砺波 俊克
小説2部発表
砺波 俊克の小説・書籍全集
私は耳の聞こえないお飾り
都市 私は貝塚家の「耳の聞こえないお飾り」だった.
でも実は, 命がけの手術を受けて聴力を取り戻していたのだ.
彼を驚かせたくて, その秘密を隠していた.
その夜, 泥酔した婚約者の直也は私を抱きしめ, 耳元で熱っぽくこう囁いた.
「理央... 」
私の耳は, 彼が元恋人の名前を呼ぶ声を, 残酷なほど鮮明に捉えてしまった.
私はただの代用品だったのだ.
翌日, 何も知らない義妹や友人たちは, 私の目の前で堂々と私を嘲笑した.
「どうせ聞こえないから」と, 彼らは私を「不便な道具」扱いし, 理央の帰国を歓迎していた.
全ての悪意が, 回復したばかりの耳に突き刺さる.
彼のために聴力を取り戻したのに, 返ってきたのは裏切りと侮辱だけだった.
私はその場で婚約指輪を外し, 彼らの前から姿を消す決意をした.
数年後, 海外で成功を収め, 別人のように美しくなった私が帰国した時.
直也は顔面蒼白で, 必死に私にすがりついてきた.
「静穂, 誤解なんだ, 戻ってきてくれ! 」
私は冷ややかな笑みを浮かべ, 彼に告げた.
「私の耳はもう聞こえるの. でも, あなたのためじゃないわ」 夫の書斎、秘密の報告書
都市 夫の書斎の床に落ちていた極秘報告書.
そこに記された一文が, 私の人生を粉々に砕いた.
『仁科乃々紗の救助を最優先とし, 妻の真理は後回しにせよ』
1年前の豪華客船沈没事故.
夫は「救助が遅れた」と泣いて謝ったが, 全ては偽りだったのだ.
あの日, 私は炎の中で夫の名を叫び続け, お腹の子を失い, 一生消えない火傷を負った.
それなのに夫は, 私が心血を注いだ香水を愛人の手柄として発表し, 私に笑顔で付き添えと命じた.
発表会の夜, 愛人は私の耳元で勝ち誇ったように囁いた.
「あの流産も火傷も, 全部私が仕組んだのよ. お姉様なんていらないわ」
私の心の中で, 愛が憎悪へと変わる音がした.
私は夫に「別荘で朝日を見よう」と嘘の約束をし, 嵐の海へと向かった.
彼に送ったのは, 全ての証拠データと離婚届.
そして私は, 岸壁にストールだけを残し, この世から「消える」ことを選んだ.