彼のルナになって5年、私はまだ処女だった。 だが、嫁いで3年も子を授からなかった姉が部族に追い返された後、彼は突然「狼の子を作ろう」と言い出した。 私の狼はずっと彼の冷淡さを感じ取っていた。考えを重ねた末、彼と腹を割って話そうとした矢先、彼とベータの会話を聞いてしまった。 「彼女は俺を救うために体を傷めて、もう子を産めない。あの部族でルナの座を守るには後継ぎが必要だ。彼女をこれ以上苦しませるわけにはいかない」 「もう一人の女の子宮の方が、アルファの血を継がせるのにふさわしい」 「彼女の代わりに狼の子を産ませたら、一生かけて補償する。俺の後継ぎを産ませ、真のルナにしてやる」 ――私は、ただの「子宮」としか見られていなかった。 その瞬間、胸が引き裂かれるように痛んだ。 ならば、望み通りにしてやろう。 私は養父母のもとへ戻り、彼との縁を断ち切った。 けれど、どうして……。かつて私を愛さなかったその人が、狂ったように私の帰りを乞い続けるのだろう。
彼のルナになって五年、私はまだ処女だった。
嫁いで三年経っても子を成さなかった姉が実家へ帰された後、彼は唐突に「子狼が欲しい」と言い出した。
私の中の狼は、ずっと彼の冷淡さを感じ取っていた。思い悩んだ末、彼と深く話し合おうと決意した矢先、彼がベータと話しているのを耳にしてしまう。
「詩涵は私を庇って体を傷つけ、子狼を産めなくなった。あの部族でルナとして確固たる地位を築くには跡継ぎが不可欠だ。彼女を苦しませるわけにはいかない」
「宋婉儀の子宮は、アルファの血統を継がせるのに都合がいい」
「彼女が詩涵の代わりに子狼を産んだら、一生かけて償おう。私の跡継ぎを産ませ、本当のルナにする」
結局のところ、私は彼の言う『子宮』でしかなかったのだ。
その瞬間、胸が内側から引き裂かれるような痛みに襲われた。
ならば、望み通りにしてあげよう。
私は養父母の元へ帰り、司寒川との一切の関係を断ち切った。
それなのに――初めから私を愛していなかったはずの男が、なぜ今になって狂ったように私の帰りを乞うのだろうか。
……
1
宋婉儀視点
彼のルナになって五年、私はまだ処女だ。伴侶である司寒川が、一度も私をマーキングしたことがないからである。
月神祭の祝宴で部族中が浮かれる中、彼はひときわ上機嫌だった。私はそっと彼のそばに寄り、囁きかける。
「寒川、今夜、私をあなたの本当のルナにしてくれない?」
彼が応じなかったので、私は勇気を振り絞ってその腕に絡みつき、甘い息を吐きかけながら唇を寄せた。「マーキングして。今夜、私はあなたのものよ」
すると彼は、私を乱暴に突き飛ばした。その眼差しは氷のように冷たい。
「部族全員が見ている前で、そんな口を利くのか」
「そんなに欲求不満なら、他の雄狼でも探して満たしてもらえ」
血の気が引いていくのがわかった。
私の中にいる狼が、彼の言葉に深く傷つけられ、怒りの咆哮をあげた。
狼人間の五感は極めて鋭い。彼の声は少しも抑えられておらず、周囲の狼たちが向ける嘲笑の視線が肌に突き刺さるのを感じた。
私はその場で凍り付いた。すると彼は、眉をひそめて言葉を続ける。「明日の朝、私と専門のクリニックへ行くぞ。そろそろ子狼を作る頃合いだ。お前が余計なことを考えないようにするためにもな」
私は深呼吸をして雑念を振り払い、心の中の狼に語りかけた。(彼が子狼を欲しがっている。明日はきっと健康診断に行くのね。これは、彼が私たちを受け入れ始めている証拠よ。ただ、もう少し時間が必要なだけ)
私の中の狼は、次第に落ち着きを取り戻していった。
誰もいなくなった広場を見つめ、私は一人寂しく微笑む。
私は部族間戦争の最中に生まれた。実の祖父が戦場の首席治癒師だったため、敵の報復に遭い、敵対部族の者に連れ去られ捨てられたのだ。そうして十年もの間、家族と離れ離れになっていた。
司寒川は南の境界にある中規模部族――月岩部族のアルファだ。 彼は戦で銀製の武器と銀の毒によって重傷を負ったが、祖父に命を救われた。その恩返しとして、司寒川は祖父の孫娘を娶ると約束したのである。
本来、彼に嫁ぐはずだったのは、私の両親の養女であり、姉の宋詩涵だった。
しかし私が見つかったことで、婚約者は私に変更された。
両親は長年育てた宋詩涵を手放すのが忍びなく、私たち二人を実の娘だと公表したのだ。
最初は彼のルナになるつもりなどなかった。けれど、司寒川の様々な行動に心を動かされ、命まで救われるうちに、私は彼の優しさに溺れていった。
でも、私の子狼が、愛情のない環境で生まれるべきではない。
私は俯いて決心した。何としても司寒川と一度話し合わなければ。子狼のことは、あと二年待ってもいいはずだ。
最後の望みを胸に、私は書斎のドアの前に立った。
だが、ドアに手をかけようとしたその時、中から彼の怒声が聞こえてきた。
「詩涵は私を庇ったせいで体を壊し、もう子供は産めないんだ! 月影部族でルナの地位を固めるには跡継ぎが要る。彼女が苦しむのを黙って見ていられるか!」
「どうするつもりだ?」 もう一つの声は、彼の副官のものだった。
短い沈黙の後、再び司寒川の声が響く。
「宋婉儀の子宮は、アルファの血統を継がせるのに都合がいい」
「彼女と番になった以上、一生面倒は見る。詩涵の代わりに子狼を産ませ、詩涵への恩を返したら……その時は、彼女を本当のルナにして、部族の跡継ぎを産ませてやる」
(なんてことを……!)私の中の狼が狂ったように叫んでいた。
視界が滲み、涙が止めどなく頬を伝った。
銀の刃で心臓を貫かれ、抉られた傷が塞がらない痛みとは、きっとこういうものだろう。
私はよろめきながら自室に戻ると、スマートフォンを手に取り、慣れ親しんだ番号を押した。
「あなた、ちょうど電話しようと思っていたのよ!」電話の向こうから、養母の優しく気遣うような声が聞こえた。「五日後は、お父様が部族を率いて二十周年の記念日なの。色々な勢力の方を招いて祝宴を開くのだけど、あなたの番も一緒に来てくれるかしら?」
「あなたの本当のご両親も招待してちょうだい。最高の待遇でお迎えすることを約束するわ。もし、あちらが望まないのなら……それでも、あなただけでも帰ってきてほしい。とても会いたいわ」
私の養父母は北の地のアルファ王とルナ王妃だ。かつて部族の戦場で、森の中に捨てられた私が空腹で泣きじゃくっていたところを、二人が見つけて家に連れ帰ってくれたのだ。
彼らは私を実の娘同然に愛してくれた。
しかし、司寒川のために、私は五年前に一人で南の地に残ることを選んだ。
もう、その必要はない。
口を開いた途端、嗚咽が漏れた。「お母様、必ず、時間通りに帰ります」
私の泣き声を聞いて、養母の声が一気に切羽詰まったものに変わった。「どうしたの、あなた!あの番が、あなたに酷いことをしたの? 北の地へお帰りなさい!すぐに迎えを出すわ!三日もあれば着くから!」
「北の地の姫であるあなたを、誰も虐げていいはずがない!」
第1章偽りの伴侶
29/08/2025
第2章偽りの愛と跡継ぎ
29/08/2025
第3章霧雨の森
29/08/2025
第4章偽りの救出劇
29/08/2025
第5章冷たい命令
29/08/2025
第6章決別
29/08/2025
第7章
29/08/2025
第8章
29/08/2025
第9章
29/08/2025
第10章
29/08/2025
第11章
29/08/2025
第12章
29/08/2025
第13章
29/08/2025
第14章
29/08/2025
第15章
29/08/2025
第16章
29/08/2025