炎に消えた家族、残されたのは叔父の腕だけ

炎に消えた家族、残されたのは叔父の腕だけ

葉山哲也

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誕生日の物を選び将来を占う儀式の日。 屋敷には金銀財宝がずらりと並べられていた。 けれども幼い娘は黄金や宝石を通り過ぎ、ただひとり、父親の親友である叔父の手をぎゅっと掴んだ。 人々は笑いながら口々に囃し立てた――これでこの小叔は一生、彼女の面倒を見なければならなくなったのだと。 その後、一族の邸宅を炎が呑み込み、一家は火の海に消えた。 残されたのは長兄と幼い妹のふたりだけ。 一族の親戚たちは財産を狙い、今にも二人を食い尽くさんばかりの勢いだった。 叔父は片手で兄を国外へと送り出し、もう片方の手で妹を傍に引き取り、自ら育て上げた。 その日から。 彼女の世界には、叔父ただひとりしかいなくなった。

第1章選び取りの儀式

名家である夏家が、愛娘・夏語棠の一歳の誕生祝いに行った「選び取りの儀式」でのこと。

無数の金銀財宝が並べられる中、

彼女は黄金や宝玉には目もくれず、父の年の離れた友人である江逾白の手を掴んだ。

周囲の大人たちは「それなら、この叔父さんが一生面倒を見てやらないとな」と笑って囃し立てたものだ。

後に、夏家はすべてを焼き尽くす大火に見舞われ、一家は炎に呑まれた。

ただ、長男の夏知曜と幼い娘の語棠だけが残された。

一族の者たちは、二人の子供を食い物にしてやろうと、虎視眈々と狙っていた。

そんな中、江逾白は夏知曜を修行のために海外へ送り出し、語棠は自身の手元に引き取って養育した。

あの日から。

夏語棠の世界には、江逾白という「叔父さん」ただ一人だけが存在するようになった。

1.

都大路のプラタナスの葉が、秋風に舞い上げられる。

夏語棠はスマートフォンの画面に映る兄、夏知曜の顔を見つめながら、胸の奥からこみ上げる切なさを感じていた。

ビデオ通話の向こうの兄は、オーダーメイドの高級スーツを身に着けている。その瞳に浮かぶ憂いは、十年前、空港で目を赤くして旅立っていった時のものと寸分違わなかった。

「語棠、来月のフライトはアシスタントに手配させた」

「君が気に入っていたあの別荘も、リノベーションさせてある。以前、君が話していたフレンチスタイルにしたから、きっと気に入るはずだ」

夏語棠は無理に笑おうと口角を引きつらせたが、うまくいかない。

「お兄ちゃん、そんなに気を遣わなくていいのに」

「何を水臭いことを言うんだ」夏知曜は眉をひそめた。「この数年、君が国内でどれだけ辛い思いをしてきたか。もう十分だろう。 夏家の事業も、今や欧米で完全に軌道に乗った。君が芸術系の大学に行きたいと言っても、世界一周旅行がしたいと言っても、兄さんがすべて叶えてやる」

彼は少し間を置いてから、口調を和らげた。「子供の頃、フランスで音楽会を聴きたいって、よく言っていただろう?覚えているか?」

もちろん覚えている。

まだ八歳だった彼女は、江逾白の膝に乗り、ヨーロッパの音楽祭のドキュメンタリーを見ていた。そして画面を指さし、いつか必ず生で聴きたいと言ったのだ。

江逾白はそれを聞くと、彼女の髪を優しく撫で、穏やかな声で言った。「語棠が大きくなったら、叔父さんが連れて行ってあげよう」

周りの人々は皆、江逾白が彼女を天にも昇るほど可愛がっていると言った。

星をねだれば、月さえもついでに摘んで与えるだろう、と。

過去が蘇り、

心臓を何かに鷲掴みにされたような痛みが走る。

夏語棠は、涙がこぼれて兄に心配をかけまいと、慌てて俯いた。

「覚えてる」 声がくぐもった。

画面の向こうの夏知曜が、数秒間黙り込み、言葉を選んでいるのがわかった。

「語棠」彼はついに意を決したように切り出した。その声には、慎重な探りを入れるような響きがあった。「君と、叔父さんのことだが……。 君がこの数年、辛い思いをしていたのは知っている」

夏語棠は反射的に拳を握りしめた。爪が手のひらに食い込み、無数の痛みが走る。

兄がどれほどやるせなく、心を痛めているか、想像に難くない。

あの日の大火は、夏家の屋敷だけでなく、彼女の憂いのないはずだった子供時代をも焼き尽くした。

全身傷だらけの彼女を抱いて火の海から救い出してくれたのも、一族の圧力に屈せず兄と彼女の相続権を守り抜いてくれたのも、そして、手ずから書物や文字を教えてくれたのも、すべて江逾白だった。

だが、その感謝の念は、いつからか密かに変質していた。

十五歳で熱を出したあの夜、徹夜で看病してくれた彼の温かい手首に、偶然触れてしまった時だろうか。

それとも、十八歳の誕生日に贈られたチェロを手に、彼が「語棠の音色は、いつか世界中に届く」と言ってくれた時だろうか。

もう、忘れてしまった。

恋心がいつ芽生えたのかは分からない。ただ、気づいた時には、どうしようもなく深く惹かれていた。

「お兄ちゃん」夏語棠は深く息を吸い、平静を装って言った。「言いたいことは分かってる」

「叔父さんが俺たち兄妹にしてくれた御恩は、一生忘れない」 夏知曜の声が重くなる。「だが、感情は別だ。恩返しのために無理をする必要はない。 彼は君を姪として、保護すべき子供として見ている。君は……」

「無理なんかじゃない!」 夏語棠は狼狽し、思わず声を荒げた。だが、すぐに自分の失態に気づき、慌てて声を潜める。「……分かってる、お兄ちゃん」

「ここを出ていくことは、私から直接、叔父さんに話す」

窓の外で舞い落ちるプラタナスの葉を眺めていると、不意に目の奥が熱くなった。彼女は鼻をすすり、スマートフォンの画面に向かって笑顔を作る。「お兄ちゃん、約束する。来月、必ずそっちへ行く。 その時は……ニューヨークで一番美味しいステーキ、ご馳走してくれなきゃ嫌だからね」

「ああ、もちろんだ」夏知曜もようやく笑みを返した。「君が食べたいだけ、いくらでも注文してやる」

ビデオ通話を終えると、部屋は静寂に包まれた。

夏語棠はゆっくりとうずくまり、膝の間に顔を埋めた。こらえていた涙が、堰を切ったように溢れ出す。

兄が自分のために言ってくれていることも、江逾白への想いが、恩義を愛情と錯覚しているだけかもしれないことも分かっている。それでも、恋心は蔓草のように狂おしく育ち続け、

気づけば彼女を窒息させようとしていた。

彼女はそっと自分の唇に触れる。つい昨夜、彼女はまるで他人の幸福を盗み出す泥棒のように、

禁断のときめきを味わってしまったばかりだった。

一ヶ月後にここを去ること。それが本当に最善の選択なのだろうか。

夏語棠には分からなかった。

ただ、叔父さんのそばから離れることを想像するだけで、心臓の一部をえぐり取られたかのように、激しく痛むことだけは確かだった。

階下で玄関のドアが開く音がした。夏語棠は慌てて涙を拭い、傍らに用意してあったコーヒーを手に取ると、階段を駆け下りた。

そして、その光景を目にした瞬間、夏語棠は雷に打たれたかのように、その場に凍りついた。

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