余命七日の夫が泣いてすがるとき

余命七日の夫が泣いてすがるとき

大塚 奈々

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余命があと7日となったとき、彼は相手に最後の願いを託した。どうしても埋め合わせたい後悔があるのだ、と。 「本当は、ずっと好きだったのはあの人なんだ」 「もうこれ以上、ごまかして生きたくない」 「離婚届にサインしてくれないか。そうすれば、きっとすべてがうまくいくから」 ──妻子を捨てたのは彼。そして最後に涙を流しながら復縁を願ったのも、また彼だった。

第1章裏切りの代償

蕭景珩の命が残り7日となった時、彼は秦灼にチャンスをくれと、心残りを晴らさせてほしいと懇願した。

「灼、俺がずっと愛していたのは語柔なんだ」

「今となっては、もう妥協したくない」

「離婚届にサインして、俺を解放してくれないか」

だが、妻を捨てたのは彼であり、最後に泣いて復縁を求めたのも、また彼だった。

……

雲栖別苑。高く振り上げられた鞭が空を切り、庭に跪く男の背を打つ。

血と雨水が混じり合い、彼の膝下を赤く染めて流れていく。

どれほどの時間が過ぎただろうか、鞭打つ音はようやく止んだ。

蕭景珩の体はぐらりと揺れ、血の気のない顔をゆっくりと上げた。

廊下の影の中に立つ人影を見つめる。

「灼、この百叩きで、君を8年間騙してきた償いとする」

「残された時間、俺と語柔の邪魔をしないでくれ」

言い終えると、彼はふらつく体で立ち上がり、門の外へと歩き出した。

その言葉に、秦灼は思わず拳を固く握りしめた。

7年間連れ添った夫が、こんな形で自分のもとを去っていくなど、想像したこともなかった。

「蕭景珩!」

秦灼は思わず二歩駆け寄り、低い声で言った。「破滅して、すべてを失うのが怖くないの?」

蕭景珩は足を止め、振り返って彼女の視線を受け止めると、問い返した。

「今の俺に、怖いものなどあると思うか?」

そう言うと、彼はもう立ち止まることなく、未練のかけらも見せずに大股で去っていった。

門が開き、そして閉まる。

秦灼は口の中に血の味を感じた。顔を濡らすのが雨なのか涙なのか、もはや分からなかった。

しばらくして、彼女は弁護士に電話をかけた。

「離婚協議書を作成して」

さらに家の使用人に命じた。「旦那様の荷物はすべてまとめて、倉庫へ」

すべてを終えると、秦灼は二階へ上がった。

そして、二人の結婚写真を自らの手で外し、暖炉の火へと投げ込んだ。

写真の中で寄り添い合う男女の姿は、瞬く間に炎の中で歪み、ぼやけていく。

秦灼の視界もまた、涙で滲んでいった。

彼女と蕭景珩は結婚して7年、誰もが羨む仲睦まじい夫婦だった。

だが今日、そのすべてが偽りであったことを秦灼は知った。

3ヶ月前、蕭景珩は海外出張中に誘拐された。

命からがら逃げ出したものの、世界に前例のない新型の毒物を注射されてしまったのだ。

この間、秦灼と蕭景珩はあらゆる手を尽くして解毒剤を探し、莫大な費用を投じて専門の研究室まで設立した。

しかし、捜索も研究も、何一つ進展はなかった。

絶望が、二人の心を蝕んでいく。

そして今日、研究室から最終通告が下された。蕭景珩の体は、あと一週間しか持たない、と。

その直後、蕭景珩が秦灼のもとを訪れ、心残りを晴らさせてほしいと懇願したのだ。

「灼、実は俺にはずっと心に決めた人がいた」

「残された時間は少ない。もう妥協はしたくないんだ」

「どうか、分かってほしい」

その時初めて秦灼は知った。自分が、ただの「妥協」の相手でしかなかったことを。

その時、不意にドアがノックされた。

アシスタントが書類の束を手に駆け込んでくる。「社長、顧語柔の情報を入手しました。蕭様との過去についても」

秦灼は資料を受け取り、目を通した。

顧語柔と蕭景珩は、かつて恋人同士だった。

顧語柔は貧しい家の出身、対する蕭景珩は正真正銘の財閥の跡取り。

二人の恋は家族の猛反対に遭い、

蕭景珩は一族と顧語柔のどちらかを選ばねばならなかった。そして彼は、蕭家を選び、顧語柔を捨てた。

それが今、顧語柔のために、秦灼を捨てるというのか。

アシスタントがスマートフォンの画面を秦灼の目の前に差し出す。「社長、これをご覧ください」

わずか30分前、蕭景珩が街の中心にある広場のすべての大型ビジョンをジャックし、顧語柔に愛を告白していた。

「顧語柔、愛してる」

その文字が、秦灼の目を焼いた。

かつて、蕭景珩はこれと同じような大掛かりな演出で秦灼に愛を伝えたことがあった。

「この世界で、俺がここまで心を尽くすのは君だけだ」

あの頃、多くの人が秦灼を羨んだ。正しい人を選んだのだと。

秦灼は自嘲気味に唇の端を歪めた。

「社長!」隣でアシスタントが、今度は歓喜の声を上げた。

「たった今、研究室から連絡が!毒の分子構造の解析に成功したそうです!これなら解毒剤もすぐに開発できると。蕭様は助かります!」

秦灼の瞳孔が収縮する。彼女は無意識のうちに蕭景珩の番号をダイヤルしていた。

だが、彼女が口を開くより先に、受話器の向こうから女性の掠れた嬌声が聞こえてきた。

続いて、蕭景珩の少し息の上がった声が響く。「何の用だ?」

秦灼はスマートフォンを握りしめ、低く問い詰めた。「蕭景珩、あなた……何をしているの?」

電話の向こうで一瞬の間があった。

「灼、言ったはずだ。もう邪魔はしないでくれ」

そして、通話は一方的に切られた。

機械的な切断音を聞きながら、秦灼は深く息を吸い込み、再び蕭景珩に電話をかけた。

だがすぐに、自分が着信拒否されていることに気づいた。

秦灼はスマートフォンをしまった。

蕭景珩と顧語柔の過去を見れば分かる。

彼は、もともと薄情な人間なのだ。

ただ、自分がもうすぐ死ぬからこそ、すべてを投げ打つ覚悟ができたに過ぎない。

秦灼は、いつの間にか頬を伝っていた涙を拭うと、ふっと笑った。スマートフォンの待ち受け画面に映る男を、嘲るような目で見つめる。

蕭景珩。

もし、あなたが死なないと知ったら。

それでも、同じようにすべてを捨てられるかしら?

彼女は、その時が来るのを待つことにした。

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