かつては水の惑星と呼ばれ、緑豊かであった星。 現在ではオゾン層が破壊され、滅んだ先史文明を支えていた緑に代わって、地表を荒涼とした砂地が浸食していた。 この荒廃した世界を生きる、二つの種族がいる。片方は旧鼠、もう片方は旧鼠の天敵で大蛇と呼ばれており、両種族は滅びゆく星の運命に抗い、長い時を生き延びていた。 そんな中、旧鼠ユスチィスとヒトの少女の出会いがきっかけで、時代は新たな転換期を迎えようとしていた。 ※本作はカクヨム、小説家になろう、にも掲載しております
乾燥した空気に流される砂の粒子を顔面に受け、ユスチィスのまだ幼さを残した相貌が微かに歪められた。身に着けたゴーグルによって保護された瞳の視線の先は、遠い砂の頂に向けられたまま、その先をじっと見据えている。
上空では赤々と燃える大きな太陽が、地上にいる者に対して、容赦なく破壊的な紫外線を浴びせていた。ユスチィスの獣毛に覆われた分厚い皮膚も、これを受けて色濃く日焼けしている。
砂丘は、一歩一歩踏みしめられても、風によってその足跡を消してしまう。まるで、侵入者たちのもたらした痕跡を嫌っているかのようであった。そのせいで、この地を闊歩する多くの者が、行き倒れになった挙句に風に弄ばれながら風化の一途を辿っていったことであろう。
ユスチィスの前方で歩を進めていたトンガーソンが振り返り、声を上げた。風に妨害されても耳に届いてくる、高い声色。ユスチィスも大きな声を上げ、相手に自分の無事を伝えた。
この過酷な環境の中において、互いの無事を確かめながら着実に進むことは肝要であった。もしはぐれるようなことがあれば、まだ若いユスチィスなどは、数日と生き永らえることもおそらくできない。
トンガーソンは歩を休め、ユスチィスが近づいてくるのを待った。ユスチィスは重い足取りでトンガ-ソンのすぐ傍まで進んでいき、追いついた。
両膝を手で押さえ、息を切らすユスチィス。トンガ-ソンはユスチィスの横顔の獣毛に張り付いている砂を、彼を労わるようにして払ってやった。
それから、トンガーソンは彼の眼前で右の掌を開いて見せた。そこには何かの構造物の残骸と思われる金属片が置かれていた。
「これを見てくれ。さっきそこで拾ったんだ。おそらく先史文明の遺跡の物だろう」
そう言うトンガーソンは、分厚いゴーグルの中で黒い瞳を輝かせていた。
「でも、この砂の中に埋もれているんじゃあ、ぼくたちだけでそれを見つけるのは無理なんじゃ……」
「そうかもしれない。が、諦めるには、まだ早いぞ」
常に前向きで、瞳の輝きを絶やさないトンガーソン。かつてのユスチィスはそんなトンガーソンに憧れていたものであるが、今のユスチィスには、自分とはあまりにも価値観の違う、異質な世界の存在のように感じられた。
トンガーソンは彼の地元でも相当な変わり者と言われていたが、それを嫌というほど思い知らされてきたのだ――ユスチィスは、そう考えるに至っていた。
トンガーソンは背負っていた探検用のリュックサックから、水の入った瓢箪と乾燥させた平たいパンを取り出した。パンを手で千切り、自らの前歯で砕いてから口に含む。軽く咀嚼し、一口だけ水を飲んだ。
その後、水の入った瓢箪と、千切ったパンのもう片方をユスチィスに手渡す。一言だけ、「飲み過ぎるなよ」と口添えするのも忘れなかった。
ユスチィスもまたパンを食べ、水でのどを潤した。それからまだ水が三分の一ほど残っている瓢箪をトンガ-ソンに返した。
「少しは疲れもとれたかな。じゃあ、先に進もうか」
ユスチィスの返事を待たずに、トンガーソンが歩き出す。ユスチィスは若干顔をしかめ、その後を追う。
砂の頂を越えると、その先も道中と代わり映えしない光景が延々と広がっていた。ユスチィスはげんなりしたが、トンガーソンは迷うことなく頂を下っていく。仕様がなく、ユスチィスもその後ろからついていった。
砂を運ぶ風は大分弱まっていたが、その分、照りつける日差しが強くなってきた気がする。ユスチィスは白く染まっていく視界に目の痛みを覚え、瞳を細めた。
数刻の間、歩き続けた。陽の光は相変わらず苛烈であったが、一日の中ほどはとうに過ぎていた。
トンガーソンが不意に立ち止まった。ユスチィスはようやく休憩かと、一瞬期待したが、どうも様子がおかしい。
「どうしたんですか、トンガーソンさん」
ユスチィスが尋ねたが、トンガーソンは黙ったまましゃがみ込み、足元の砂を左右に掻き分けながら何かを探し始めた。しびれを切らしたユスチィスが再度トンガーソンに声をかけようとしたところで、唐突にトンガーソンが大声で何事かを騒ぎ出し、ユスチィスは度肝を抜かれた。
「あった。あったぞ」
嬉々として砂を払い、露わになった黒色の金属面を指さすトンガーソン。
「ジェント砂丘に眠るという遺跡。長らく、記述の中でしか語られず実在するかどうかも怪しまれていたが……それを、わたしが発見した」
トンガーソンはユスチィスに語っているというよりも、自分自身に言い聞かせているという様子であった。そのまま自ら大きく頷く仕草をして見せた。
ユスチィスは、トンガーソンの喜びには共感できなかった。最初にトンガーソンに弟子入りした頃は、未知の領域と呼べる過去の遺物を探求する心に胸を躍らせ、その先にあるものに期待しながらトンガーソンの仕事に従事していた。
しかし、来る日も来る日も変わり映えしない、老朽化した石の塊と睨み合うという生業は、かつてのユスチィスの夢見ていたものとは程遠く、何時しか現実と期待の乖離によって、ユスチィスは以前のような意欲を失っていった。
当初、ユスチィスは先史文明の技術に旧鼠を救うものがあると聞かされており、ユスチィスもその技術の復活に夢を抱いていた。
その後、新たな発見が得られる度に喜ぶトンガーソンの姿を幾度も見てきたユスチィスであったが、その時の成果のいずれもがユスチィスの夢へ近づくものではなかった。
手に入った物は、滅んだ先史文明の者たちの遺した残骸ばかり。あらゆるものがかつての機能を失っていた。
失った大切な人が今となっては蘇らないのと同様に、失われた文明も現代において意味を成すことはない――それが、トンガーソンに対して話さずにいる、ユスチィスの価値観であった。
「ユスチィス、これを見ろ。ここに文字が刻まれている」
あまり気乗りはしないユスチィスではあったが、トンガーソンの指し示している、砂上で露わになっている壁面に目を向けた。トンガーソンの教えを受けているユスチィスにも、それが先史文明で使われていた文字であることがわかった。
「これは石碑だな。材質は我々の使っているものとは大きく異なるが。風化していて所々のは判別もできないが……何かを後世に伝えようとしていたことは間違いあるまい」
トンガーソンは身に着けていたゴーグルを取り外し、そこに書かれている内容を丹念に読み解こうと試みていたが、やがて、小さく息をつくと、顔を上げ、遺跡が砂によって覆い隠されている一帯を見渡した。
「もっと情報が欲しい。ユスチィス、手伝ってくれ」
「……はい」
砂地を進んでいくと、所々でごつごつした硬いものが足の裏に当たる。熱を帯びた金属質の断片が辺りに散乱していた。
「おい、あまり不用意に踏み荒らすんじゃないぞ。重要なメッセージが隠されているかもしれないのだから……」
トンガーソンはそう言うと、その場にしゃがみ込み、砂に埋もれている遺物の壁面をかきだした。鋭い爪を伸ばし、金属の塊を覆う砂を、丁寧に振り落とす。
ユスチィスもまた、トンガーソンを見習って、周囲の砂地を探索し始めた。トンガーソンはユスチィスに対して、「何か気になるものがあったらすぐに言ってくれ」と念を押した。
風化した遺跡の残骸は至る所に散らばっており、風に運ばれてきた砂によって、悠久の時を隠され続けてきたそれは、熱い日差しの下に次々とさらけ出されていった。
「ふむ。これもなかなか興味深いな……これから発掘隊を組織して本格的な探索を始めるのが楽しみだよ」
トンガーソンは旧鼠の中でも変わり者ではあったが、ユスチィスと出会うよりもずっと昔から地上を旅して遺跡を巡ってきた実績があり、同好の士と呼べる仲間たちがいた。それが、以前のユスチィスの眼にトンガーソンが現代の偉人として映っていた理由の一つでもあった。
基本的に同郷の者以外とは付き合わない、排他的な傾向のあるのが旧鼠という種族である。部族の垣根を越えて手を結ぶトンガーソンとその仲間たちは、各地で疎まれている傾向があった。
それでも、このまま天敵に怯えながら種としての寿命を終えようとしている旧鼠の将来を憂いている者たちが、近年になってトンガーソンたちを支持しているという背景もある。先史文明の遺産に希望を見出しているのは、かつてのユスチィスだけではないのだ。
ユスチィスは文字列を目にする度に、逐一、トンガーソンに伝えた。トンガーソンはそれらを分厚い樹皮の束に筆記しながら、度々唸るような声をもらした。
「何か、新しいことはわかりましたか」
さり気なく尋ねたユスチィスの言葉には、幾分の皮肉も込められていた。
「むう、幾つかの文言は理解できるが、先人が一体何のために、それらをこの場に残したのかが解せない」
ユスチィスは、手にしていた、崩れた金属板の断片をユスチィスに見せた。
「これに書かれているのは先人の生活様式をわざわざ文章にしたものらしい。ご丁寧に横には絵まで書かれている。先人の容姿は旧鼠と大差ないようではあるな」
絵に描かれている人物は大分誇張されているが、旧鼠の者と同じ二足歩行で、前足を器用に動かし、道具も使っていたらしい。それらの情報は、過去に発見してきた遺物でも判明していることではあったが。
「まるで……あとからこの遺跡を発掘する者……つまり、自分らの文明の実態を我々に伝えることを目的としている、そんな気がしてならないのだ」
滅んだ種族が後の世の異種族に何かを伝える――それにどれほどの意味があるのだろうか。ユスチィスはそんなことを考えていた。
しばらくの間、トンガーソンは遺跡の調査に没頭した。ユスチィスもそれに従事していた。
天から地上を焦がす太陽は徐々に遠ざかり、日没の時間が近づいてきた。
「トンガーソンさん……」
夢中で調査を続けるトンガーソンに向かって、とうとう痺れを切らしたユスチィスが声をかけた。
「……そうだな。ここのおおよその規模も把握できたし、手土産もこれだけある。連中をその気にさせるには十分な収穫だな」
トンガーソンはそう言ったが、その内にある名残惜しいという感情は隠せなかった。連中というのは、先史文明の探究を生業としている者に助力している資産家たちのことであり、自ら重い腰を動かしたりはしないが、探究者たちの成果には期待している者でもあった。
それでも、ようやくトンガーソンが帰り支度を始めたので、ユスチィスは安堵した。
「待たせたな、じゃ、戻ろうか」
自分の心中を見透かしたトンガーソンの言葉に、ユスチィスは一瞬ドキリとした。
トンガーソンは外していたゴーグルを手にすると、それを身に着けた。長時間直射日光を浴びていては、丈夫な旧鼠であろうと、眼球を傷つけることになる。日中に行動する探究者にとって、それは必需品と呼べる代物であった。
ふと、地面の底から微かな振動が伝わってきた。真っ先にこれに気づいたトンガーソンは、そっと耳ををそばだてた。
トンガーソンの様子に戸惑ったユスチィスは、彼に声をかけようとしたところで、全身を足元から掬い上げられるような感覚に襲われた。
「地震……」
ユスチィスのもらした言葉を聞いたトンガーソンは、かぶりをふった。
「いや、違う。これは……」
トンガーソンの黒い瞳が細められた。彼の相貌には、動揺と憤りの混じった感情が露わになっていた。
「まずい、伏せろ」
トンガーソンは荷物を放り出し、未だ状況を呑み込めていないユスチィスの胸の辺りを掴むと、そのまま地面に押し倒した。
思わず声をあげそうになったユスチィスの口に、堅い皮膚に覆われた左の掌が当てられる。ユスチィスは己の口を抑え込むトンガーソンの真意が判らず、押し黙った。
トンガーソンは、自分の口に右手の中指を当て、静かにしているように促した。ユスチィスはこれに従い、瓦礫の散乱する砂の上にうつ伏せになったまま、事態の進行を見守る。
ずん、ずん、ずんと、今や旧鼠たちの聴覚にはっきりと聴こえる騒音が断続的に響いた。ここに来て、ユスチィスはようやく音の正体に感づく。
(大蛇……)
何かが地中深くを掘り進む、重く鈍い音。ユスチィスの脳裏には、鎧のような硬い甲殻に覆われた、蠢く節足の連なるおぞましい怪物の姿がはっきりと浮かび上がっていた。
ユスチィスは内から膨張する恐怖の感情にとらわれ、震え出した。トンガーソンもまた、恐慌状態に陥りかけたが、より強い感情で以てそれを鎮めるこで、何とか平静さを保った。
いざ危機的状況になってみれば、経験の浅いユスチィスと老練のトンガーソンの差は顕著なものとなる。この時になってユスチィスは、トンガーソンが非常に頼もしい存在に思えてきた。
振動は一層激しさを増す。真下の地面の中を、長くて巨大なものが通過している。
二人は物音を立てずに、じっとしていた。大蛇の五感は総じて旧鼠よりも優れており、聴覚もまた例外ではない。それに、僅かな物の振動や熱でさえも敏感に感じ取り、相手の位置情報を正確に察知する能力に長けているのだ。
こうしていても、見つかる可能性の方が高そうに思われた。しかし、下手に逃げようとしたところで、圧倒的な速度で獲物を追う大蛇を振り切ることはまず不可能である。
今は、先人の遺した建造物の残骸の影に隠れ、僅かな希望にすがるしかない――二人の旧鼠は、このまま恐るべき天敵をやり過ごせることを祈った。
振動が静まった。しばらくの間じっとしていた二人であったが、やがて、ゆっくりと互いの顔を見合わせる。両者は、落ち着きを取り戻しつつある相手の表情を見て、勇気づけられた。
「通り過ぎたのでしょうか……あれは」
ユスチィスが沈黙をやぶった。トンガーソンは怪訝そうに遠方を見つめる。
「……そうらしいな」
トンガーソンは口ではそう言ったが、幾分の希望的観測をふくんでいることは自覚していた。
既に風も収まっており、砂上は静寂の空気にさらされていた。無情な太陽のもたらす熱気は相変わらずであったが。
トンガーソンは散乱している荷物をかき集め、リュックサックに詰め込んだ。
「ここは大蛇の通り道にでもなっているのかもしれないな。せっかく発見した遺跡が奴らの縄張りとは、つくづく運がない」
トンガーソンは残念そうに呟くと、リュックサックを背負う。このような危険が伴っているのでは、ここへ探索隊を連れてくることなど不可能であろう。
まだ身支度を終えていないユスチィスに早くするよう促した。
「早々に引き上げた方が良さそうだ。帰るぞ、ユスチィス……」
トンガーソンがそう言いかけた時。
ドン、と大地を押し上げるような衝撃が二人の脳天を突いた。
地の底から現れた大きな物体に砂が持ち上げられ、中空に放り出された瓦礫が落下し、旧鼠たちの足元にまで落ちてきた。
日光を反射する、赤黒い眼光。その鋭い瞳ににらまれ、ユスチィスは全身が毒で麻痺したかのように動けなくなってしまった。
旧鼠にとって、大蛇の出現は否が応でも、死を認識させる。家族の死、仲間の死、自分の死。対峙してしまえば、それら避けられない運命からもがくか諦めるしかない。
大蛇はどす黒い多足をグネグネと蠢かせ、それ一本で旧鼠の胴を引き裂けるほどの大きな牙の生えた大口を、かっと開いた。
トンガーソンはユスチィスの腕を掴み、彼を叱咤した。我に返ったユスチィスは、トンガーソンと共に一目散に駆けだす。
大蛇は奇声を上げると、逃げていく獲物に向かって長い胴体を突き出し、追い迫った。瞬く間に距離が詰められる。
トンガーソンはユスチィスを引っ張ったまま、瓦礫の間を縫うようにして走った。旧鼠が大蛇に勝っていることと言えば、体の小ささ故の小回りのききやすさ程度である。トンガーソンは己の本能と知略を頼りに、逃げ道を割り出しながら駆けていく。
煩わしいとでも言うように一閃される、大蛇の胴体。砕けた瓦礫が逃げていく者たちの頭上に降り注いだ。
トンガーソンの悲痛な声が木霊した。途端に、トンガーソンの手が力を失い、掴まれていたユスチィスの手がするりと抜けてしまった。勢い余ったユスチィスがその場に転倒する。起き上がったユスチィスは、トンガーソンの右の手の甲に金属板の破片が深く突き刺さり、貫通しているのが目に入った。
トンガーソンは痛みをこらえながら、ユスチィスを見返す。
「逃げろ、ユスチィス」
トンガーソンは叫び、迫る大蛇に向かって、仁王立ちとなった。
「トンガーソンさん。でも……」
「急げよ」
ユスチィスに対し、怒声を浴びせるユスチィス。その声には鬼気迫るものがあった。
大蛇は、己を犠牲にして仲間を逃がそうとする者と、逡巡したまま冷静な判断を下せずにいる者を交互に見やった。何事かを思案している様子であったが、二人の旧鼠にはそれを認めるだけの余裕はなかった。
突如、トンガーソンとユスチィスのいる地面がそそり立ち、二人の身体がひっくり返った。
全身を激しく打ちつけられたトンガーソンは何とか己の気力を奮い起こし、立ち上がろうとする。衝撃でひび割れたゴーグル越しに映る光景。そこには、砂の中を回り込んできたものと思しき大蛇の尾がそびえていた。
横目でユスチィスの方を見やる。ユスチィスは上体を起こそうと、地面から突き出している柱状の金属に掴まっているところであった。
大蛇の全身が蠢動し、ユスチィスの方へ迫った。口を開いた大蛇がユスチィスの頭上に迫り、一気に喰らいかかろうとした。
「ユスチィス」
トンガーソンの叫びを聞いたユスチィスが慌てて砂の上を転げまわり、大蛇の咢をかわす。そのまま急いで立ち上がり、大蛇から逃れようと走った。
大蛇は逃げていくユスチィスの方に向き直り、頭部を動かして狙いを定めた。
(駄目だ。あれでは追いつかれる)
意を決したトンガーソンは、少しでも時間を稼ごうと、ユスチィスを追う大蛇に向かって駆けだした。
何事かを叫ぶユスチィス。
その時、走るユスチィスの足が砂を踏み抜き、ずぶずぶと全身が砂の中に呑まれていった。
驚くユスチィス。トンガーソンもまた、眼前の出来事に我が目を疑った。
既にユスチィスの下半身は砂の中に埋まり、胸元まで砂に覆われていた。ユスチィスがもがくほどにその速度は早まり、既に埋まっているユスチィスの右腕に代わって、左腕が虚しく持ち上げられた。
トンガーソンはユスチィスを引っ張り出すために、彼の左腕を両手で掴もうとした。先ほど抉られた右手に激痛が奔ったが、トンガーソンは必死にこらえた。
大蛇の鋼の塊のような硬い頭が振り下ろされる。危うく叩き潰されそうになったトンガーソンは寸でのところでかわしたが、横に払われた頭部によって弾き飛ばされた。トンガーソンは砂上に投げ出され、全身を強く打ちつけた。
起き上がるなり、再度、ユスチィスの名を叫ぶトンガーソン。最早視界を遮るだけの邪魔者でしかなくなっていた、ひびだらけのゴーグルを投げ捨てた。見ると、ユスチィスの全身が片腕だけを残して、砂の中に埋もれているところであった。
やがて、ユスチィスの姿は砂の中に没した。愕然となったトンガーソンは、すぐ傍に大蛇がいることも忘れて、立ち尽くしたまま消えたユスチィスの姿を、虚ろな視線で追い求めた。
絶望したトンガーソンの嗚咽が地上に響いた。
Other books by 来星馬玲
もっと見る