15年間, すべてを捧げてきた恋人・篠原勇夫の事業を成功させた矢先, 大手クライアントの令嬢・高塚優にすべてを奪われた. 私のプロジェクトは彼女の手柄にされ, 私がデザインした指輪やプレゼントした香水も, あっさりと彼女のものになった. 長年の献身と愛情はゴミのように踏みにじられ, お腹にいた勇夫との子供も絶望のあまり中絶した. さらに追い打ちをかけるように, 二人は共謀して私を陥れ, ナッツアレルギーの私にナッツ入りのケーキを無理やり食べさせ, 病院送りにしたのだ. 私が死の淵をさまよっている間も, 勇夫は優のそばを離れなかった. 彼にとって, 私はもう邪魔な存在でしかなかったのだ. なぜ, 私の15年間はこんな形で終わらなければならなかったのか. 病院のベッドで目覚めた私は, 親友の助けを借り, 彼との過去をすべて捨て, 別の男性との政略結婚を決意した.
15年間, すべてを捧げてきた恋人・篠原勇夫の事業を成功させた矢先, 大手クライアントの令嬢・高塚優にすべてを奪われた.
私のプロジェクトは彼女の手柄にされ, 私がデザインした指輪やプレゼントした香水も, あっさりと彼女のものになった.
長年の献身と愛情はゴミのように踏みにじられ, お腹にいた勇夫との子供も絶望のあまり中絶した.
さらに追い打ちをかけるように, 二人は共謀して私を陥れ, ナッツアレルギーの私にナッツ入りのケーキを無理やり食べさせ, 病院送りにしたのだ.
私が死の淵をさまよっている間も, 勇夫は優のそばを離れなかった. 彼にとって, 私はもう邪魔な存在でしかなかったのだ.
なぜ, 私の15年間はこんな形で終わらなければならなかったのか.
病院のベッドで目覚めた私は, 親友の助けを借り, 彼との過去をすべて捨て, 別の男性との政略結婚を決意した.
第1章
松本莉泉 POV:
あの男からの連絡を拒否する手が, 震えもしなくなったのはいつからだろう.
スマートフォンが提示する, 菊池樹以という男の顔写真.
見慣れない顔.
どこか遠い国の紳士のような, 端正な顔立ち.
私はそれを一瞥し, すぐに画面を閉じた.
感情は何も湧かない.
ただ, 事務的にメッセージを返した.
「承知いたしました. 手配をお願いします」
それだけだ.
電話は親友の今野真実からだった.
彼女は私の返事に戸惑ったようだが, すぐに「分かった」と短く答えた.
「ただ, 少しだけ時間をください」
私は真実にそう伝えた.
真実は「どれくらい? 」と尋ねた.
「一週間. それで, すべてを終わりにできる」
私は知っていた.
この一週間があれば, 私は過去との決別を完璧に遂行できる.
あの日のことだ.
あの事務所創立記念パーティー.
それは本来, 無名だった私たちの事務所が, 業界の注目株へと成長したことを祝うはずの, 私のための晴れ舞台だった.
私が手掛けたプロジェクトが発表され, 私の功績が称えられるはずだった.
だが, あの夜, 篠原勇夫は高塚優の手を取った.
大手クライアントの令嬢, 高塚優.
彼女は勇夫に接近し, 彼はあっさりと私を切り捨てた.
私のプロジェクトは優の手柄として発表され, 創立記念パーティーは優の歓迎会へとすり替えられた.
長年の献身と愛情は, まるでゴミのように踏みにじられた.
その時, 私のお腹には, 勇夫との間に授かった命があった.
希望だったはずの命は, 奈落の底へ突き落とされた私にとって, 重すぎる鎖でしかなかった.
私は絶望の淵で, その子を中絶した.
すべてを捨てて, 事務所を去ることを決意した.
もう, ここで嘲笑され続ける理由はない.
この場所を離れ, 実家へ帰る準備を始めた.
最初に捨てたのは, 勇夫がくれたペアリングだった.
彼の「永遠」の約束は, もう腐りきった嘘だ.
細工の凝らされたプラチナの指輪だが, 今の私にはただの金属の塊だ.
私はそれを躊躇なく, ゴミ箱に放り込んだ.
その時だった.
背後から, 甘ったるい声が聞こえた.
「あら, 莉泉さん. こんなところで何してるの? 」
高塚優だった.
彼女は勇夫のオフィスから出てきたばかりで, 私を見つけると, わざとらしく微笑んだ.
その腕には, 勇夫がいつも私にしていたように, ぴったりと抱きついていた.
彼女の首筋には, 先日私が勇夫にプレゼントしたばかりの, 限定版の香水の香りが漂っている.
「勇夫ったら, 莉泉さんいないと何もできないって. 困っちゃうわよね」
優はわざとらしくため息をついた.
その言葉の裏には, 「あなたなんか, もう勇夫には必要ない」という侮蔑が隠されているのが透けて見える.
いつものことだった.
こういう挑発に, 私はもう何も感じなくなっていた.
怒りも, 悲しみも, 嫉妬も.
私の心は, 凍り付いた湖の底のように静かだった.
「そうね」
私はただ, それだけ答えた.
声には何の感情も込められていない.
冷たい響きだけが, 空間にこだました.
優の顔から, あのわざとらしい笑顔が消えた.
彼女は言葉を失い, 口をパクパクさせている.
予想外の反応に, 彼女は明らかに動揺しているようだった.
私は, その様子を横目に, 無言でオフィスを出た.
もう, この場所とは何の関係もない.
アパートに帰宅すると, 突然激しい吐き気に襲われた.
胃液が込み上げてきて, トイレに駆け込む.
何度も吐き戻し, 体は痙攣した.
まだ, あの日の傷が癒えていない.
中絶手術からまだ日が浅い.
体も心も, ひどく疲弊している.
勇夫は, 優にこのアパートに住まわせると言い出した.
私が出て行けと.
私は猛反対し, 別れるとまで言った.
だが, 彼はまるで聞く耳を持たなかった.
「優は高塚家の令嬢だ. 彼女がここに住むことで, どれだけ俺たちの事務所にメリットがあるか, お前には分からないのか」
彼は私を責めた.
私は, 勇夫が優を選んだ瞬間, 彼の中で私の優先順位が完全に消滅したことを悟った.
私にとって, 彼の子供は唯一の希望だった.
だが, その希望すら, 彼によって打ち砕かれた.
私は一人で, 病院の予約を取り, 一人で手術を受けた.
手術台の上で, 私は泣きもせず, ただ虚ろな目で天井を見つめていた.
もう, 私には何も残されていない.
胃の痛みがひどい.
薬を探して, 引き出しを漁る.
なんとか胃薬を見つけ出し, 水なしで飲み込んだ.
すると, 玄関のドアがガチャリと音を立て, 勇夫が帰ってきた.
「ただいま」
勇夫はいつも通り, 何の気なしに部屋着をソファに放り投げた.
優の香水の匂いが, 部屋中に充満する.
以前なら, 私がすぐに拾い上げて, 綺麗に畳んだだろう.
だが, 私は動かなかった.
勇夫は私が反応しないことに気づき, 眉をひそめた.
「どうした? 今日は機嫌が悪いのか? 」
彼は不満そうに言った.
「また高塚のところか? 何かトラブルでもあったのか? 」
勇夫は, 私が優と接するたびに機嫌が悪くなると思っていた.
私は彼の言葉に, 内心で冷笑した.
私の不調は, 彼には関係ないことなのだろう.
私の痛みも, 私の悲しみも, 彼には見えない.
あるいは, 見ようとしないだけだ.
勇夫は, 私が沈黙していると, 苛立ちを募らせた.
彼は足音を荒々しくさせ, 私に近づいてきた.
私は身構えた.
だが, 彼は私が青白い顔でうずくまっているのを見て, 動きを止めた.
「おい, どうした? まさか, 本当に体調が悪いのか? 」
彼は少しだけ, 心配そうな顔をした.
「ええ, 少し」
私は淡々と答えた.
それ以上, 何も言う気にはなれなかった.
勇夫は訝しげに眉を寄せたが, それ以上は追求しなかった.
彼はリビングテーブルに, 紙袋を置いた.
「これ, 今日優と百貨店に行ったんだが, お前が好きそうなものがあったから買ってきた」
勇夫は, まるで恩着せがましく言った.
いつもそうだ.
何か不都合なことがあると, 彼はこうして物を贈ることで, すべてを解決しようとする.
以前なら, これで私も機嫌を直したものだった.
だが, もう違う.
私は黙って紙袋を受け取った.
今日, 何も食べていなかったことを思い出した.
胃が締め付けられるように痛む.
紙袋の中身を見ると, また吐き気が込み上げてきた.
中には, 色とりどりのマカロンと, シャンパンが入っていた.
そして, その中に紛れて, 事務所の創立記念パーティーの飾りとして使われるはずだった, あの金色のリボンが数本.
勇夫は, 私の誕生日と, 優の歓迎会の準備を, 同じ店で済ませていたのだ.
しかも, 私へのプレゼントと, 優へのプレゼントを同じ袋に入れていたのだろう.
どれだけ, 私を軽んじているのだろうか.
私は無言で, 紙袋をそのままゴミ箱に捨てた.
勇夫は気づいていない.
彼はすでにタブレットを手に, 優とビデオ通話をしている.
画面越しに, 優の甘えた声が聞こえてくる.
「勇夫さん, 早く帰ってきてくれないと, 寂しくて眠れないわ」
この家には, 私の居場所はもうない.
リビングは, 勇夫と優の空間になっていた.
私は自分の部屋に戻り, ラップトップを開いた.
その時, 真実から電話がかかってきた.
「莉泉? 予定は組んでおいたわよ. 明日, 紹介するわ」
真実は, 私の声が沈んでいることに気づいたのだろう.
「勇夫とは... もう終わりにするわ」
私がそう言うと, 真実は驚いたようだったが, すぐに表情を引き締めた.
「あの男, やっぱり碌なもんじゃないわ」
真実は, 勇夫の過去の女性関係に詳しかった.
「彼はね, 君と出会う前も, ずっとそういう関係だったのよ. 君は特別だって信じてたでしょう? 」
真実の言葉に, 私は胸がきゅっと締め付けられるのを感じた.
私は勇夫の過去を知っていながら, 彼だけは違うと信じていた.
私が特別だと.
私が, 彼の最後の女性だと.
だが, 私は結局, 彼にとっての一時の慰みでしかなかった.
いつの間にか, 彼にとっての私は, 彼の背後にあるべき存在だった.
私は, 彼の隣に並び立つ存在ではない.
「ええ, もういいの」
私の声は, ひどく穏やかだった.
本当に, もうどうでもよくなっていた.
肩の荷が下りたような, 不思議な安堵感があった.
「でも, 子供のことは... 」
真実の言葉に, 私は胸を突き刺されるような痛みを感じた.
だが, その痛みさえも, 過去の出来事のようだ.
「あれはもう, 過去のことよ」
私は無理に明るい声を出した.
これ以上, 悲しみに浸っている時間はない.
「ところで, 菊池樹以ってどんな人? 私のこと, 知ってるのかしら. あの件も」
私は, 自分の過去が, 真新しい出会いを汚すことを恐れた.
真実はすぐに, 私の不安を察した.
「大丈夫よ. 彼, あなたのデザインにずっと注目していたらしいわ. あの件も, 気にしないって」
真実は, 菊池樹以という男が, 私の才能を高く評価していること, そして私の過去を受け入れる心の広さを持っていることを, 熱弁した.
「そう... 」
私は苦笑した.
「幸せになれるかしらね. こんな私でも」
その時, リビングから勇夫の声が聞こえた.
「莉泉, 誰と話してるんだ? 」
勇夫の声は, 不機嫌さを露わにしていた.
彼は, 私の部屋のドアの前に立っていた.
私は, 電話を切り, 彼をまっすぐ見つめた.
もう, 何も隠す必要はない.
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