私は3年間、婚約者の辻井翔大のために無給の専属プログラマー兼家政婦として尽くしてきた。 深夜、彼のために作った酔い覚ましのスープを持って寝室の扉を開けると、彼が亡き兄の未亡人である義姉とベッドで重なり合っているのを目撃した。 翔大は悪びれるどころか、私をただの便利な道具だと吐き捨てた。 「静恵は妊娠初期なんだぞ!驚いて流産でもしたらどう責任を取るつもりだ!」 義姉は哀れな被害者を演じて泣き崩れ、騒ぎを聞きつけた姑までが、跡取りを産めない私を役立たずと罵った。 彼らは私を一文無しで雨の夜に追い出し、家族カードを止めれば、すぐに泣きついて戻ってくると嘲笑した。 怒りよりも、滑稽なまでの清々しさが私の胸を満たした。彼らは知らないのだ。私が開発した数百億円規模のAI特許がすべて私の個人名義であり、さらに3年前の婚姻届が最初から提出すらされていなかったことを。 私は冷たい豪雨の中、かつて私に求婚した世界最高峰の投資機関のトップに電話をかけた。 「松沢さん。3年前にあなたが口にしたあの提案、今でも有効かしら?」
「翔大さん……だめ、結紗さんに聞こえちゃう……っ」
「気にすんな。あの子供も産めない石女(うまずめ)は、今頃キッチンでお前のためにスープでも作ってるさ」
深夜の廊下。黒川結紗は両手に温かいスープを持ったまま、主寝室から漏れる甘ったるい嬌声に氷のように立ち尽くした。
「でも……夫が亡くなってからのこの二ヶ月、結紗さんは妊娠した私を本当の姉のように世話してくれたわ。私、罪悪感が……」
「あいつが子供を産めないのが悪い。俺の跡取りを妊娠したお前を、あいつが奴隷のように世話するのは当然だ。あいつはただの便利なプログラマー兼家政婦。俺が愛しているのはお前だけだ、静恵」
「子供なんていらない、結紗さえいればいい」――かつて自分を宝物のように寵愛した婚約者は、今や亡き兄の妻を抱きながら結紗を鼻で笑っていた。
亡き義兄の遺児だと信じ、仕事の合間を縫って尽くしてきた二ヶ月間の思いやりと、翔大に注いできた三年間の愛情が、すべて泥水で踏みにじられた。
怒りと絶望で血の気が引く。結紗は躊躇うことなく、右足で扉を蹴り開けた。
――バァン!
重い衝撃音が寝室の静寂を引き裂き、ベッドで重なり合っていた二つの影が悲鳴を上げて跳ね起きる。
「結紗……?! ち、違うの、誤解よ……!」
義姉の伊達静恵は瞬時に涙をため、哀れな被害者を演じ始めた。翔大は慌ててガウンを羽織り、ばつの悪さを隠すように怒鳴った。
「ノックもせずに入ってくるとは何事だ!」
結紗は冷徹な視線で二人を見下ろすと、手元のトレイを無造作に傾けた。
ガシャァン!
熱いスープが絨毯に砕け散り、翔大の素足に飛び散る。
「熱っ……! 貴様、狂ったか! 静恵は妊娠初期なんだぞ! 驚いて流産でもしたらどう責任を取る!」
結紗は底冷えのする笑みを浮かべた。
「流産? ずっとお義兄さんの遺児だと思って世話してきたのに、まさか辻井家の新しい跡取りが、弟が亡き兄の妻のベッドに這い上がって作った子だったなんてね。しかも……あなたたち、お義兄さんが亡くなる前からすでに肉体関係を持っていたんでしょう?」
図星を突かれ、二人の顔がさっと青ざめる。静恵は慌てて平坦な下腹部を覆い、翔大の胸へ倒れ込んだ。
「翔大さん……辻井家の血を遺すために、こんな汚い言葉を浴びせられるなんて……」
騒ぎを聞きつけ、姑の辻井麗子が足早に飛び込んできた。彼女は状況を見るや否や、結紗の頬を思い切り平手打ちした。
――パァン!
「夜中に何を喚いているのです! 跡取りも産めない石女の分際で。静恵さんが辻井家のために身を捧げていることに感謝しなさい! 翔大が追い出さないだけでも、地に這いつくばって恩に着るべきでしょう!」
結紗は赤く腫れた頬から手を離し、氷のような眼差しで夫を射抜いた。
「感謝? 翔大、私がなぜ妊娠しにくい体になったのか忘れたの? 三年前、あなたを庇って事故に遭い子宮を傷つけたからよ! あの時あなたは『子供なんていらない』と泣きつき、私に九回もプロポーズした。自らパイプカットの手術同意書まで持ち出して結婚を懇願した男が、よく言うわね。その同意書、今でも私の金庫にあるわよ!」
翔大は気まずさに顔を歪めたが、すぐに逆ギレした。
「兄貴が死んだ以上、血を絶やすわけにはいかない! 静恵が産んだ子をお前に育てさせてやる。『ママ』と呼ばせれば、家族四人で何の不満がある!」
「クズ男と泥棒猫の子供の世話なんて反吐が出るわ」結紗は冷酷に吐き捨てた。「お義兄さんも草葉の陰でさぞかし喜んでいるでしょうね」
「俺が歩み寄ってやってるのに!」
翔大が怒鳴ると、麗子が結紗の肩を激しく突き飛ばした。
「身の程知らずもいい加減にしなさい! 今すぐ出ていき、外の冷たい風に当たって反省してから戻ってきなさい!」
結紗の中で、三年間かろうじて繋がっていた糸が完全に断ち切られた。
「おい、どこへ行く!」
自室へ向かう結紗の腕を翔大が掴むが、結紗は汚物でも払うように鋭く振りほどいた。
「触らないで。他の女を抱いた手で触れられるだけで吐き気がする」
結紗は無言でスーツケースを引き出し、わずか三分で私服と重要書類だけを詰め込んだ。
「一文無しの女が、こんな夜更けにどこへ行くの?」服を整えた静恵がわざとらしく胸を押さえる。
結紗は彼女の耳元で冷たく囁いた。
「その安っぽい三文芝居はやめなさい。あなたのお腹の子の父親が誰であれ、私にはもう何の価値もないゴミよ」
結紗がエントランスに向かうと、二階から翔大が勝ち誇ったように見下ろしてきた。
「玄関を出た瞬間、家族カードは利用停止だ! 三日も経たずに、雨に濡れた犬のように泣きついてくる姿が目に浮かぶよ!」
結紗は足を止め、バッグから漆黒のクレジットカードを取り出すと、何の未練もなく床へ投げ捨てた。
「腐った男は、泥水に浸かったジャンクフードと同じ。二度と拾う価値もないわ」
結紗は辻井家の重い扉を押し開けた。
――ザァァァッ!
外は雷鳴が轟く豪雨だった。
結紗は傘も差さず、濁流のような雨の中へ足を踏み入れた。氷のような雨粒が肌を刺すが、その背筋は一本の針のようにまっすぐに伸びている。
二階の窓際から、翔大たちが冷笑しながら見下ろしていた。
「馬鹿な女だ。社会の厳しさを味わえば、すぐに這いつくばって奴隷のように戻ってくるさ」
しかし、雨に打たれる結紗の瞳は、三年ぶりに泥沼から抜け出したことでかつてないほど澄み切っていた。
コートの内ポケットからスマートフォンを取り出す。
画面には翌日のスケジュール:『午前10時 婚姻届提出期限』
結紗は冷笑を浮かべ、オンライン戸籍システムにアクセスした。ステータスは――『未婚』。
三年前、翔大が「提出しておいた」と嘘をついた婚姻届は、最初から出されてすらいなかったのだ。
結紗は迷いなく、アドレス帳の奥底に眠らせていた暗号化番号を呼び出した。
裏切られた天才令嬢、冷徹な財閥総裁に溺愛される
ふわ森りんご
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