裏切りの指輪と、私のα

裏切りの指輪と、私のα

栗原 愛菜

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アルファの誕生日宴の夜、彼はひとりの女を連れて戻ってきた。 かつてのつがいであり、そして彼を徹底的に捨て去った女だった。 彼は世界すべてを私に差し出すように見せながら、同時にその女を狂ったように苦しめ、水牢にまで投げ込んだ。 けれど――結契の記念日、私は見てしまった。 部屋の中で、彼があの女を抱きしめ、印を刻んでいるところを。 「まさか、私の手でまた躓くなんて思わなかったでしょう? もしも“ルナ”に見つかったら、どうするの?」 「今こうしているのは、ただあんたを罰するためよ」 あの女は小さく笑い、振り返って、扉の外に立つ私を見た。 「自分のアルファが、私とベッドにいるのを見た気分はどう?」 声にはならなかったが、唇の動きがはっきりとそう告げていた。 さらに誇らしげに片手を持ち上げてみせる。 その指には、私と同じ婚約指輪が光っていた。 その瞬間、私の狼は再び苦痛に叫び声を上げ、 痛みは全身へと広がっていった。 「……おい、誰に話している?」

第1章偽りの契り

アルファであるデニスの誕生パーティで、彼は一人の女を連れて帰ってきた。

かつて彼を捨てた、元メイトの女を。

彼は世界のすべてを私に捧げる一方で、彼女を狂おしいほどに痛めつけ、ついには水牢へと放り込んだ。

けれど、契りの記念日である今日、私は見てしまった。

彼が部屋でヴァージニアを抱き、マーキングしているところを。

「まさかまた私の手の中に落ちるなんて思わなかったでしょ? あなたのルナに見つかったらどうするの?」

「これは罰だ。お前を罰しているにすぎない」

ヴァージニアは軽やかに笑うと、ドアの外に佇む私に視線を向けた。

「自分のアルファが私と寝てるのを見る気分はどう?」

声には出さず、唇の動きだけでそう告げてくる。

そして得意げに片手を持ち上げてみせた。

その手には、私と同じ結婚指輪が嵌められている。

その瞬間、私の中の狼が再び苦痛に呻いた。

耐え難い痛みが全身を駆け巡る。

「ヴァージニア、誰と話している?」

……

「愛しいアルファ、あなたが罰してくださっているのに、どうして私が他のことに気を取られたりするでしょう?」

ヴァージニアは笑ってデニスの首に腕を回した。

「すごく気持ちいいわ、アルファ。あなたの部屋中に、私の匂いを残してあげる」

一瞬動きを止めたデニスだったが、すぐに前にも増して激しく腰を突き上げ始めた。

「俺は罰を与えているんだぞ、何を考えている!」

「発情した雌犬みたいで反吐が出る!」

「俺のルナに謝れ!」

ヴァージニアは再び私に視線を送り、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「ええ、もちろん!ごめんなさいね、ルナ。あなたのアルファと寝るべきじゃなかったわ」

「でも、あなたのアルファは本当にすごいの。最高に気持ちいい!」

私は思わず二、三歩後ずさった。体の中で痛みが爆ぜ、その場に崩れ落ちる。

三年前、デニスと契りを交わして以来、私の中の狼は意思疎通を拒み、ただ苦しげに呻くだけになった。

そして私の身体もまた、四六時中、激しい痛みに苛まれ続けていた。

私が痛みに泣き崩れると、デニスはひどく心を痛めた。

数ヶ月後、彼は魔女に調合させたという薬を持ってきた。これを飲めば楽になる、と。

この三年間、私はその薬に頼ることで、かろうじて穏やかな生活を送れていた。

しかし、今日は私たちの契りの記念日。

彼を驚かせたくて、その準備に夢中になるあまり、薬を飲み忘れていたのだ。

まさか、こんな光景を目にすることになるなんて。

狼が呻き、身体が痛むのは、警告だったのだ。

私のアルファが、裏切っているのだと。

私は耐え難い痛みを引きずりながら、デニスから渡された薬を持って病院へ向かった。

目の前の医師は、憐れむような目で私を見つめている。

「これは……魂の繋がりを遮断する薬です」

「これを飲めば、あなたの中の狼はアルファの裏切りを感知できなくなる」

「身体の痛みも感じなくなるでしょう」

そういうことだったのか。

乾いた笑いがこみ上げた。

「つまり……私が毎日感じていた痛みは、私のアルファが毎日愛人と体を重ねていたから、ということですか?」

医師は眉をひそめ、重々しく口を開いた。

「……その通りです」

彼は一瞬ためらった後、さらに続けた。

「それに……あなたの中の狼は傷ついているわけではない」

「何者かによって……呪いをかけられているのです」

呪い。

デニスは、己の裏切りを隠すためだけに、私に呪いをかけたというのか!

私は椅子に座ったまま、虚空を見つめた。

(どうして、こんな仕打ちを……)

私はデニスにとって二人目のメイトだ。

彼がヴァージニアとの契りの儀式で捨てられたその場で、月の女神によって選ばれたのが私だった。

壇上で茫然と立ち尽くす彼に、私は歩み寄り、手を差し伸べた。

「月の女神が私を選んだのなら、私と番になってほしい」

後にデニスは言った。「君は俺の救いだ」と。

そして、心から私を愛していると囁いた。

結婚後、デニスの友人たちは決まって、あの逃げ出したメイトの話を私の前でした。

聞けば彼女は、結婚式の当日に別の強大な群れへ走り、そこのアルファと契りを交わしたらしい。

デニスには、こんな言葉を残して。

「群れで最も弱いアルファが、どうして私に相応しいと思うの?」

その言葉が、デニスを変えた。

私と契りを交わした瞬間、彼は「キング・オブ・ライカン」へと覚醒したのだ。

「君はいつも俺に幸運を運んでくれる、ジョアンナ」

誰もが、デニスは私に夢中だと言った。私自身もそう信じていた。

だが、その幸せは長くは続かなかった。

数ヶ月後のデニスの誕生パーティで、彼は一人のオメガを連れて帰ってきたのだ。

「奴らの群れを乗っ取った。俺への誕生日プレゼントだ!」

「こいつは契りの儀式で俺を捨てた女だ。そいつのアルファは、この手で殺してやった!」

「さあ、狂宴の始まりだ!」

その言葉を合図に、出席者たちが一斉に動き出す。

ヴァージニアの白いドレスは瞬く間に酒で汚され、服は引き裂かれていった。

だがその瞬間、デニスは彼女を腕の中に抱き寄せた。

「こいつは今日から俺の奴隷だ。水牢へぶち込んでおけ!」

デニスは私と体を重ねるたび、どれほどヴァージニアを憎んでいるかを語った。

けれど、彼の瞳の奥に、ヴァージニアへの未練と愛が揺らめいていることに、私は気づいていた。

彼はまだ、彼女を愛しているのだ。

それを認めようとはしなかったが。

それからというもの、彼は常軌を逸したやり方でヴァージニアをいたぶり続けた。

私たちが体を重ねている傍らで、跪いて私の足を舐めさせたり。

ならず者の狼たちに犯させながら、部屋の掃除をさせたり。

私が妊娠していた時には、ヴァージニアに手ずから私の衣服を洗わせたりもした。

ヴァージニアが抵抗するたびに、デニスはそれを口実に彼女を小部屋へ引きずり込み、激しく「罰」を与えた。

部屋からは、ヴァージニアの悲鳴が漏れ聞こえてきた。

だが少し前、二人が揉み合っているうちに、不意に私を階段から突き落としてしまった。

待ち望んでいた我が子が、私の中から消えてしまったのだ。

しかし、デニスは私を慰めるどころか、半裸に近いヴァージニアを引きずってまた小部屋へと消えた。

そして戻ってくると、ただ一言だけ言い放った。

「お前のために、罰は与えておいた」

私は彼の背中を見つめながら、静かに服の裾を握りしめた。

薬を飲んでいたせいで、身体の痛みはまったく感じなかった。

それでも、何かがおかしいという感覚は拭えなかった。

流産の後、もう一度子供が欲しいとデニスにせがんだが、彼はそのたびに私を拒んだ。

「君の身体はまだ不安定だ。妊娠は大きな負担になる」

けれど、本当は彼も子供を望んでいることを、私は知っていた。

彼の服から、ヴァージニアの写真を見つけてしまったからだ。

写真の裏には、こう書かれていた。――あなたとの子が欲しい。

——

かつての私は、デニスの行いはすべてヴァージニアへの復讐なのだと、自分に言い聞かせ続けてきた。

しかし今、残酷な真実を認めざるを得ない。

デニスは、今もヴァージニアを愛しているのだ。

そして、その裏切りを続けるために、私の中の狼に呪いをかけたのだ。

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