CEOの彼の罠に落ちた
作者繁昌 空
ジャンル御曹司
CEOの彼の罠に落ちた
「えぇ...私、覚えておりますわ。 前回、お客様がご来店なさった際、ご一緒にいらしていた女性のことをローラとお呼びになられていたことを。」 ジュエリーアドバイザーは声を低くしてそう答えた。
その言葉を聞いた瞬間、マイクとサラはハッと思わず顔を見合わせ考えを巡らせた。
さっき地下の駐車場ですれ違ったの1億円のマイバッハといい、このレッドダイヤモンドの指輪といい...。 ローラはお金持ちに拾われた? それがマイクとサラにとって唯一考えられる結論だった。 ローラは年配の男性に乞われたに違いない。 なぜなら、マイクとサラの常識の中では、レッドダイヤモンドを簡単に買うことができる大金持ちの若者など存在するはずがなかったからだった。 「フフフ…」とサラが鼻で笑った。 もしローラが年配の男性に乞われたことが事実ならば、それより面白い話などないとサラは思っていたからだ。
そんなことを考えながら、サラはマイクの腕に自分の腕を絡めると、別の指輪を探し始めた。
その頃、ハリーとローラは仮住まいの自宅に戻っていた。
ローラが玄関ホールで靴を履き替えて自分の部屋に戻ると、ハリーがローラのあとについてきた。 部屋に入っても、ローラは、まるでハリーがいないかのように、自分のバッグを開けてスマートフォンを取り出していじり始めた。
ハリーはヒョイとローラのスマートフォンをつまみあげるとローラを抱き寄せた。
「なんで怒ってる?」 仕事がひと段落したハリーは、やっと、ゆっくりとローラに向き合える時間を持つことができた。
そんなハリーをよそに、答えたくないわと言わんばかりのローラはプイッと顔をそむけた。
気性の荒い女性や、従順な女性…今までたくさん会ってきたが、 ハリーは女性の気性になど関心を寄せたことが一度もなかった。 そっぽを向いているローラの顎をつかむと、自分の方に向けてキスをした。
「ん!んっ!んんんん!!!」 大声を出して抗議をしたいローラだったが、ハリーはローラにそんな隙を一切与えなかった。
どれほどの時間が経っただろうか。
顔を真っ赤に染めたローラは立ち上がってハリーから離れようとしたが、 ローラの行く手を阻むようにハリーが足を組んで座っていたため、ローラはハリーから離れることができなかった。
「ハリー。あなたって意地悪ね。 い・じ・わ・るって意味、わかってる?」 ローラは観念したかのように、ボフッとソファーに身を投げた。 もちろんそれは演技で、ローラはなんとかハリーから離れる隙を狙っていた。
そんなローラの心の中など知らないハリーは、とうとう観念したかと小さく何度か頷いた。
「ねぇ、あなたって何歳なの?」
「27だが。」
「ふぅ~ん。 あなたってワタシより5つ年上なのね。 だったらワタシの言うことを聞かなくてはならないわ。 ワタシのやりたいことを止めちゃダメ。 ワタシがしたくないことを無理矢理押し付けることもダメ。 ワタシを怒らせてもダメ。 ワタシの意思も無視しちゃダメ。それから…」 ローラのダメ出しにハリーは驚いたが、女性という動物の新たな一面を学ぶ機会になったと冷静だった。
しかし、だからといって、ハリーはローラをローラの好きなようにさせるのだろうか。 ハリーにいろいろダメ出しを続けるローラだったが、疲れた様子は見られなかった。
「そんな風にハキハキと注文をつけるほど元気ならば、結婚初夜を無駄にするなんてことはなさそうだな。」 ハリーのたったひと言がローラの口を閉ざした。
「ハリー! あぁ、もう!! ちょっと待って、ワタシが何を言ったか思い出してよ! わかってくれるまで繰り返すから!」 その言葉をハリーは背中で聞きながらバスルームのドアを閉めると、ローラはさっそくハリーをぎゃふんと言わせてやる計画を練り始めた。
「あなたの稼いだお金を全部使ってやるから! それに…それに… 浮気して、離婚して、夫婦の共有財産として、あなたの財産の半分をふんだくってやる!」
ハリーの資産は、ローラの生活を数世紀は面倒みられるほどある。 「浮気?…」 ハリーはローラのその言葉を、 ローラを満足させるために努力しなさいということだとバスルームで解釈していた。 離婚して財産分与? 有責配偶者にそんな権利がないこと、ハリーは百も承知だった。
「あ…あっ…んんっ…あ、あっ…」 ハリーは、たった1アクションで、ローラのふくれっ面をもうすぐ大きく広がるバラの花に変えてしまった。
またしてもハリーの手の内で転がされたローラ。 官能の夜を過ごしたので、また疲れ果ててしまった。
あ もう! どうして! ローラはセックスしか頭にない男と結婚したのだろうか?
結局その翌日も、起きたら既に昼を過ぎていた。 疲労感がものすごく、シャワーを浴びることすらやっとのことだった。 出かける予定もなかったローラが、パジャマ姿で何か食べるものがないかとダイニングに降りてきた。
ミズ・ デュは、掃除係を2名ほど雇おうと出かけるところだ。 パジャマ姿でダイニングへ降りてきたローラを見て、目を細めた。
彼女は手にしていたバッグを置き、ローラのもとへと戻った。
「ローラ、若旦那様は既に出社され、終日オフィスでお仕事とのことです。 お出かけの際、ローラが起きてきたら食事を用意してくれ、と仰せつかっております。」 ミズ・ デュは年を重ねるごとに多くの経験も重ねていたので、いちいち聞かなくてもローラを見ただけで何がどうしたのかくらいお見通しだった。
「ありがとう、 ミズ・デュ。 お腹がペコペコだったの。 仕事の手をとめさせてしまったようね、ごめんなさい。」 ローラは気だるそうに椅子にかけた。 ミズ・ デュが料理を出すと、彼女はまるで何日も食事をしていなかったかのように、貪るように料理を食べた。
「ローラ、ゆっくり。 そんなに急がず、ごゆっくり召し上がってくださいな。食べ物が気管に入ってしまったら大変ですわ。 どうぞ、ジュースでございます。」 ミズ・ デュは食事をしているローラを見て少し心配になっていた。 ローラはこの仮住まいに来てからというもの、毎日正午過ぎにならないと起きられず、起きたと思えば飢えた狼のように食事をしていた。本来、身についているはずのマナーなどの所作すら忘れた。 「このままではいけないわ。」 ミズ・ デュはぽつりとつぶやいた。 若旦那に、もう少し理性を働かすことはできないか、とアドバイスしなければならないわ。 愛情が深いことは良いが、今のローラでは、おそらくハリーの情熱に耐えられない。
ミズ・デュが心配するなか、食事を終えたローラは2階の自分の部屋へと戻っていった。 食事を摂り元気を取り戻したローラは親友であるウェンディに会いたくなり、スマートフォンからウェイボーのメッセージを開いてウェンディをカフェに誘った。
₋ と、同時に、改めて家を出ようとしていたミズ・デュがローラに伝え忘れたことを思い出し、慌てて階段を上り、ノックだけすると、パジャマから洋服に着替えていたローラのところへやってきてと鍵を2本手渡した。
2本の鍵は、今朝、出社するハリーがミズ・デュに預けたものだった。1本はこの家の鍵で、もう1本は車のキーだという。
ローラが車庫に行ってみると、そこには新車の白いマセラティがあった。 その白いマセラティはローラの愛車だったピンク色のBMWを思い出させた。
そのBMWはローラの20歳の誕生日に父親から贈られたものだった。しかしその後、父は彼女に何も言わずにその愛車を売却してしまったのだった。 そのBMWをとても気に入っていたのに、今、現在はどこにいるかはわからない。
ローラは白いマセラティで大通りを走った。その高級車は通りを運転しているドライバー、歩道を歩く人々、多くの人の注目を浴びていた。 そして、多くのドライバーがマセラティにキズをつけたら大変だと思ったのか、ローラは道を空けてもらった。
カフェに着いたローラはまずカプチーノを注文すると、目立たない場所に座ってウェンディを待った。
その時、そういえば、と、ローラがスマートフォンを取り出してWeChatにログインすると、通知音が鳴り続け、新しいメッセージが次々と着信し続け、その数は99件を超えた。
メッセージの差出人はマイク、サラ、ウェンディ、ゾーイ、そして厲家が倒産した後に姿が消えたいわゆる友人を含めた知人だった。 ローラの家が倒産し落ちぶれようとは、メッセージを送ってくれた誰もが想像だにしなかっただろう。
そんなメッセージを目にしながら、ローラはふとひらめいた。
そしてローラはおもむろにスマートフォンで自撮りをした。 カメラのレンズから視線をはずし、ローラは少しだけ頭を片側に傾け、レッドダイヤモントの指輪をはめた指が見えるように顎に手を当て肘をついて。
自撮りの写真をWeChatのモーメンツ(友達グループ)に投稿し、内容は「パパ、会いたいわ。 私、結婚したのよ。 時間があれば会いに来てね。」というコメントをそえた。
それからウェイボーにログインし、そこへも同じ投稿をした。 ローラは食事や世界中を旅していた様子や、フォロワーと「いいね」を共有するなど、セレブな生活を記録した投稿が多かったため、フォロワーが60万人も超えていた。
彼女は家族に関連する投稿を除き、かつての生活の投稿をすべて削除した。それから、父親、ウェンディとゾーイ以外のフォローを全て解除した。
そうこうしている間にも、ローラのモーメンツやウェイボーには多くのコメントが殺到していた。 通知音は鳴り続けていたが、ローラはそれを無視してスマートフォンをシャットダウンすると、静かにコーヒーを飲みながらウェンディを待った。
ローラがコーヒーを半分飲んだ頃、ウェンディが慌ててカフェに駆け込んできた。
ウェンディは小柄な女の子だった。 ローラからのメッセージを見るや否や、ウェンディは店長にバイトを早退させてほしいと言い、制服すら着替えずにローラのいるカフェに飛んできたのだった。 ローラの記憶の中ではいつもすっぴんだったウェンディが、その日は薄化粧をしていた。 化粧といっても、潤みがちでキラキラ輝く大きな目にほんのりとアイシャドウとマスカラを付け、唇にマットのリップグロスを塗っていただけだったが。 ウェンディの顔を見て、ローラの心はどんどん穏やかになっていっていった。
2人が知り合ったのは6年前、ウェンディが海辺でローラを助けたことがきっかけだった。 ウェンディは、自分とは違ってセレブリティな生活を送っていたローラにあえて近づきすぎないようにしていた。 がしかし、ローラによる半年にもわたる「追いかけっこ」にウェンディが根負けし、2人は親友となったのだった。