三月、北央市では次々と大きなニュースが報じられた。
一つは、北央市きっての富豪である清水家の長男、清水晟暉が交通事故で下半身不随になったこと。
もう一つは、名門の清水家が成金の竹内家と縁組みを決めたこと。
そして、その縁組みの相手が物議を醸していることだ。
男性側は、すでに下半身不随の清水晟暉。
女性側は、竹内家で田舎育ちの長女だという。
その頃、渦中の人物である竹内汐月はまだ田舎にいた。
彼女は居間に座っており、スマートフォンの通知が鳴った。
画面を一瞥すると、アシスタントからのメッセージだった。
「エヴリン、こちらに特殊な事情を抱えた患者様が。半年前からあなたを指名しておりまして、ご都合いかがでしょうか?」
汐月は白く細い指で電源ボタンを押し、画面を暗くした。彼女は俯き、その透き通った瞳には、言いようのない悲しみが宿っていた。
神の手――世界にその名を轟かせる名医でありながら、それが何になるというのだろう。
実の祖母さえ救えなかったのだ。やっとメスを握ることができたというのに、祖母はそれを待たずに逝ってしまった。
背後からは両親の寝室から口論が聞こえてくる。田舎の家は壁が薄く、声が筒抜けになるのだ。
「奈美、そんなに無理を言わないでくれ。母さんが亡くなったばかりで、葬儀も終わったばかりなのに、もう帰るなんて!」
「泰輝、会社には仕事が山積みだし、優桜の成人式も控えているのよ。死んだ人より大事じゃないって言うの? それに、汐月を連れ帰ったら、都会の作法を教え込まないと。あんな田舎娘が清水家に嫁いだら、私たち竹内家の恥になるわ!」
「奈美、田舎娘、田舎娘って言うのはやめてくれないか。 彼女だってお前の実の娘だろう!」
「実の娘じゃなかったら、わざわざ迎えに来るわけないじゃない!」奈美は鼻で笑った。
「……」
汐月は、フッと自嘲するように笑った。
これが、自分の生みの親なのだと。
両親は、しがない労働者から一歩一歩のし上がってきた。
当然、若い頃は働き詰めで彼女を育てる余裕などなく、生後一ヶ月で祖母に預けられた。
それでも、以前の両親は忙しいながらも、いつも彼女を気にかけてくれていた。
すべてが変わってしまったのは、いつからだったか。
事業が軌道に乗り、会社を設立し、彼女が7歳の時に妹が生まれた。
その時からだ。
両親の関心は薄れ、代わりに竹内家の事業は右肩上がりに成長し、やがて豪門の仲間入りを果たした。母が時折かけてくる電話では、いつも妹がどれほど一家の幸運の女神であるかを自慢げに語るだけで、汐月の勉強や健康については一言も尋ねなかった。
まるで、福をもたらす娘がいるのだと、世間に見せつけるためだけの電話のようだった。
妹が3歳の時、両親が一度だけ帰省したことがある。
その時、父は祖母と彼女を北央市へ連れて行きたいと提案したが、母の笑顔はひどくぎこちなかった。
その後、母が父に何を言ったのかは知らない。ただ、結局父が二人を連れて行くことはなかった。
都会へ戻った母は再び身ごもり、弟を産んだ。
それからというもの、夫婦の愛情はすべてその二人の子供に注がれた。仕送りはあったものの、この15年間、一度も帰ってくることはなかった。
祖母が亡くならなければ、彼らは自分に母親と娘がいることすら忘れていたかもしれない。
……
祖母の葬儀を終え、汐月は両親と共に北央市へ向かうことになった。
両親はまるで彼女を心から愛しているかのように、熱心な言葉で共に来るよう説得した。
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