広大な大理石のロビーにいた社員たちは,彼女の姿を見ると一斉に足を止め,ヒソヒソと
ざし,広報部があるフロアへと上がった. フロア全体に
トの小栗健吾が分厚いファイルの束を手に持ち
言わさぬ命令口調で言い放った. "遅いですよ! 今
ァに無造作に投げ捨てた. "名ばかりの副社長である私が出馬しな
んのスタートアップ企業が,コアとなる基幹コードを盗用したと
た証拠とされるコードの断片に視線を落とした
愛自身が3年前にダークウェブのハッカーフォーラムに匿名で投
令です. 岩永家が持つ全てのメディアネットワークを駆使して,競合他社に泥を塗り
ドの束を指差し,健吾を睨みつけた. "このコードが,バックドアだらけ
ンジニアチームが現在評価しております. あなたの個人的なご懸念は記録しておきますが,
会社の腐敗が骨の髄まで達していることを完全に理解した
却
すよ! もし乃乃花さんのIPO計画を台無しにしたら,
た. そこから,企業ロゴの一切入っていない黒いU
,自分でその底なし沼に飛び込めばいいわ." 結愛
手を伸ばした. しかし,結愛が放った鋭いナイフのような視線に射すくめられ
結愛は,このパソコン内に残されていた彼女の個人的な痕跡,そして裏で書き換
から一枚の紙を抜き取った. ペンを取り,その紙の
切り叩きつけた. それは,極めて攻撃的で妥
隙に,結愛はバッグを拾い上げ,一度も振り返ることなくオフィスを出て行っ
社の最上階にある
の景色を見下ろしていた. 彼の右手は,特注のジッポライタ
スに飛び込んできた. 彼は結愛の辞表を,広
文字を捉えた瞬間,眉間が深く刻み込まれ,ライ
した. コードはゴミだなどと暴言を吐き,これを置いて
従順に微笑んでいた結愛の姿が脳裏をよぎり,コントロール
まになっている,結愛が置いていった離婚協議
ために,離婚と辞職というカードを使って自
に命じた. "影山結愛の名義になっている全てのクレジットカ
ちの女が,この残酷な東京のアスファルトの上で何
なぜかその筆跡が,彼がかつて喉から手が出るほど欲しがった,ある天才ハッ
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