CEOの彼の罠に落ちた
作者繁昌 空
ジャンル御曹司
CEOの彼の罠に落ちた
「ローラ… リー…?」 ボーイフレンドと腕を組んで歩いていたリリアンは、制服を着たローラを頭のてっぺんから足のつまさきまで、何度も視線を往復させた。
「あら、こんにちは!」 気まずさをこらえつつ、ローラは2人に店員に徹した。
「あなた…働いているの? …ここで?」 実のところ、リリアンはローラを嫌っているわけではなかった。 二人は中学から高校まで6年間同級生だった。 嫌っているわけではないというは、リリアンは学生時代は愚かだったローラを可哀想な人間としてみているというほうが正しかったからだ。
リリアンは、マイクとサラが学生時代にどんな人物であったかをはっきり覚えいた。
クズ男と宝の持ち腐れな愛人気質な女だったということを。 彼女ははローラの相次ぐ愚行にくぎを刺していた。 しかしローラは、リリアンはマイクのことが好きだから自分に苦言を呈し、わざとふたりを仲たがいさせるようなことをしたと思い込んでしまった。 ― ここまでのバカ女。見たことないわ。 ―
これが学生時代のローラに対するリリアンの印象だった。
最後にローラはリリアンとマイクの本心を知ることになったが、時すでに遅し …だった。
「いらっしゃいませ。何をお探しで? わたくし、本日、初出勤ではありますが、見立てには自信がありますの。 何点か、お見立ていたしましょうか?」 とうに気まずさが吹き飛んでいたローラは、優雅にギャルソンとして振る舞っていた。
ふとローラは学生時代受けたリリアンからの忠告が頭をよぎった。
そしてリリアンが悪意をもって自分に苦言を呈したという思い込みも。
あの時はなんてバカだったのだろう! 当時、ローラを慕っていた友人らはリリアンを責め、マイクとサラを擁護した。 ローラはのちにとてつもなく後悔した。
「ありがとう。じゃあ、お願いしようかしら。」
リリアンは驚きを隠し、普段通りに振る舞った。 「そうね。あたなは私の好みを知っているものね。 じゃあ、待たせてもらうわ。」
ローラはリリアンの洋服のテイストを細かい点までチェックした。
リリアンの好みは、ベースはスタンダードな明るい色。しかし自分のスタイルを確立していて、とてもファッショナブルだ…と見立てた。
リリアンはボーイフレンドをソファーに座る自分の横に引き寄せローラを待った。 ウェンディに手伝ってもらいながらリリアンの服を揃えていくローラを見つめるリリアン。普段通りに振る舞ってはいるものの、その心持ちは複雑だということを彼女の目は物語っていた。
「ミス・イェ。ご来店くださってらしたのですね。 お久しぶりでございますわ!」 出勤したマネージャーがちょうど店頭に現れた。 リリアンがソファに座っている姿を見るや否や、マネージャーはバッグを置いてこの大事なお得意様に挨拶した。
リリアンはこのブランドがお気に入りだった。 シーズンごとに数10万元、いえ、数100万元をこの店に落としていた。
「えぇ。」 リリアンは、雑誌の最新号を見ながら素っ気ない返事をマネージャーに返した。
マネージャーへの素っ気なさはいつものことだった。 「ペティ!ミス・イェにお見立てを!」
マネージャーは新入社員のローラが洋服を選んでいる光景に肝を冷やした。
ペティ・チャンは経験豊富なギャルソンだった。 彼女はもちろんリリアンがリッチで、とりわけ大切なお得意様であることは知っていた。 しかし、リリアンに接客する前に、ローラがすでにしていたのだ。 マネージャーがペティに指示をだしてもペティは鼻で笑うだけだった。 そこでリリアンが口を開いた。
「その必要は ないわ。 彼女でいいのよ。」 リリアンは洋服を抱えて歩くローラを指差してそう言った。
「ミス・イェ、彼女は新入社員ですの。 彼女がミス・イェを満足させるような見立てができるとは到底思えないのです...」
「私がいいって言ってるの!」 リリアンはマネージャーの言葉を遮った。 マネージャーは、服を手にしている新入社員をソワソワした気持ちでちらりと見た。 マネージャーはその時驚いた。 あれはローラ? ローラがマネージャーである彼女の部下だというのか。 世間は狭いとよく言うが…。
リリアンは、ローラが選んできた服をチェックした。
鎖骨から胸元に飾りボタンが並んだ赤いUネックのシフォンブラウスと黒い膝丈のキュロットのセット。オレンジ色のシルクのドレスは、同布のベルトでウエストがマークされているとてもエレガントなデザインだった。
リリアンは満足した表情でウンウンと頷くと、それらの服と試着室へ向かった。
ローラは少し動揺していた。リリアンの満足そうな表情はわざとで、自分を困らせるためではないかと考えていたからだ。 ローラは、マネージャーと書かれた従業員バッジがついた制服を着た女性を見つけた。
なんてことでしょう! ローラの運の悪さといったら! ニヤニヤしながらこちらを見ているマネージャーをよくよく見ると、ローラはそれが誰であるのかがはっきりとした。 ローラの上司であるマネージャーは、サラの従姉であるイレーヌだったのだ。 奈落の底に落ちるとはまさにこのこと! ローラはこれからいばらの道を行くことになるだろう。
5分後、リリアンは試着室からローラが見立てた服を着て出てきた。
「ねぇ、この2セット、買ってちょうだい」
ドキドキしていたローラを前に、リリアンはボーイフレンドにそう言った。 ₋
リリアンはローラに服を渡すと、支払いをするボーイフレンドを待ちながらブラブラと他の洋服もチェックしていた。
ホッとしたローラはレジカウンターに服を持っていった。 それは彼女が初めて接客を経験し、初めて見立てた洋服が売れた瞬間だった。 ローラはとても幸せだった!
「ありがとうございました!」 リリアンのボーイフレンドにレシートを渡すと、ローラは心を込めてリリアンにその感謝の言葉を口にした。
「じゃあね。」 リリアンは素っ気なく手を振ると、ボーイフレンドと腕を組んで店を後にした。
「ありがとうございました、ミス・イェ。 またのご来店を心より お待ちしております!」
ローラが思った通り、リリアンがいなくなるとイレーヌはすぐにマネージャーとしての彼女の権力を悪用しはじめた。
「ローラ、2日後にオフシーズンセールをするからチラシを配って。 ウエンディと昨年シーズンのダウンジャケットを着てね。」
なんてこと! ローラは心の中でマネージャーを”くそったれ”と罵った。 彼女の言っていることを誤解なく解釈したとすれば、その”くそったれ”は、ウェンディとローラにダウンジャケットを着て、日差し降り注ぐ気温37℃か38℃炎天下の屋外でチラシを配れと言っているのである。
「ワタシの知る限りですが、このブランドが過去のコレクションをオフシーズンにセール販売したことなんてないですよね?」 ローラは、このような有名なブランドの店が季節外れの服を販売しているのを見たことがなかった。
「えぇ、そうよ。あなたのおっしゃる通り。 特別セールのチラシは、モール内ではなくモールの外で配ってちょうだいね。」 イレーヌは誰にやらせようか悩んでいた。 そんなところにローラが入店してきたのは偶然だった。 まさに飛んで火にいる夏の虫!
「チラシを配ることはブランドイメージとして良くないのではないですか?」
「良くないですって? あなたは自分を誰だと思っているの? まだ、リ・グループのリ・ファミリーのお嬢様のおつもり? それともこのショッピングモールのオーナーでらっしゃるのかしら? とっとと準備を始めなさい! さもなければウェンディとともにクビにするわよ!」 イレーヌはローラを激しく怒鳴りつけた。 彼女の従妹、サラとマイクは相思相愛だった。 しかし、あの二人が別れることになった原因がローラだったのだ。 その別れが原因で、サラは毎日家にこもりがちになった。 それが11年来の親友がすることか? この泥棒猫が!
ローラは涙を浮かべつつ、胸の動きがわかるほど大きく息をすってから大きく息を吐いた。 そんなローラに話しかけるような他の従業員はいなかった! ローラには退職という選択肢もあった。 しかし、ウェンディが手伝ってくれると言い出した。 ウエンディを個人的ないざこざに巻き込んではいけない。
「わかった 。行くわ!」 ― 覚悟しなさい。 ワタシがアンタの息の根を止めてやるわ!― ローラはそう心の中で決意した。
怒りを抑えながら、彼女はさっそく倉庫へ行き、自分用に赤いダウンジャケットを、ウェンディに白いショート丈のダウンジャケットを選んだ。
「ローラ、大丈夫?」 ウェンディは本当にローラのことを心配していた。 ウェンディはこういう厳しい仕事に慣れていたが、ローラはそうではなかったように見えたからだ。
「ウェンディ、ワタシは大丈夫よ。 いずれ時間が解決してくれるわ。 時の流れに身をまかせるのもアリよ。 やってやりましょう!」 ローラはこのセールのために精いっぱい努力するすることにした。 マゾヒズムではないローラである。
このセールが失敗に終わればこの店を辞めることでしょう!
ローラとウェンディはショッピングモールから出ると、買い物客らは2人に視線を向けた。
それに、外に出てまだ1分も経っていないというのに、ローラは汗が肌を滴り落ちていく感覚を感じた。 ローラは、チラシであおいで涼をとりつつ、目の前を通り過ぎる人々をみながらこれから一体どうすればよいのか、立ちすくんだまま心の中では動揺していた。
ローラとウエンディ。この2人ともがダウンジャケットを着ていたので通行人の注目を浴びていた。 ウェンディはローラをグイッと裏通りに引き入れた。