仕事に注ぎ込んだ。アーティストとその作品を育むことで、満たされない心を慰めていた。
そんなある日、最後通牒が突きつけられた。
西園寺コンツェルンの総帥である蓮の父親が、死の床についていた。
消毒液と古い金の匂いが混じり合う病室で、彼は最後の命令を下した。
「跡継ぎが必要だ、蓮。西園寺の血筋をお前で終わらせるわけにはいかない。やり遂げろ。さもなければ、会社は従兄弟に譲る」
そのプレッシャーがすべてを変えた。
その夜、蓮は佳乃にある提案を持ちかけた。
「代理母だ」
彼は慎重に、感情を排した声で言った。
「それしか方法がない」
長い間希望を捨てていた佳乃の心に、小さな火花が散った。
「代理母?本当に?」
「ああ」と彼は頷いた。
「完全に事務的な契約だ。僕たちの受精卵を、彼女の子宮に入れる。君は、あらゆる意味で母親だ。ただ、君へのリスクを回避するだけだ」
彼はすべて自分が手配すると請け負った。
一週間後、彼は有栖亜里沙という女を佳乃に紹介した。
その類似性は、一目でわかり、心をかき乱した。
亜里沙は佳乃と同じ、ウェーブのかかった黒髪、高い頬骨、そして同じ色のエメラルドグリーンの瞳を持っていた。
彼女は若かった。おそらく十歳は若い。
佳乃の洗練された優雅さとは対照的な、荒削りで磨かれていない美しさがあった。
「完璧だろう?」
蓮が、奇妙な光を目に宿して言った。
「代理店が、彼女のプロフィールは最高の適合だと」
亜里沙は物静かで、ほとんど臆病に見えた。
視線を伏せ、小声で返事をする。
彼女は、私たちの豪華なマンションにも、私たち自身にも、圧倒されているようだった。
「これは純粋なビジネス上の取り決めだ、佳乃」
その夜遅く、蓮は私を抱き寄せながら囁いた。
「彼女はただの器だ。目的を達成するための手段に過ぎない。君と僕が、親なんだ。これは、僕たちのためのものだ」
佳乃は夫の顔を見つめた。
人生の半分以上を愛してきた男。
私は彼を信じることを選んだ。
そうするしかなかった。
それが、ずっと夢見てきた家族を手に入れる唯一の方法だったからだ。
しかし、嘘はほとんどすぐに始まった。
「不妊治療の付き添い」のために、蓮はクリニックに行かなければならなかった。
彼は夕食に帰ってこなくなり、やがて一晩中帰らない日も出てきた。
「亜里沙を支えているだけだ」
彼は深夜までスマホをいじりながら言った。
「ホルモンのせいで彼女は情緒不安定なんだ。代理母が安心感を持つことが重要だと医者も言っている」
佳乃は理解しようと努めた。
食事を作り、蓮に持たせた。
亜里沙のために柔らかいブランケットや着心地の良い服を買い、契約という無機質な関係の溝を埋めようとした。
私の誕生日が来た。
蓮は葉山で二人きりの週末を過ごすと約束していた。
彼は土壇場でキャンセルした。
「亜里沙が薬の副作用で苦しんでいるんだ」
電話口の彼の声は早口だった。
「ここにいなくちゃならない。本当にごめん、佳乃。必ず埋め合わせはするから」
私は一人で誕生日を過ごした。
デパ地下で買ったケーキを一切れだけ食べながら。
ペントハウスの静寂が、耳を聾するほどだった。
結婚記念日はもっとひどかった。
彼は電話さえしてこなかった。
深夜を過ぎて、一本のメッセージが届いただけ。
『クリニックで緊急事態。先に寝てて』
佳乃は友人たちに、そして自分自身に、彼のための言い訳を並べ立てた。
赤ちゃんのため。
ストレスの多いプロセスだから。
彼も私と同じくらい必死なんだ。
私はその説明に、まるで命綱のようにしがみついた。
完璧な人生の縁をほころばせている真実から、目を背け続けた。
限界点が訪れたのは、冷たい雨が降る火曜日のことだった。
信号無視のタクシーが、私の車の側面に激突した。
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