千年狐の愛は一度だけ

千年狐の愛は一度だけ

光井 雫

5.0
コメント
16
クリック
14

あの方に一目会うため、私は自身の妖丹を捧げました。 幾多の苦難を乗り越え、ようやくお会いすることができたのです。 しかし、彼が私に告げた最初の言葉は、「失せろ!」でした。 それからほどなくして、私は俗世への執着を断ち切り、悟りを得て仙人となりました。 一方、彼は私を愛しても得られず、その場に囚われ続けています。 私は彼に、その執着を手放すよう諭すのです。

第1章償いの賭け

楼天行に会うため、私は己の妖丹を差し出した。

幾多の苦難を乗り越え、ようやく彼との再会を果たした。

しかし、彼が私に放った最初の言葉は、「消え失せろ!」だった。

それからほどなくして、私は俗世の縁を断ち切り、道を悟り仙籍に列せられた。

一方、彼は私への愛を得られぬまま、執着という名の牢獄に囚われた。

私は彼に、その執着を捨てるよう諭す。

【1】

私は、千年の時を生きる狐の妖である。

楼天行を五百年探し続けたが、彼は決して姿を現そうとしなかった。

だが、私に残された時間はもう僅かだ。彼との最後の再会を果たすため、私は火焔山を越え、氷刃の谷を渡り、ついに三界の理から外れた神――紫冥を探し当てた。

「楼天行を探しています。なぜ見つからないのですか?」 氷山の頂に立つ紫冥は、紫色の長衣をまとい、私が来るのを見越していたかのように、薄く笑みを浮かべた。

「彼は琉璃鏡を持っている。三界の内にある限り、その姿を隠すことができるのだ」

「どうか、お力をお貸しいただけませんか?」

「ははは、滑稽なことを言う。私を訪ねてきたからには、私が助けられると踏んでいたのであろう?私は三界に属さぬ身。たかが琉璃鏡ごときに、何ができるというのだ?」 彼は氷山からふわりと舞い降り、紫の衣をはためかせた。黒い扇子を手にすると、私の顎をくいと持ち上げる。

「だが、君は私に何を差し出すのかね?」

たとえ千年の修行と天下随一の美貌を誇ろうとも、火焔山と氷刃の谷を越えてきた今の私は満身創痍で、見る影もなくやつれ果てていた。 彼の足元にひれ伏す私は、その目に塵芥同然と映ったことだろう。

「私の命を、差し出します!」 先だって蜘蛛の妖怪に襲われ、私は道行の力で辛くも打ち破った。だが、妖怪は息絶える寸前に猛毒を放ったのだ。

もはや私の命は長くない。せいぜい、あと百年といったところか。だからこそ、楼天行にもう一度会いたかった。私たちの間には、あまりにも多くの誤解がある。ただ一目だけでも彼に会い、あの日の真実を伝えたかった。

紫冥は再び高らかに笑った。「お前の命など、何の役に立つ?」彼は身を屈め、私を覗き込む。「私が興味を持つものは、ただ一つだけだ」

「何でしょう?私にできることでしたら、いかなるものでも手に入れてまいります!」

「愛だ。三界に存在する愛。人の愛が、私の試練に耐えうるものか知りたい。もし君が楼天行を愛しているのなら、その妖丹を取り出して私に渡せ」

「はい、お渡しします!」

「ははは、君の妖丹など必要ない。一つ、賭けをしようではないか」

その眼差しは、底知れぬ戯れの色を宿していた。「君を想い人の元へ導いてやろう。だが、彼に会っても、君からあの日の誤解について説明してはならない。彼に問われぬ限りはな。毒に侵されていることも、私と賭けをしていることも、決して明かしてはならん。もし彼が一年以内に君の愛に気づき、君を許し、再び愛するようになったなら、その時は妖丹を返し、蜘蛛の毒も取り除いてやろう。……どうだね?」

この三界の外なる神は、私を玩具にしようとしている。私を通して、人の世を弄ぼうというのだ。だが、これほど魅力的な条件を提示されて、断れるはずがなかった。

「……ええ!もし、彼が私を愛さなかったら?」

「その時は、その身は砕け散り、魂魄もろとも、この世から永遠に消え去るのだ」

私は、己の妖丹を吐き出した。「……この賭け、受けます」

彼は自身の扇子を私に授けた。それは玄冥骨扇と言い、私を護り、一時的に毒の進行を遅らせるとともに、妖丹を失った体に尽きることのない霊力を注ぎ込んでくれるという。

【2】

喜びも束の間だった。紫冥との出会いは、楼天行との再会を叶え、生きる希望を与えてくれた千載一遇の好機だと思っていた。だが、それが悪夢の始まりだとは、知る由もなかったのだ……。

楼天行と再会したのは、幻山だった。

私は妖界の大会に紛れ込み、ひしめく妖怪たちの中に身を潜めていた。

彼は妖王の玉座に腰かけ、威風堂々たる姿で、その眉間には勝利者の驕りが浮かんでいた。

かつての若き日の覇気は、もうどこにもない。五百年の時を経て、彼は妖界の王へと上り詰めていた。

狼の妖である彼が、妖界の聖物――先天太幻琉璃鏡をその手にしている。 すべては当然の成り行きであり、彼の運命だったのだろう。

ついに、私と君は、ここで巡り会った。

五百年前の最初の出会いを思い出す。あれは、ある陣の中だった。道士の張った陣法に囚われた彼は、身動き一つ取れずにいた。彼の三百年ばかりの道行では、五百年の時を生きた私には到底及ばなかった。

陣の中で耐え難い苦痛に喘いでいた彼は、通りかかった私を見つけると、その目に希望の光を宿した。「狐のお姉さん!どうか俺を助けてくれ」

私は、この若輩の狼妖を面白そうに眺め、尋ねた。「あら、助けてあげたら、何か良いことがあるのかしら?」

「父は妖王だ。家には珍しい宝物がたくさんある」

「あなた、なかなかの男ぶりじゃない。いっそ、私の夫になるっていうのはどう?」

私が戯れてそう言うと、彼は大汗をかいて焦りながら答えた。「わかった、約束する!ここから出してくれたら、あんたの言う通りにする」

その程度の陣、私にとっては赤子の手をひねるようなものだった。狼の妖と添い遂げる気など毛頭なく、ただ少しからかったに過ぎない。

だが、予想外だったのは、その陣法が外から見るより遥かに強力だったことだ。彼を救い出すために霊力を大きく削がれ、あろうことか、九つある尾の一本を失ってしまった。

この時から、私の尾は八本になった。深手を負った私には、誰かの支えが必要だった。 彼は私の戯言を真に受け、甲斐甲斐しくそばに付き添い、傷の手当てをし、食料を探してくれた。その献身的な姿は、まるで本当の夫のようだった。

私も深くは考えていなかったが、やがて傷が癒えると、彼は追い払っても一向に出て行こうとしなかった。

彼は私の手を掴み、切なげに問う。「奥方、なぜ私を追い出そうとなさるのです。何か、私の至らぬ点でも?」

……

続きを見る

光井 雫のその他の作品

もっと見る

おすすめ

天才外科医、記憶喪失の婚約者を治療中。

天才外科医、記憶喪失の婚約者を治療中。

時雨 健太
5.0

誰の目にも、竹内汐月は田舎の小さな診療所に勤める一介の医師。しかし、その正体が海外で名を馳せる「鬼の手」を持つ神医にして、最も権威ある外科医であることは誰も知らない。 三年前、若きエリートであった清水晟暉の心に、一筋の光が射した。その日を境に彼は竹内汐月に心を奪われ、彼女を射止めるべくすべてを捧げた。しかし三年後、不慮の交通事故が彼の輝かしい未来を奪い、再起不能の身となってしまう。 清水晟暉を救うため、竹内汐月は彼との結婚を決意する。だが、あの事故が彼から奪ったのは、健康な身体だけではなかった。彼の記憶までもが、無慈悲に失われていたのだ。 「君を好きになることはない」 そう告げる彼に、彼女は微笑んで答える。「大丈夫。私もまだ、あなたを受け入れたわけではないから」 両足の自由を失ったことで、彼は深い劣等感を抱き、心を閉ざしていた。彼女という眩い光を、指の隙間からこぼれるのを見つめるだけで、手を伸ばすことさえできない。しかし彼女は、そんな彼を追い詰め、逃げる隙を与えようとはしなかった。 車椅子に座る彼の目線に合わせて屈み、話をしてくれるのは彼女だけ。彼が苛立ちに声を荒らげたとき、その頭を優しく撫で、「大丈夫」と囁きかけてくれるのも、彼女だけだった。 常に笑みを絶やさない彼女を前にして、彼が必死に抑えつけていた感情は、やがて決壊する。 1v1、すれ違いなし

追放された令嬢、実は最強大富豪の娘でした

追放された令嬢、実は最強大富豪の娘でした

鈴菜すず
5.0

二十年以上、長谷川家の令嬢として何不自由なく生きてきた絵渡。だがある日、血のつながりはないと突きつけられ、本当の令嬢に陥れられ、養父母から家を追い出される。瞬く間に、街中の笑い者となった。 絵渡は背を向けて農民の両親の家へ戻ったが、次の瞬間、まさかの人物に見つかった。 それは――彼女の本当の父親であり、城一の大富豪だった。 兄たちはそれぞれの世界で頂点を極めた天才。 小柄な彼女を、家族は惜しみなく愛し守った。 しかしやがて知る――この妹は、ただの令嬢ではなかった。 伝説級ハッカーも、最高峰のレシピ開発者も、舞踊界のカリスマも――すべて彼女。 そして後日、出会ったとき―― 真の令嬢が嘲る。「あなたが舞踊大会?笑わせないで。 私は“天才舞踏少女”よ」 「悪いけど――私、その大会の審査員なの」 利己的な長谷川家は言う。「田舎で貧乏な両親と暮らしてなさい。毎日長谷川家を夢見るな!」 絵渡は一本の電話をかけた。すると長谷川家の取引先は全て切られた。 元カレがあざ笑う。 「もう俺に絡むな。俺の心にいるのは恋夏だけだ!」 だがその時、夜京で権勢を握る大物が現れ、強引に彼女を庇った。「俺の妻が、お前なんか眼中に入れるわけがないだろ?」

見捨てられた妻から、権力ある女相続人へ

見捨てられた妻から、権力ある女相続人へ

Gavin
5.0

私の結婚は、私が主催した慈善パーティーで終わりを告げた。 ついさっきまで、私はIT界の寵児、橘圭吾の妊娠中の幸せな妻だった。 次の瞬間には、ある記者が突きつけてきたスマートフォンの画面が、圭吾と彼の幼馴染である遥が子供を授かったというニュースを世界中に報じていた。 部屋の向こうで、二人が寄り添っているのが見えた。 圭吾の手が、遥のお腹に置かれている。 これは単なる浮気じゃない。 私と、まだ見ぬ私たちの赤ちゃんの存在を、公に消し去るという宣言だった。 会社の数千億円規模の新規株式公開(IPO)を守るため、圭吾と彼の母親、そして私の養父母までもが結託して私を追い詰めた。 彼らは遥を私たちの家に、私のベッドに招き入れ、まるで女王様のように扱い、一方で私は囚人となった。 彼らは私を精神的に不安定だと決めつけ、一家のイメージを脅かす存在だと罵った。 私が浮気をしたと非難し、お腹の子は圭吾の子ではないと主張した。 そして、考えうる限り最悪の命令が下された。 妊娠を中絶しろ、と。 彼らは私を部屋に閉じ込め、手術の予約を入れた。 拒否すれば、無理矢リ引きずって行くと脅して。 でも、彼らは過ちを犯した。 私を黙らせるために、スマートフォンを返してくれたのだ。 私は降伏したふりをして、何年も隠し持っていた番号に、最後の望みを託して電話をかけた。 その番号の主は、私の実の父親、一条彰人。 夫の世界など、いとも簡単に焼き尽くせるほどの力を持つ一族の当主だった。

「私があなたを一生養う」と誓った相手は、世界で最もミステリアスな富豪でした

「私があなたを一生養う」と誓った相手は、世界で最もミステリアスな富豪でした

時雨 健太
5.0

神崎澄玲の結婚式の日、彼女は妹と同時に水に落ちてしまった。 ところが、あろうことか婚約者は妹だけを抱き上げると、振り返りもせずに走り去ってしまった! 怒りに震えた神崎澄玲は、その場で命の恩人と電撃結婚する。 命の恩人は、無一文の自動車整備士? 構わない、私が一生彼を養ってみせる! 元婚約者が訪ねてきて言った。「俺への当てつけのために、あんな男と結婚する必要はないだろう? 今すぐ大人しく俺と戻れば、藤咲夫人の座はまだ君のものだ」 性悪な妹は偽善的に言う。「お姉さん、安心して。修司お兄様のことは私がちゃんと面倒を見るから。お姉さんは自動車整備士さんとお幸せにね」 神崎澄玲は冷笑した。「全員出ていって!私と夫の邪魔をしないで!」 誰もが彼女は正気を失ったのだと思った。名家の藤咲家を捨て、一介の自動車整備士を宝物のように大切にするなんて、と。 あの日、彼の正体が明かされるまでは。貧しいと思われた彼は、実は世界で最もミステリアスな大富豪であり、トップクラスの名家の当主だったのだ! 誰もが唖然とした。 衆人環視の中、男は稀代のダイヤモンドリングを手に、彼女の前で跪く。その瞳は優しさに満ちあふれていた。 「大富豪の奥様、今度は俺が君を一生養うよ」

あなたとではない、私の結婚式

あなたとではない、私の結婚式

Gavin
5.0

五年前、私は軽井沢の雪山で、婚約者の命を救った。その時の滑落事故で、私の視界には一生消えない障害が残った。視界の端が揺らめき、霞んで見えるこの症状は、自分の完璧な視力と引き換えに彼を選んだあの日のことを、絶えず私に思い出させる。 彼がその代償に払ってくれたのは、私への裏切りだった。親友の愛理が「寒いのは嫌」と文句を言ったからという、ただそれだけの理由で、私たちの思い出の場所である軽井沢での結婚式を、独断で沖縄に変更したのだ。私の犠牲を「お涙頂戴の安っぽい感傷」と切り捨てる彼の声を、私は聞いてしまった。そして彼が、私のウェディングドレスの値段にケチをつけた一方で、愛理には五百万円もするドレスを買い与える瞬間も。 結婚式当日、彼は祭壇の前で待つ私を置き去りにした。タイミングよく「パニック発作」を起こした愛理のもとへ駆けつけるために。彼は私が許すと信じきっていた。いつだって、そうだったから。 私の犠牲は、彼にとって愛の贈り物なんかじゃなかった。私を永遠に服従させるための、絶対的な契約書だったのだ。 だから、誰もいない沖縄の式場からようやく彼が電話をかけてきた時、私は彼に教会の鐘の音と、雪山を吹き抜ける風の音をたっぷりと聞かせてから、こう言った。 「これから、私の結婚式が始まるの」 「でも、相手はあなたじゃない」

すぐ読みます
本をダウンロード