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吸血鬼狩りってお仕事です。

吸血鬼狩りってお仕事です。

畦道伊椀

5.0
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その日、『私』は学校指定の制服のまま、夜の街を彷徨っていた。 地方の名も無い田舎街。だから、ちゃんと気をつけていれば、 警察に余計なお節介をかけられる心配もなかったはず。 だが、暗い街路を歩く最中、結局かけられる、余計なお節介。 といっても相手は警察ではない。 「おお、池村じゃん。」 と、家出して二週間が経つ私に話しかけて来たのは、 同じ学校の制服を着た、クラスメイトの山本セイヤだった。

チャプター 1 「おお、池村じゃん」

「おお、池村じゃん、どうしたんだ?こんなところで?」

 夜だった。

スマホを見ながら、ただ駅前を彷徨っていたんだと思う。

私が住んでいるのは、地方の田舎街。

盆地に沈んだ、深い夜陰に潜む街。

そこから浮かび上がった、ほんのわずかな喧騒。その駅前。

その騒がしいのから逃れるように、街灯がより仄暗い路地を選んでいたら、こんなところに行き着いてしまった。

でも、かといって、こんなところにまぎれ込んだことに、特別な理由はない。

スマホを見ながら、歩いていただけ。

「気づいたら」

「なんとなく」

としか言いようがない。  

そんなとき、『私』を見つけた『彼』。彼は私のクラスメイトだった。

「そうか。じゃあ、お前は蛾の反対だな。光じゃなくて暗がりに引き寄せられるんだ。」

蛾の反対は、なんていう動物だろうな。

山本くんは、教室と全く変わらない朗らかな笑みを浮かべていた。

「なんで、私に話しかけてきたの?」

「いや、たまたま見かけたから、声かけてみただけだよ。」

「でも私、今学校行ってないよ。」

「どうでもいいじゃないか、そんなこと。今、時間あるかな?」

「いや、ないよ。」

学校にいた時なら絶対に断れないような、その誘いを断った。

なぜ断ったのか、特に理由はない。

学校に行っていないことを、

どうでもいい、

と言われたことにイラッときたのかもしれない。

学校に行けてるお前にとっては、どうでもいいかもしれないけど、学校に行けてない私にとっては、どうでもいいことじゃないんだよ。

「話はそれだけだね。じゃーね。」

「池村、家に帰らなくて、どれぐらい経つ?」

「たったの二週間だよ。隠れてやっていたバイトの貯金もあるし、寝泊まりするところも確保してるから、別に困ってないよ。」

あーあ、

学校に行ってないことだけじゃなくて、家に行ってないことまでバレてるんだ。

最悪。

こいつが知ってるってことは、クラスメイトにまで知れ渡ってるのかもしれないな。

「女子にはさあ、男子には分からない色んな事情があるんだよ。」

だから、大した覚悟もないくせに、他人の事情に、首突っ込んでこないでよね。  

そして、そのクラスメイトから背を向けた。

そのまま、もっと暗い路の先へと進んでいく。 さっきまで話し相手だった彼も、大人しく、もと来た明るい道を引き返してくれたらしい。

あー、よかった。邪魔者がいなくなってくれて。またスマホの画面に目を落とした。さっきからずっと歩きスマホ。何かにぶつかるなんてこと、こんな路じゃありえない。だから別に気にすることはない。  

そう思っていた矢先だった。

何か嫌な感触を踏みつけてしまったのは。

「うわ、最悪。」

猫の死体だった。

猫の死体が、足もとに寝そべっていたのだ。

「うわあ、」

マジ最悪。

スマホの懐中電灯をつけて、照らす足もと。車に引かれたのだろうか?

家で飼われているらしい、首輪をつけた三毛猫の死骸。

と、私の目の前を、また何かがよぎる。

「ニャーオ」

私を追い抜いていったのは、また猫。また同じような三毛だった。

私を追い抜いた、少し先から、振り返ってこちらを見ていた。

暗がりにぱっちりと開いた、まん丸な目。

そして路の先へと駆けていった。

この死骸と同じような首輪をつけて。

『ネオン』

かなり距離が離れていたはずが、首輪に書かれたその名前が、確かにくっきり見えたのだ。

おかしいな。

私ってそんなに視力良かったっけ。

そう思いながら、また足もとを照らした。

ひょっとしたら、こちらの首輪にも名前が書かれているかもしれない。

踏んでしまったんだ。

せめて名前ぐらいは見て、心の中で謝らないと。気味が悪いままでは仕方がない。

『ネオン』

首輪には全く同じ丸文字で、全く同じ名前が書かれていた。

「え、嘘。」 そう思ったら、その猫の三毛が、さっき私を追い抜いていったあの三毛と、まるきり同じにしか見えなくなった。

その時だった。

暗がりに沈んだ路の先から、けたたましい猫の叫び声が聞こえて来たのは。

「え、何・・・・・」

震える唇をおさえた。

路の先はまた、

押し黙る。

鳴き声どころか、足音ひとつ聞こえない。

さっきの猫は一体どうなったのか。

気配がする。

だがそれは決して猫の気配じゃない。  

その暗がりから現れたのは、灰色の大きな毛むくじゃら。

怪しく光るランタンを手にぶら下げた、二足歩行の怪人。

大ぶりで、いやらしく曲がった口ばし。

二つついた鼻の穴で匂いながら、真っ黒い二つ目でこちらを見つめている。

にゃーお、と、それは猫の甘えた声を発した。さっきの三毛を思い出させる声。

それが幾重にも谺する。

まるでマタタビを嗅いだ発情期の猫のような、もううんざりするぐらいの甘えた声。

そんな声で鳴きながら、ずっとこちらへ手招きしている。手招きしながら、こちらに近づいてくる。

「いや・・・・」

唇を押さえた手を握りしめた。

早くここから逃げないと。膝が震える。

それをおさえられぬまま、後退り。だがその一歩目で、転んでしまった。

猫の死体に足を引っ掛けてしまったのだ。

そうこうしているうちに、もうヤツはすぐそこまでやって来ている。

地べたであがく太もも。

それはヤツの大きな足の指に、もうつかまれている。

もうここから動くことは出来ない。

「カエリマショー」「カエリマショー」

という不気味な言葉。

顔いっぱいに迫る、あのいやらしいくちばしと黒目。

(もうだめ・・・・)

そう思ったその時だった。

私の顔とヤツのくちばしの間、そこに光が弾けた。強くて白い輝き。

まるで昼間の太陽みたい。

怪物は、光にひるんで後退り。もう私の足なんて掴んではいられない。

それでもなお、ひかり続ける光の弾。

ゴロゴロゴロゴロ

唖然とした私のそばに寄ってきた、中型バイクのエンジン音。

光を放った主だろうか?バイクの乗り手が、ヘルメットを外せば、そこには見覚えのある顔。

「ごめん、バイク取りに戻ってた。」

ついさっき見たあの笑顔。

山本セイヤくん。

彼はいつも通りの笑みを浮かべていた。

「さあ、後ろに乗って。」

メットないけど。でも、覚悟ならあるからさ。

「え?」

「さっきの話だよ。君を助ける覚悟が、俺にはある。」

さあ!

と、強く引かれる手。

勢いそのままバイクの後ろに跨ってしまった。

「免許、隠れてとったんだ。君のバイトとおんなじだ。」

ちゃんと捕まっててね。

「あいつらから逃げるため。このまま朝まで走りっぱなしだよ!」

思わず強くつぶった目。

それは、走り出してしばらくしてから、ようやく開けることが出来た。

駅前の喧騒をぶっちぎる眺めが、瞳いっぱいに溢れていた。

信号はなぜかことごとく青色で、街も色とりどりに光り輝いていた。

バイクのエンジン音は、思ったよりもずっと滑らか。

路上を進む感覚も、触れるように柔らかい。

そんな心地いい感覚が、山本くんの背中を通して伝わってくる。

見上げたそのフルフェイスの後ろ姿。

それは心なしか、笑っているようにも見えた。

心地いい感覚そのままに、また強くつむる目。

そしてまた開けてを繰り返す。

そんな夜を駆け抜けたバイク。

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