明日の結婚式で渡す手作りのプレゼントを抱き、私は婚約者のホテルの部屋を訪れた。 しかし、少し開いたドアの隙間から聞こえてきたのは、彼と私の異母姉の生々しい声だった。 二人は私の愛を嘲笑い、会社の株と植物状態の母の財産をすべて奪い取る算段を立てていた。 それどころか、結婚式が終わったら私を事故に見せかけて殺すという、恐ろしい計画まで口にしていた。 全身の血の気が引き、激しい吐き気と絶望が私を襲う。 だが、私は泣き叫ぶ代わりに、震える手でスマートフォンを取り出し、その醜悪な会話をすべて録音した。 純白のウェディングドレスは、もはや花嫁衣裳ではなく戦いのための鎧だ。 翌日の結婚式。 「汝、この者を妻とし、愛することを誓いますか?」 「いいえ、誓いません」 私は神父の前で偽りの愛をきっぱりと拒絶し、参列者全員の前で昨夜の音声を大音量で再生した。 そして、すべてをぶち壊して雨の街へ飛び出した私を拾い上げた、狩野家最大の権力者である彼の冷徹な叔父に告げた。 「私と、結婚しませんか」
小田切桜歌音は、小さなギフトボックスを手に、スイートルームのドアの前に立った。ドアの隙間から、中で狂ったように絡み合っている二人の姿を見て、彼女の顔色は真っ青になった。
婚約者の狩野翔太が、異母の妹である高林凛凛をソファに押し倒しているところだ、貪るように唇を重ねているところを。凛々のドレスは肩からずり落ち、二人の肢体は淫らに絡み合っていた。
中からは、凛々の聞き慣れた甘ったるい嬌声が漏れ聞こえる。
心臓が嫌な音を立てて跳ねた。桜歌音は息を殺し、そっとドアに耳を寄せる。指先から、急速に血の気が引いていくのがわかった。
「翔太さん、明日は桜歌音と結婚式なのに、どうして今さら私のもとへ?私がもっと悲しむと思わないの?」
凛々の大げさなほど媚びた声に、翔太が優しく応じる。
「凛々、わかっているだろう。俺があの女と結婚するのは、清安コーポレーションの株を手に入れるためだけだ。式さえ挙げれば、あいつの持つすべてが、俺たちのものになる」
「そう、明日にはあの子のすべてが、私たちのものになるのね」凛々の声が、勝ち誇ったように響いた。
「お母様の容態も安定しているみたいだし、早く遺産を確定させたいわ」
「結婚したらすぐに、植物状態の母親の成年後見人をお前から俺に変更させる手続きを進めるさ」
彼らは、彼女の母親の命さえも、単なる道具としてしか扱わなかったのだ。そう思うと、小田切桜歌は全身の力が抜けてしまった。胃がひどく痛み、吐き気が込み上げてきた。
だが、それはまだ始まりに過ぎなかった。凛々が、さらに甘く絡めるような口調で問う。
「それで……桜歌音本人は、どうするつもり?まさか、このまま生かしておくわけ?」
翔太の口調が、急に冷酷さを帯びた。
「簡単だ。新婚旅行と称して連れ出し、崖から突き落として事故死に見せかける。それが駄目なら、妊娠させて難産で大出血死という手もある。どうとでもなる」
ガツンと、鈍器で頭を殴られたような衝撃。桜歌音は手の中の箱を落としそうになり、慌てて口を両手で覆った。悲鳴が漏れ出るのを、必死で押し殺す。
結婚式の前夜、彼女が結婚するはずだった夫はまさか、異母妹と不倫をしているなんて。さらに、どうやって金を手に入れ、人を殺すかまで話し合っていたのです!
あのドアを力任せに蹴り開けて、あの二人を叱りつけてやりたい。でも、桜歌音の冷静な頭脳が私にこう告げている。「今はそんなことをしてはいけない。感情に流されてしまったら、これまでの努力がすべて無駄になってしまう。今必要なのは証拠だ。」
彼女は静かに、ハンドバッグからスマートフォンを取り出した。指が、怒りで微かに震えている。画面の赤い録音ボタンを、強く押した。
ちょうどその時、凛々のわざとらしい悲鳴が聞こえた。
「まあ……ひどい!彼女も結局は私の姉妹なんだから。さすがに残酷すぎない?」
「残酷なものか。あいつは小田切家で蝶よ花よと育てられ、お前をずっと“異母の妹”と見下してきたじゃないか。その恨み、俺が晴らしてやるんだ。お前のためなら、俺はなんだってする」
「翔太さん……ありがとう。私のために、そこまで思っていてくれたのね」
凛々の感動に震える声の直後、生々しい唇が触れ合う音が聞こえた。桜歌音は、胃の中のものが逆流してくるのを感じた。怒りと絶望で、体が震える。
「本当に愚かすぎる。お姉様は、私が翔太さんを愛していることをずっと知っていたのに、そのことに全く気づかなかった。」
お姉様。凛々がその言葉を口にする時、その言葉にはいつも棘のような響きがあった。今、その意味がはっきりと分かった。
「あなたと早く、本当の夫婦になりたい」
凛々の媚びる声が、鼓膜を不快に震わせる。もう十分だ。桜歌音は録音を停止し、データを即座にクラウドへバックアップした。これで、決定的な証拠は手に入れた。
彼女は手の中のギフトボックスを、強く握りしめた。指の関節が白くなる。復讐を決意した彼女の目に、もはや涙はなかった。冷たい炎が、静かに燃え盛っている。
音を立てずにその場から後ずさり、廊下の角に身を隠す。数分後、満足げな顔をした凛々が部屋から出てきて、桜歌音とは反対の方向へと去っていった。その背中を、桜歌音は氷のような目で見送った。
壁に寄りかかり、ようやく震える息を吐き出す。心臓がまだ激しく鼓動している。
ふと、彼女は手元の箱を見つめた。そうだ、自分はなぜここへ来たのか。
「喜んでくれるといいな」
小田切桜歌音は、この小さなギフトボックスを胸に抱きしめて、ホテルを訪れたのだった。中には、明日の結婚式で婚約者の狩野翔太に贈る手刺繍のカフスボタンが入っている。彼のイニシャルを、一針一針、心を込めて縫い上げたのだ。スイートルームのドアの前に立ち、桜歌音は小さく深呼吸をした。サプライズで彼を驚かせよう。そんな可愛らしい計画に、胸がときめいていた。
だが、その期待は無残に打ち砕かれた。
彼女は近くにあったゴミ箱へと歩み寄ると、手の中の箱を叩きつけるように投げ捨てた。カランと乾いた音がして、手作りのカフスボタンは闇の中に消えた。桜歌音の純粋な愛情も、それと一緒に捨て去った。
ホテルを飛び出し、冷たい夜風が頬を打つ。明日のために用意されたウェディングドレスの純白が、今は自分を嘲笑っているように思えた。雨が降り始めていた。当てもなく濡れた道を歩いていると、前方の交差点で空気を引き裂くような急ブレーキの音が響いた。続いて激しい衝突音。見ると、黒塗りのマイバッハがトラックと衝突し、白い煙を上げていた。一瞬、足がすくむ。しかし、歪んだ車体を見た瞬間、桜歌音は自分の絶望を忘れて駆け出していた。人命がかかっている。その一心で、雨の交差点へと向かった
元婚約者への復讐:冷徹な叔父様の最愛の妻になる
中原愛
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