殺すはずだったあなたに、また恋をした

殺すはずだったあなたに、また恋をした

ぬいぐるみのん

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任務を帯びて物語世界に転生した私の目的は、ただ一つ――あの男を殺すことだった。 「……お前のことが、好きだ。」 夜空を埋め尽くすように花火が咲き乱れ、私は膝をついて告白する彼を見下ろした。袖に隠した短刀が、思わず震え、引っ込む。 「俺と夫婦になってくれ。これから先、一生を共に歩もう。」 「……うん。」 脳内では警告音が何度も鳴り響いていた。それでも私は、迷いなく頷いた。 だが――現実は、あまりにも残酷だった。 「三年経っても子ができぬとは、正室としての責を果たしていない。そろそろ身を引くべきではないか?」 「……わかったわ。」 その返事は、彼の求婚を受け入れたときと同じ、淡く静かなものだった。 その夜、屋敷は業火に包まれ、私の住まいは灰と化した。私はようやく、この苦しみから解き放たれたのだ。 ……と思ったのに、次に目を開けたとき、私はあの日、彼が跪いていた瞬間へと戻っていた。 だが今回は、彼が涙を浮かべて言った。「……行かないでくれ、お願いだ。」

第1章さよなら、顧景之

私がこの物語の世界にやって来たのは、ただ一つ。北燕侯・顧景之を暗殺するという任務を遂行するためだった。

「泠、愛している」

空一面に咲き誇る花火が、まるで私を祝福しているかのようだった。眼下では、顧景之が片膝をついて私を見上げている。その真摯な眼差しに、私は袖に隠した刃を握る力を、思わず緩めてしまった。

「妻として、私に嫁いでくれないか。生涯、ただ君だけを愛すると誓う」

「はい」

脳内でシステムが警告をけたたましく鳴らし続けていたが、私は構わず、その手を取った。

だが、現実は私の頬を容赦なく打ちのめした。

「蘇泠、侯爵夫人でありながら三年も子をなさぬとは。潔くその座を退き、賢明な者に譲るべきだ」

「……はい」

かつて彼からの求婚を受け入れた時と同じように、私は力なく頷いた。

その夜、燃え盛る炎が私の住む屋敷を焼き尽くし、私をこの苦海から解き放ってくれた。

再び目を開けると、私はあの日――彼が私に求婚した、あの日に戻っていた。

だが今度は、彼が泣きながら懇願していた。「泠、行かないでくれ」

私は震える手で桶を持ち上げ、井戸へと縄を投げ入れると、力いっぱい引き上げた。

侍女も下男もいない暮らし。全てを自分の手でこなさなければならない生活には、とうに慣れてしまった。

ろくな食事もとれない日々が続き、私の手は枯れ木のように痩せ細っている。

感情のこもらぬ手つきで、水の入った桶を地面にどすりと置いた。

水を汲むという単純な作業も、毎日繰り返さなければ、飲む水も体を清める水もないのだ。

「宿主、後悔していますか?」

システムの無機質な声が、脳内に響く。

私は力なく笑みを浮かべるだけで、何も答えなかった。

後悔しているか? もちろん、後悔している。 だが、この世に後悔をなかったことにする薬など、どこにも売ってはいない。

「蘇泠!蘇家はもはや没落した。今のそなたなど、ただの野良犬ではないか!」

北燕侯・顧景之は、彼の愛人を伴って私の前に現れ、そう言い放った。

かつて、盛大な輿入れで正式な妻として迎えられたはずの私は、今や一人の愛人に踏みつけられている。

彼と祝言をあげてから、わずか数年。父も母も、父方と母方の一族も、皆ことごとく没落してしまった。

もはやこの盛京城で、私のことなど覚えている者もいないだろう。

かつての輝きも、この窮屈な暮らしの中で削ぎ落とされ、牙を抜かれてしまった。

「侯爵夫人として三年も子をなさなかったのだ。当然、その座を譲るべきだ」

彼は隣に立つ女の腹を優しく撫でながら言った。私に対する苛立ちとは対照的なその光景は、目を焼くほど痛々しかった。

「……はい」

粗末な麻の衣をまとい、私は水桶のそばに立ち尽くす。

もはや抗う気力もなかった。とうの昔に、自分の運命を受け入れていたのかもしれない。

この三年間、初めのうちは優しかった彼も、時が経つにつれて苛立ちを隠さなくなり、屋敷に帰らない夜が増えていった。彼の冷淡な態度は使用人たちにも伝わり、私は日に日に軽んじられるようになった。

盛京城ではとうの昔から噂が流れていた。北燕侯が外で愛人を囲っている、と。

私もずっと知っていた。だが、まさかその女を私の目の前に連れてきて、出て行けと迫るとは思わなかった。

最初に私を求めてきたのは、彼のほうだったのに。

灯篭祭りの夜、夜空を彩る花火と、大勢の民衆が見守る中で交わした誓いを、どうしてこうも簡単に忘れられるのだろう。

いや、もしかしたら――あの約束を心に刻んでいたのは、私だけだったのかもしれない。

その夜、私は屋敷にいた侍女と下男に暇を出し、燭台の火を手に取ると、屋敷中に火を放った。

燃え盛る炎の中で、使用人たちの叫び声が遠くに聞こえる。薄れゆく意識の中、最後に見たのは、慌てて駆けつけ、愕然と立ち尽くす顧景之の姿だった。

ようやく、解放されたのだ。

この世界での私の任務は、どうやら失敗に終わったようだ。

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