2042年、日本は資源不足と人口減少に悩まされていた。そして、追い打ちをかけるように粒子病の蔓延により人口のおおよそが亡くなってしまい、国としての機能を失う。 そんな中、粒子病の影響により若者を中心とした一部の人間が新たな力——id(イド)に目覚める。 だが、時を同じくしてそのidに適応した人間を狙う未知の怪物——バグレッサーが現れる。 これに対抗するため、人々はバグレッサー対策組織としてEDEN(エデン)を創設した。 時が経ち2046年秋、普通の女子高生である花巻菜乃(はなまき なの)とその友人、桜田八重(さくらだ やえ)は不幸にもバグレッサーに襲われてしまい、逃げ惑う中で二人はidの力に目覚める。 菜乃は行方不明となっている姉を探すため、バグレッサーと戦うフラワーナイトとなることを決意するのだった。
ピピピピッ、ピピピピッ。
「……んぇ?」
朝、スマホのアラーム音が部屋に鳴り響く。
重いまぶたを擦りながら、うっすらと目を開ける。
私は枕の横に置かれたスマホを手に取って画面に映る時刻を見る。
「うそっ、もう八時半!?」
午前八時三十分、それは私にとって起床しなければならないギリギリの時間。
そうじゃないと、朝ごはん抜きで登校する羽目になる。
それだけは勘弁!
だって、朝ごはんは一日最初の楽しみなのだから。
私は素早くベットから抜け出し、パジャマから学校の制服に衣装を変える。
そのスピード感を保ったまま鞄かばんを抱えて自室を出て階段を下り、一階のリビングへ。
リビングの扉を開くと、こんがりと焼けたベーコンの香りが私の頬を緩ませる。
ちょうど私の妹が準備してくれていた。
「おはよう、百合!」
「おはよう、菜乃お姉ちゃん……その感じだと、また徹夜でゲーム?」
百合は私よりひとつ年下の高校一年生。
私よりずっとしっかりしてて自慢の妹。
百合は私の寝坊した理由を見事当ててみせた。
恥ずかしながら、百合には全部お見通しみたい。
「うん。やっていくうちに終わりどころが見つからなくって……」
「ほどほどにしときなよ。二学期になって早々遅刻なんて論外なんだから……ほら、早く食べちゃおう」
「はーい」
鞄を足元に置いて、ささっと席に着く。
すばやく手を合わせる。
百合もそれに続く。
「いただきます」
今日の朝ごはんは焼いたパンの上にレタスを載せ、さらにベーコンエッグを載せたもの。
花巻家の朝食はこれにドリンクのミルクを添えるのが定番。
「う~ん、やっぱりおいしい♪ そういえば、まだ出なくていいの? 冷蔵庫に置いてくれれば良かったのに」
「この前、冷えたパンは嫌だってわがまま言ったのは誰だったかしら」
「それは……すみません」
だって、百合の料理はこの世で一番おいしいんだもん、と呟いてみる。
そんなことを言ったって、けっしていい顔をしてくれたりはしない。
「そろそろ自分で朝ごはんくらい作ってくれない?」
「え~、百合の作るごはんがいいんだよ。私はもう百合なしじゃ生きていけないよぉ」
「せめてやろうとする姿勢だけでも見せてほしいんだけど……ほら、急いで急いで!」
「むっ、りょーかいだよ!」
私はパンを畳んで口に入れてミルクで流し込む。
これで二人とも無事に完食。
「それじゃあ、行——」
「あっ、待って。寝ぐせ」
そう言って百合が私の髪を指さす。
自分の頭に手を持っていくと、ピョコっと髪がはねているのを感じ取る。
「ほんとだ、ある」
「それくらいは自分で直してね。玄関で待ってるから」
「わかってるよ~」
鞄を肩にかけ、私は洗面所に向かい、百合は玄関へ。
洗面台の鏡の前に立って寝ぐせの正確な位置を確認して、横に置いてあるヘアブラシをとる。
オレンジ色の髪が蛍光灯の光を反射して私の目に刺さる。
ショートだし寝ぐせも少ないから、治すまで時間はあまりかからなかった。
ヘアブラシを元の位置に戻して、玄関へ。
急いで靴を履き終える。
「お待たせ!」
「はい、それじゃあいつものやるよ」
「うん」
二人で玄関にある靴棚の前に置かれた写真の方を向く。
「行ってきます、お母さん、(天莉)お姉ちゃん」
お母さん、お姉ちゃん、今日も元気にがんばります。
お母さんとお姉ちゃんの映る二つの写真に深く頭を下げた。
「行こっか、百合」
「うん」
今日も私たちの一日が始まる。
◇ ◇
なんとか遅刻することなく、無事に学校へ到着した。
私たちは学年が一つ違うから、下駄箱で別れることになる。
「それじゃあ、また帰りにね~」
「私、今日は生徒会の集まりあるから一緒に帰れないよ。一人で帰ってよね、お姉ちゃん」
「えぇ~、実の姉からのお誘いなのに」
「今朝だって特別にお願い聞いてもらったからあの時間までいれたの、じゃあね」
百合はそう言いながらさっさと行ってしまった
百合は一年生ながら生徒会に入っている、優秀だけど多忙な女の子。
部活とか入らなくてよかったのかなってたまに思うけれど、本人は楽しそうだしいいのかな。
私も靴を履き替えて教室へ向かう。
「菜乃さーん!」
その途中、後ろから聞き覚えのある声が私を呼び止める。
「あっ、八重ちゃん! 久しぶり!」
「お久しぶりです!」
黒髪のポニーテールを揺らしながら、彼女が私の横に並んだ。
桜田八重ちゃん、私の同じクラスで一年のころからの親友。
お父さんが有名な企業の社長さんらしく、何度かおうちに案内してもらったけど、すごく広い。
でも、謙虚なところがあるからみんなからも慕われてて、人気者。
なんだか、私にないお淑やかさを持っている人。
「夏休みの間に会えなくて寂しかったよぉ~」
「あら、私の事をそこまでお慕いなさってくれていたのですか?」
「だって、八重ちゃんとどこかに遊びに行けなかったんだもん。大阪はどうだった?」
「とても満足いたしました。やはり、地元はいいものですね。例え人口が減っても、いつまでも私の記憶と変わらずにいてくれるものがあるのですから。でも、私も菜乃さんと同じ気持ちでした」
「それって……」
「ええ。ですので、今度は二人で大阪に行きましょう」
「やった! 約束だよ!」
そんな話をしているうちに、教室に辿り着いた。
朝礼が始まる五分前。
その後も夏休みに何をしていたかの話を続け、朝礼の合図であるベルが鳴るとお互い自分の席に戻った。
数十秒後、担任の先生が入ってきて朝礼が始まる。
(よーし、今日から二学期がんばるぞ!)
私は心の中でやる気に火を灯した。
◇ ◇
森の中、太陽光が木々の葉の隙間から地面を照らすことで、神秘性を感じさせる光景となっている。
そんなところを歩き続けて早数時間、ヤツらの痕跡を見つけることが未だにできていない。
腕に着けた端末からコール音が鳴り、応答する。
『こちら、梅原花等級騎士。マリー、そちらの状況はどうだ?』
「先輩、こっちは何も。目撃情報ではこの辺りに痕跡があってもおかしくないのですが……」
『こっちも成果なしだ。足跡が消えるなんてことはないはず……もう少し探索範囲を広めるか?』
「でも、これ以上は森の外ですよ? 学園の防衛圏の外となると、居住区域ということになります」
『それは最悪の状況だ。我々の探索能力を搔い潜って街に行ける可能性など……っ』
「どうしました?」
『縦穴を発見した。幅は一メートルくらい』
「それって……まさか!」
『地中を通って移動したんじゃ、気づかないわな。お相手はモグラか何かか……この穴は探索用のドローンに任せるとして、マリー!』
「はい!」
『一度合流して、居住区域の警戒を行う。今から指定するポイントに来てくれ』
「わかりました」
これは一刻を争うことかもしれない。
旭川のようなことだけは、避けなくちゃ。
◇ ◇
正午になる少し前。
今日は始業式とホームルームが少しあるだけだから、お昼前に学校が終わった。
つまり、放課後。
「今日は授業もなくて楽だね」
「長期休み明けですから、いきなり授業を受けても身に入りませんわ」
「たしかに。八重ちゃんの言う通りだよ」
八重ちゃん、育ちのいい子って印象だし実際そうだけれど、こういうところは私と何ら変わりない。
だから、私たちは仲良しなのかもしれない。
「そうだ、八重ちゃん八重ちゃん!」
「どうしました、菜乃さん?」
「この後予定ある? なければ一緒にお出かけしない?」
「まあ、素敵なご提案! でも、妹さんの事はいいのですか? いつも一緒に帰宅なさってたじゃないですか」
八重ちゃんは百合の事を知っているし、たまにお話したりするみたい。
姉妹で仲良しなのはいいことだよね。
「今日は生徒会のお仕事があるんだって。一年生のうちから選ばれるなんてすごいよね~」
「そうですね……でも、本人はそう思っていないかもしれませんよ」
「えっ?」
そんなことを話しているうちに下駄箱に着いて、八重ちゃんはさっさと履き替えていた。
「さあ、行きましょう菜乃さん。時間が惜しいわ」
「う、うん!」
私も急いで靴を取り出し、履き替えた。
◇ ◇
私たちが訪れたのは学校から徒歩十分ほどにある大型ショッピングモール。
駐車場込みで六階建て、いろいろなお店があるからここに来ればとりあえず何でもできちゃうのだ。
中央の入り口から中へ。
ここに来ると、八重ちゃんはいつも目をキラキラさせてくれるから、私も楽しくなる。
「いつ来ても大きいですね~。今日はどうしましょう?」
「うーん……とりあえずお昼にしよっか!」
「そうですね」
何をするにせよ、まずはお昼ご飯。
私たちは一階にあるフードエリアへ。
ここは、一本の廊下を中心に左右どちらにも様々なお店が並んでいる。
ハンバーガー、うどん、ラーメン、ステーキ、カレー、スイーツ、なんでもござれ。
私たちのあらゆる食事ニーズに応えてくれる。
「混んでるねぇ」
「はい。平日とは思えませんね」
「八重ちゃんはなに食べる?」
「そうですね……いつもの、で」
「じゃあ、ハンバーガーショップへゴー!」
「お~!」
ハンバーガーショップはジャンクフード。
だから、このエリアでも一番の込み具合なのに、今日は運良く席を確保できた。
「空いててラッキーだったね」
「はい♪」
「じゃあ、私買って来るね。いつものだよね?」
「はい。お願いします」
八重ちゃんに荷物をお任せして、私が購入へ向かう。
手早く注文をした後に目当てのランチを二人分受け取って八重ちゃんのもとに戻る。
「はい、ミニバーガーセットお待ち!」
「わぁ~、いつ見てもミニバーガーはいいですねぇ。まさに一石三鳥です♪」
私たちが購入したのはミニバーガーセット。
味の異なる小さなハンバーガーが三つでセットになったもので、八重ちゃんはこれがお気に入り。
いつも、これを二人で分けて食べる。
「八重ちゃん好きだよね、これ」
「はい♪ それに――」
「これだよね」
私はセットのおまけで付いてきたストラップを差し出す。
「はい、ドクリーマンはいつ見ても愛らしいです……♪」
「ドクロの社畜サラリーマン……いつ聞いても、設定はブラックそのものだね」
「でも、こんなミニキャラなら撫でたくなります」
「あはは……」
私は苦い反応を返す。
ふと、あることを思い出した。
「あっ、八重ちゃんお薬は?」
「はっ! いけません。食事前は必ず服用しなくてはいけないのに……」
「食べる前で良かったね」
「はい。ありがとうございま――」
◇ ◇
太陽がちょうど真上に来た時刻。
梅原先輩と合流して、かれこれ目視で数時間探ってみたものの、何の成果も得られていない。
「先輩、そろそろドローンからなんか報告来ませんかね?」
「だな。かなり進んだはずだが……」
先輩が端末を操作し、私にもマップが見れるようにホログラム状にしてくれる。
「俺たちの位置がここ、そしてドローンの位置がここだ。これをマップに照らし合わせると――」
「市街地、それも人の多いショッピングモールじゃないですか!」
「やはり、あの穴を掘り進んで気づかれないようにここまで来たらしい。狙いは当然、id適合者だよな」
「でも、適合者のおおよそはEDEN管轄の施設で保護されるんじゃ?」
「イレギュラーはなんにでも起こるもんさ。まあ、覚醒する前の人間がいるってとこだろ」
「今からでも急ぎましょう!」
「ああ。念のため報告だけはしておこう」
端末のマップが消え、先輩が発見報告送信を行った後、私たちは目的地へ急ぐ。
「マリー、わかってるな?」
「ええ、見即斬(Search and Destroy)ですよね?」
「その通り。行くぞ!」
◇ ◇
それは、突然の轟音だった。
何かが地面を突き破る音。
具体的には、コンクリートの床を砕く音。
周りが煙でおおわれて、見えなくなり、咳き込む。
「ゲホッ、八重ちゃん大丈夫!?」
「ゲホッゲホッ……な、なにごとですか……?」
煙は徐々に薄くなり、視界が良くなる。
お店の中にいたお客さんの視線が音の方、私たちの側へと集まった。
そこには今まで目にしたことのない生き物がいた。
全身が黒く、ガラス越しに入る太陽光を反射し、両手は何本も刃のある鋭い鎌のようになっている。
虫のような顔をしており、それは二足歩行で、私たちを身体に不釣り合いな小さな目で見つめている。
ジュジュジュル……クシャア。
口を細かく動かして言葉にしがたい奇妙な鳴き声を放つ。
これは、なに、なんなの。
背筋が凍り、頭が真っ白になる。
「きゃあああああああ!」
誰かの叫び声で正気に戻る。
そして、私は本能的に悟る。
(逃げなきゃ!)
すぐに八重ちゃんの腕を掴んで立ち上がる。
「八重ちゃん! 走って!」
「えっ、あ、はい!」
八重ちゃんも転ばないように走ってくれた。
その場にいた逃げ惑う人々とぶつかりつつも、なんとか離れようと抗う。
ちらりっと後ろを見ると、それは私たちをゆっくりと歩みながら追ってきていた。
入口からは遠いし、人だかりのせいで混雑していてたどり着けるかも怪しい。
どこに行けばいいのかわからない。
二人で夢中になって走り、エレベーターのある場所までたどり着く。
私はすぐにボタンを押すけど、エレベーターの現在位置は六階。
待っている間に追いつかれるんじゃないかと考えて、横にある階段を使うことにした。
「八重ちゃん、こっち!」
私は一度、八重ちゃんを掴んでいた手を放す。
八重ちゃんが横に並ぶ。
「菜乃さん、あれはいったい!?」
「わかんない! わかんないけど、逃げなきゃ!」
「どこへ!?」
「どこへでも!」
一階、二階へと駆け上がっていく途中、三階への途中踊り場で足を止めた。
「ッ! さっきまで下にいたのに!」
一階にいたはずの怪物が、三階の階段入口で私たちの前に立ちふさがった。
あまりにも早すぎる回り込みだったけど、私はもう一度八重ちゃんの手を掴み階段を降りて、二階へ戻る。
二階の階段から抜け出し、エスカレーターの方へ走る。
「あれで降りて出口に――」
「ひっ! な、菜乃さん!」
そう言って八重ちゃんが指さす場所——エスカレーター付近にはあの怪物が。
「ど、どうなってるの!?」
グジュル・ゴ……ゴ。
「ッ!?」
後ろを振り向くと、後ろにも怪物がいた。
(最初から二体いたんだ!)
辺りを見渡して、逃げ場がないか探す。
「こ、こっち!」
もう考えている暇はない、そう思ってひたすら足を動かして向かったのは店舗スタッフのみが通れる通路。
両開きの扉を勢いよく開け、中を進んでいく。
(ここなら非常用の出口があるかも!)
人が二人横に並べる程度の道を進んでいくけど、私たちの希望はすぐに打ち砕かれる。
「い、行き止まり……」
私たちが進んだ先には壁しかなく、行き止まりだった。
「ゲホッゲホッ!」
「や、八重ちゃん!?」
八重ちゃんが口元を手で押さえ、倒れ込む。
(もしかして、お薬を飲み忘れたから……?)
薬について詳しく知らないけど、重要なものだってことは分かる。
毎日欠かさずお昼ご飯の時に飲んでいたのだから。
行き止まり、八重ちゃんの不調。
そして、後ろでは二体の怪物が追いかけてきている。
この状況を踏まえ、辺りを見渡す。
そして、倉庫と書かれた札のついているドアを見つけた。
ドアノブを握り回してみると開いた。
「八重ちゃん、ゆっくりでいいからここに入ろう」
「はぁ……はぁ……」
八重ちゃんに肩を貸し、部屋の中に入る。
倉庫の中は物であふれかえっているけど、人が座ったり横になれるくらいのスペースはあった。
すぐに鍵を閉め、ロッカーを背にして八重を座らせる。
「八重ちゃん、大丈夫?」
「は、はい……発作、だと……」
八重ちゃんはそう言うけれど、明らかにそうは見えなかった。
顔が赤くなり、走り続けたせいでもあるだろうけど、過呼吸のレベルを超えているほどに呼吸のペースが早い。
「ごめん、八重ちゃん」
「な、菜乃さん……?」
私は自分の額を八重ちゃんの額に当てる。
「すごい熱! さっきまでこんなことなかったのに……これも発作のせいなの?」
「……わかりません。でも……あの時みたい……」
「あの時……」
その時、脳裏に浮かんだのは四年前の記憶。
妹の百合が高熱で倒れ、病院で苦しんでいた様子。
ただの発熱、それどころかインフルエンザ以上の何か。
(もしかして、アレなの?)
ケテリケテリ。
ケテリケテリ。
廊下から何かの足音が響く。
きっと怪物だ。
なにか、何か武器は。
「あつ」
たまたま視線の先にブラシが一本あった。
何もないよりは、ずっといい。
そう思って、そっと右手で握りしめる。
自分の身長より高くて、大きい生き物に敵うかわからないけど、やるしかない。
今、八重ちゃんを守れるのは私だけなんだ。
「菜乃さん……」
「八重ちゃん……」
互いに寄り添い、左手で彼女の手を強く握る。
どうか、どうか、私たちを見つけないで。
ここから消えて。
ケテリ、ケテリ。
ケ テ リ 。
。
ドアの前で足音が途絶えた。
……。
ドッ!
ドアに何かが刺さるような音が部屋の中まで響く。
きっと、無理やり開けようとしているに違いない。
あっけなく、扉が壊される。
部屋の中に二体の怪物が縦に並んでゆっくり入ってくる。
距離は二メートルくらい。
足が、腕が、脳が震える。
長い呼吸が漏れる。
怖い、怖い、怖い。
逃げたい、逃げたい、逃げたい。
でも、守るんだ。
「く、来るならこい!」
八重ちゃんは、友達は傷つけさせない。
自分に強く言い聞かせ、奮い立たせた。
その時、何かが心に響いた、開いた。
何かわからない、けれど、温かくて、新しくて、きらめいている。
私だけの、何かが花開いた。
怪物の泣き声に混じって、違う音が聞こえた。
ブーツが床を踏みつける音だ。
「Search」
その音は少しずつ大きくなる。
部屋に近づいてきている。
「and」
その声は女の子だった。
「Destrooooooooooy!」
叫び声、最後にカッと地面を蹴る音と共に何かが飛んできて後ろの怪物に刺さり、横に吹き飛んで私の視界から消える。
前にいた怪物は急なことに驚いたのか、部屋の外に出て行く。
「梅原先輩!」
「ああ! もうこちらの領域(きょり)だ」
廊下の奥からもう一人分の足音と男性の声が耳に入る。
そして、小さな光が走ると、もう一体の怪物の首が落ちて血が噴き出る。
その血は床を青く染めていく。
怪物の身体は倒れた。
「あ、あああ……あ、あ……」
血の気が引いて、かすれた震え声をあげることしかできなかった。
「……間に合ったな」
「はい」
私たちを助けてくれた二人がこちらに気づいた。
対照的でとても冷静だ。
「あっー……」
魂が、抜けるぅ。
◇ ◇
「なあ、この子……」
「あっ……そうかもしれませんね。死体は後からくるフラワーナイトに任せるとして、二人は連れて帰りますか?」
「ああ。もしかするかもしれんからな。マリーはその子を頼む」
先輩は刀を腰に差した鞘に収め、オレンジ髪の子を背負う。
私も怪物の血を振り払ってから斧を背中に背負い、黒髪の子をお姫様抱っこする。
「よし、行くか」
「はい」
私たちはその場を立ち去った。