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お兄さんとちいさな恋人

お兄さんとちいさな恋人

kiyonya

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小学生の智世(ともよ)は、南(みなみ)という青年に捨て猫をもらい受けてもらう。南は優しく温和で、智世のピンチをいつも助けてくれる。 智世が南に気持ちを寄せはじめた頃、彼が智世に親切なのには理由があると知る。

チャプター 1 智世のピンチ

綿毛のようにふわふわとした毛並みの子猫を胸に抱え、智世(ともよ)は途方に暮れていた。待ち合わせによく使われる、駅直結のショッピングセンターの屋内にある時計台の前だ。青いTシャツに半ズボンという、いかにも小学生らしい格好だが、智世たちに気付く者は少ない。クウクウと鼻息を立てて眠る生後一ヶ月ほどの子猫は体温が高く、肌があたる部分だけがやけにじっとりと熱い。

「子猫もらって下さい」

 そうマジックで書いた紙を足下に置いているが、智世たちを振り返る者は、似たような年頃の親に連れられた子供くらいだ。

(にゃあちゃんをもらってくれる人、いるかなぁ)

 この白猫を拾ったのは、一時間ほど前だ。公園でにゃあにゃあという鳴き声が聞こえたので、近寄ってみると段ボールの中に真白の毛玉のような子猫がいた。智世を離そうとしない切迫した鳴き声、それにふわふわとした毛並みと空のような薄い水色の瞳が、智世をその場に留めてしまった。

仮に「にゃあちゃん」と名付けた子猫は、五月だというのに段ボールの中で寒そうに震えていた。智世はたまらず手にとってしまったのだが、そうすると一度地面に置いても智世のあとをついてくるようになってしまったのだ。

「見て。かわいい子猫」

 短いスカートを穿いた女子高生二人連れが、興味深げに智世と子猫を見てしゃがみ込む。

(この人たち、にゃあちゃんのことを欲しがってるのかな)

もしかしたら、飼い主が見付かるかもしれないという希望がわいてきた。事情を話してみて、飼ってくれるならそれが一番いい。

「あの、おねえさんたち。この猫飼ってくれませんか?」

 おそるおそる近づき話しかける。駄目でもともとだ。少しでも多くの人に話しかけて、飼う可能性のある人を見つけるつもりだ。

 智世が尋ねると、少女たちは顔を見合わせ、首を振る。

「ごめんね、ボク。ちょっとだっこさせて欲しいだけなの」

 そう言って、ひょいと智世の腕から子猫をはがし、「あったかい!」「次はあたしにさわらせてよ」などと言い合っている。

(にゃあちゃんをもらってくれるんじゃ、ないんだ……)

 智世は、子猫の温もりを残す腕をさすった。

子猫を拾ってすぐに母親に見せたとき、「もとの場所に返して来なさい!」ときつく叱られた。妹が生まれてから、母はいつも苛々(いらいら)している気がする。今の父親とは、二年前に再婚した。智世の本当の父親は、智世が今よりもっと幼い頃に亡くなったそうだ。

「猫なんて。これ以上手間を掛けるものなんてまっぴらだわ」

そう吐き捨てるように言っていたから、彼女はきっと猫が好きではないのだろう。この猫のために、新しい飼い主を探してあげないと。そう思って公園から少し距離のある、大型のショッピングセンターまでやってきた。飼い主が見つからなければ、風が吹き込む公園の段ボールの中にふたたび戻すことになるだろう。

「きゃあ、指を舐めてる。かわいいなぁ」

 女子高生が高い声を上げると、まわりの大人がチラチラとこちらを見る。智世が持っているよりも、高い位置に猫を抱いているせいか、人目に付きやすいようだ。

「ボク、この子猫のもらい手を探してるの?」

 ひとしきり子猫をいじって満足した高校生が、智世に話しかける。

「うん。僕の家ではお母さんが駄目だって言うから」

「そうなんだ。じゃあ、一緒に飼ってくれる人がいないか探そうね」

「うん!」

 高校生たちと一緒になって、智世は子猫を道行く人に見せた。だが、「ペット飼えないんです」「アレルギーなんで無理です」と、体(てい)よく断られていった。

 女子高生たちと出会ってから一時間ほどたった頃だろうか。白髪混じりの警備員が智世たちに近づいてきた。

「この施設では、動物の持ち込みは禁止されています。すぐに持ち帰って下さい」

 すると少女たちが急に動きを止め、顔を引きつらせた。

「すみません。ごめんね、ボク。私たち、そろそろ帰らなきゃ」

「もらい手、見つかるといいね」

 そう言って、子猫を智世の腕に押しつけ、逃げるように去ってしまった。気付けば、まわりの客たちは智世と警備員を取り囲むようにして成り行きを見守っている。客たちが空けた距離はほんの一メートルほどだったが、智世には大きな川ほどの隔たりに感じられた。

「どこの小学生? 名前は、親御さんはどこにいるのかな?」

 祖父よりも歳上に見える警備員が智世の視線に合わせ、急に優しい声色を使い始める。大人が急に人当たりのいい声を出すときは、聞き分けのない子供を諭すときだと智世は知っている。それに、まわりを取り囲む大人たちも、非難がましい顔をしている。大人たちのルールに反してしまったのだ。

「お母さんは一緒じゃないです。あの、もうここから出て行きますから。ごめんなさい」

 そう言って、猫を抱えて走り去ろうとしたとき、

「きみ、待ちなさい!」と背後からさきほどの警備員の声が聞こえた。

(やだ。怖い。叱られちゃう。牢屋に入れられちゃう、にゃあちゃんも捕まっちゃう……!)

 小走りになって人垣を抜けようとしたとき、なにかにぶつかって目の前が真っ暗になった。ぶつけたはずの顔が柔らかかったので、人の体にあたったのだと分かった。

「ごめんなさいっ」

 だれともしれない人に謝り、子猫を抱きかかえたままその場を立ち去ろうとしたときのことだった。

「きみ、この猫のもらい手を探しているの?」

 周囲には聞こえないような、まわりの空気を含んだように柔らかな囁き声が、高い位置から耳元に降ってくる。

「は、はいっ」

「そう。じゃあ、警備員さんに聞かれたら話を合わせてね」

 声のするほうを見上げると、眼鏡をかけ、髪を真ん中で分けた研究員のような青年と視線が合った。その瞬間、青年の瞳が柔らかく細められた。そこにはなにも言わなくても、智世の警戒心を解かせてしまう雰囲気があった。

そのとき、警備員が追い付いてきた。

「待ちなさい、このっ……」

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