/0/21949/coverorgin.jpg?v=236487cb572e5a1426477900eb3cd7d2&imageMogr2/format/webp)
夫と娘, そして夫の愛人.
三人が仲睦まじく笑う写真を見ても, 私の心はもう動かなかった.
重度の蕎麦アレルギーがある私に, 愛人は嘲笑いながらクッキーを渡してきた.
呼吸困難で床にのたうち回る私を, 夫は冷酷に見下ろした.
「また演技か? いい加減にしろよ」
その直後, 愛人が「足が痛い」と嘘をつくと, 夫は迷わず彼女を抱きかかえて出て行った.
残された私に, 実の娘である結月がリンゴを投げつけ, 無邪気な悪意を向ける.
「あんたなんかママじゃない! 江美ママの方がいい匂いするもん, 早く死んじゃえばいいのに! 」
薄れゆく意識の中で, 私は悟った.
私が命懸けで守ってきた家族にとって, 私はただの邪魔なゴミでしかなかったのだ.
自力で救急車を呼び, 一命を取り留めた私は, 震える手で離婚届にサインをした.
数年後, 全てを失った夫と娘が泣きついてきたが, 私は冷たく言い放った.
「私の人生から消えてください」
第1章
(坂上杏樹 POV)
目の前の白い紙に書かれた文字は, 私の人生の終わりを告げていた.
いや, 終わりではない.
これは, 新しい人生の始まりだ.
震える指先でペンを握り, 私の旧姓である「坂口杏樹」と, 現在の姓である「坂上杏樹」を書き込んだ.
離婚届.
この一枚の紙が, 私を何年も縛り付けていた鎖を断ち切る.
鏡に映る自分の顔を見た.
疲れて, くすんで, 生気のない目.
そして, いつも長袖で隠している右腕の火傷痕.
それは, かつて私が守ろうとした小さな命の証だったけれど, 今の私には, ただ見苦しいだけのものに思えた.
スマートフォンが震えた.
結月からのメッセージだった.
添付された写真を開く.
そこには, 夫の博信と, 娘の結月, そして高崎江美が写っていた.
三人とも, 心から楽しそうに笑っている.
博信の顔には, 私に向けられることのなかった柔らかな笑顔が浮かんでいた.
結月も, 無邪気に江美の手にぶら下がっている.
江美は, まるでこの家の本当の母親であるかのように, 中央に立っていた.
私の心は, 何も感じなかった.
怒りも, 悲しみも, 嫉妬もない.
ただ, どこまでも冷たい, 深い空虚だけが広がっていた.
それはまるで, 感情というものが, とっくの昔に私の体から抜け落ちてしまったかのようだった.
数日前, 結婚十年記念日だった.
同時に, 私の誕生日でもあった.
博信は, 私との約束をすっぽかした.
その日の夜, SNSで流れてきたのは, 高級レストランで江美と結月を連れて食事をする博信の姿だった.
「お前のような地味な女は, こういう場所には連れて行けないんだ」
そう言われたのは, 私がその写真について問い詰めた時だった.
彼の言葉は, 私の心臓を氷漬けにした.
江美は, 手土産だと言ってクッキーを渡してきた.
私は重度の蕎麦アレルギーだということを, 彼女は知っていたはずだ.
そのクッキーには, 蕎麦粉が混入されていた.
私は, 呼吸困難に陥った.
体が熱くなり, 喉が締め付けられ, 意識が遠のいていく.
「また演技か? いい加減にしろよ」
博信は, 私を冷酷に見下ろした.
その時, 江美が突然「足が痛い」と言い出した.
博信は, 何の迷いもなく江美を抱え上げ, 病院へと向かった.
私は, 床に倒れたまま放置された.
死ぬかと思った.
自力で救急車を呼び, 何とか一命を取り留めたけれど, その時の博信の顔は, 一生忘れられないだろう.
私を, 本当にどうでもいいゴミのように見ていた.
/0/21410/coverorgin.jpg?v=bc5596d3c50f06dbe5502bbb0c6a4f4c&imageMogr2/format/webp)
/0/3184/coverorgin.jpg?v=d8206c87e8531dffcc0063bc387a59d5&imageMogr2/format/webp)
/0/22141/coverorgin.jpg?v=330a794659d36b9fab6f29a5a96a499f&imageMogr2/format/webp)
/0/19249/coverorgin.jpg?v=aa95db8ec9189b9ff4c46ce84fb0887d&imageMogr2/format/webp)