icon 0
icon チャージ
rightIcon
icon 閲覧履歴
rightIcon
icon ログアウトします
rightIcon
icon 検索
rightIcon
吸血鬼狩りってお仕事です。

吸血鬼狩りってお仕事です。

畦道伊椀

5.0
コメント
17
クリック
1

その日、『私』は学校指定の制服のまま、夜の街を彷徨っていた。 地方の名も無い田舎街。だから、ちゃんと気をつけていれば、 警察に余計なお節介をかけられる心配もなかったはず。 だが、暗い街路を歩く最中、結局かけられる、余計なお節介。 といっても相手は警察ではない。 「おお、池村じゃん。」 と、家出して二週間が経つ私に話しかけて来たのは、 同じ学校の制服を着た、クラスメイトの山本セイヤだった。

チャプター 1 「おお、池村じゃん」

「おお、池村じゃん、どうしたんだ?こんなところで?」

 夜だった。

スマホを見ながら、ただ駅前を彷徨っていたんだと思う。

私が住んでいるのは、地方の田舎街。

盆地に沈んだ、深い夜陰に潜む街。

そこから浮かび上がった、ほんのわずかな喧騒。その駅前。

その騒がしいのから逃れるように、街灯がより仄暗い路地を選んでいたら、こんなところに行き着いてしまった。

でも、かといって、こんなところにまぎれ込んだことに、特別な理由はない。

スマホを見ながら、歩いていただけ。

「気づいたら」

「なんとなく」

としか言いようがない。  

そんなとき、『私』を見つけた『彼』。彼は私のクラスメイトだった。

「そうか。じゃあ、お前は蛾の反対だな。光じゃなくて暗がりに引き寄せられるんだ。」

蛾の反対は、なんていう動物だろうな。

山本くんは、教室と全く変わらない朗らかな笑みを浮かべていた。

「なんで、私に話しかけてきたの?」

「いや、たまたま見かけたから、声かけてみただけだよ。」

「でも私、今学校行ってないよ。」

「どうでもいいじゃないか、そんなこと。今、時間あるかな?」

「いや、ないよ。」

学校にいた時なら絶対に断れないような、その誘いを断った。

なぜ断ったのか、特に理由はない。

学校に行っていないことを、

どうでもいい、

と言われたことにイラッときたのかもしれない。

学校に行けてるお前にとっては、どうでもいいかもしれないけど、学校に行けてない私にとっては、どうでもいいことじゃないんだよ。

「話はそれだけだね。じゃーね。」

「池村、家に帰らなくて、どれぐらい経つ?」

「たったの二週間だよ。隠れてやっていたバイトの貯金もあるし、寝泊まりするところも確保してるから、別に困ってないよ。」

あーあ、

学校に行ってないことだけじゃなくて、家に行ってないことまでバレてるんだ。

最悪。

こいつが知ってるってことは、クラスメイトにまで知れ渡ってるのかもしれないな。

「女子にはさあ、男子には分からない色んな事情があるんだよ。」

だから、大した覚悟もないくせに、他人の事情に、首突っ込んでこないでよね。  

そして、そのクラスメイトから背を向けた。

そのまま、もっと暗い路の先へと進んでいく。 さっきまで話し相手だった彼も、大人しく、もと来た明るい道を引き返してくれたらしい。

あー、よかった。邪魔者がいなくなってくれて。またスマホの画面に目を落とした。さっきからずっと歩きスマホ。何かにぶつかるなんてこと、こんな路じゃありえない。だから別に気にすることはない。  

そう思っていた矢先だった。

何か嫌な感触を踏みつけてしまったのは。

「うわ、最悪。」

猫の死体だった。

猫の死体が、足もとに寝そべっていたのだ。

「うわあ、」

マジ最悪。

スマホの懐中電灯をつけて、照らす足もと。車に引かれたのだろうか?

家で飼われているらしい、首輪をつけた三毛猫の死骸。

と、私の目の前を、また何かがよぎる。

「ニャーオ」

私を追い抜いていったのは、また猫。また同じような三毛だった。

私を追い抜いた、少し先から、振り返ってこちらを見ていた。

暗がりにぱっちりと開いた、まん丸な目。

そして路の先へと駆けていった。

この死骸と同じような首輪をつけて。

『ネオン』

かなり距離が離れていたはずが、首輪に書かれたその名前が、確かにくっきり見えたのだ。

おかしいな。

私ってそんなに視力良かったっけ。

そう思いながら、また足もとを照らした。

ひょっとしたら、こちらの首輪にも名前が書かれているかもしれない。

踏んでしまったんだ。

せめて名前ぐらいは見て、心の中で謝らないと。気味が悪いままでは仕方がない。

『ネオン』

首輪には全く同じ丸文字で、全く同じ名前が書かれていた。

「え、嘘。」 そう思ったら、その猫の三毛が、さっき私を追い抜いていったあの三毛と、まるきり同じにしか見えなくなった。

その時だった。

暗がりに沈んだ路の先から、けたたましい猫の叫び声が聞こえて来たのは。

「え、何・・・・・」

震える唇をおさえた。

路の先はまた、

押し黙る。

鳴き声どころか、足音ひとつ聞こえない。

さっきの猫は一体どうなったのか。

気配がする。

だがそれは決して猫の気配じゃない。  

その暗がりから現れたのは、灰色の大きな毛むくじゃら。

怪しく光るランタンを手にぶら下げた、二足歩行の怪人。

大ぶりで、いやらしく曲がった口ばし。

二つついた鼻の穴で匂いながら、真っ黒い二つ目でこちらを見つめている。

にゃーお、と、それは猫の甘えた声を発した。さっきの三毛を思い出させる声。

それが幾重にも谺する。

まるでマタタビを嗅いだ発情期の猫のような、もううんざりするぐらいの甘えた声。

そんな声で鳴きながら、ずっとこちらへ手招きしている。手招きしながら、こちらに近づいてくる。

「いや・・・・」

唇を押さえた手を握りしめた。

早くここから逃げないと。膝が震える。

それをおさえられぬまま、後退り。だがその一歩目で、転んでしまった。

猫の死体に足を引っ掛けてしまったのだ。

そうこうしているうちに、もうヤツはすぐそこまでやって来ている。

地べたであがく太もも。

それはヤツの大きな足の指に、もうつかまれている。

もうここから動くことは出来ない。

「カエリマショー」「カエリマショー」

という不気味な言葉。

顔いっぱいに迫る、あのいやらしいくちばしと黒目。

(もうだめ・・・・)

そう思ったその時だった。

私の顔とヤツのくちばしの間、そこに光が弾けた。強くて白い輝き。

まるで昼間の太陽みたい。

怪物は、光にひるんで後退り。もう私の足なんて掴んではいられない。

それでもなお、ひかり続ける光の弾。

ゴロゴロゴロゴロ

唖然とした私のそばに寄ってきた、中型バイクのエンジン音。

光を放った主だろうか?バイクの乗り手が、ヘルメットを外せば、そこには見覚えのある顔。

「ごめん、バイク取りに戻ってた。」

ついさっき見たあの笑顔。

山本セイヤくん。

彼はいつも通りの笑みを浮かべていた。

「さあ、後ろに乗って。」

メットないけど。でも、覚悟ならあるからさ。

「え?」

「さっきの話だよ。君を助ける覚悟が、俺にはある。」

さあ!

と、強く引かれる手。

勢いそのままバイクの後ろに跨ってしまった。

「免許、隠れてとったんだ。君のバイトとおんなじだ。」

ちゃんと捕まっててね。

「あいつらから逃げるため。このまま朝まで走りっぱなしだよ!」

思わず強くつぶった目。

それは、走り出してしばらくしてから、ようやく開けることが出来た。

駅前の喧騒をぶっちぎる眺めが、瞳いっぱいに溢れていた。

信号はなぜかことごとく青色で、街も色とりどりに光り輝いていた。

バイクのエンジン音は、思ったよりもずっと滑らか。

路上を進む感覚も、触れるように柔らかい。

そんな心地いい感覚が、山本くんの背中を通して伝わってくる。

見上げたそのフルフェイスの後ろ姿。

それは心なしか、笑っているようにも見えた。

心地いい感覚そのままに、また強くつむる目。

そしてまた開けてを繰り返す。

そんな夜を駆け抜けたバイク。

続きを見る

Other books by 畦道伊椀

もっと見る
すぐ読みます
本をダウンロード