汐見市。
旧市街の古びた建物の一室から出火した。火は風に煽られ、瞬く間に燃え広がり、濃い煙と紅蓮の炎がビルの大半を包み込んだ。
「救出したぞ!生きてる..!」
神崎桜奈は消防隊員に抱えられ、道端へと運び出された。
端整な顔には煤がべったりとつき、いつもなら潤んでいた桃花の瞳も、今はただ茫然と前を見つめていた。まるで、魂が抜けたように。
我に返った瞬間、生き延びた安堵が一気に押し寄せ、礼儀や作法などどうでもよくなった。かすれた声で「ありがとう」と消防員にだけ伝えた後、彼女は手と足を震わせながら、夢中でスマートフォンを探り始めた。 震える指で、無意識にあの馴染みきった番号を押していた。
「申し訳ありません。ただいま、おかけになった相手は通話中です。しばらくしてからおかけ直しください..」
コール音が数回鳴っただけで、無情にも切られた。喉まで込み上げた悔しさと寂しさが詰まり、言葉にならない。胸の奥からじわじわと、苦しさが全身に広がっていく。
「ドンッ!」
突然、轟音が冷たい自動音声をかき消した。桜奈がはっと顔を上げると、ついさっきまで自分がいた部屋が、爆発を起こしていた。
衝撃波に巻き上げられた瓦礫が、空を舞いながら四方八方に散っていく。
誰もがその瞬間、恐怖に凍りついた。特に、さっき助け出されたばかりの人々は悲鳴を上げ、互いに抱き合って怯えたまま身を寄せ合っていた。その光景の中、担架の上にひとりぽつんと横たわる桜奈の姿だけが、ひときわ孤独だった。
「藤沢諒..」桜奈は唇を噛みしめ、諦めきれずにもう一度電話をかけた。
だが、やはり向こうは数回のコールのあと、無情にも切断された。
そのとき、不意に通知が画面に跳ね上がった。
――#トップ女優・高橋光凜、謎の御曹司彼氏と交際疑惑浮上#
煽情的な見出しの下には、マーケティング系のアカウントによる暴露記事が続いていた。 曰く、あるバラエティ番組のプロデューサーが高橋光凜を食事に誘い、彼女が酒を断ったことで口論に発展した、という。 彼女の「御曹司彼氏」は、ちょうどその場を通りかかり、プロデューサーに一切の顔も立てず、高橋光凜をそのまま連れ出していったという。
その暴露記事はやたらと臨場感たっぷりで、まるで現場で「社長が恋人を堂々と庇う姿」を目撃したかのような書きぶりだった。
ただし、男の正体がバレるのを恐れてか、添付された写真には彼の顔は映っておらず、背中だけが写っていた。その男の背後では、高橋光凜がサイズの合っていないスーツジャケットを羽織り、にこにこと笑みを浮かべながら彼の後ろをついて歩いていた。まるで、その手を取ろうとしているように、彼女は腕を伸ばしていた。
桜奈は、ただぼんやりとスマートフォンの画面を見つめた。視線は、写真の一点に吸い寄せられた。
..藤沢諒だった!
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