ベータに振られたので、彼の王を奪い取った。

ベータに振られたので、彼の王を奪い取った。

灰原 燐

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私は、番いの儀式の祭壇に立っていた。隣には、この群れのベータである蓮(れん)がいる。そして、絶対的権力者であるアルファの王、大雅(たいが)様が、私たちを見据えている。 しかし、儀式が始まろうとしたその瞬間、蓮は私を祭壇に置き去りにした。彼が保護したという、か弱い野良の女、真理奈(まりな)のために、森へと走り去ってしまったのだ。 私はたった一人、屈辱に耐えるしかなかった。その時、幹部用の公的な思念会話チャンネルを通じて、全ての者の耳にメッセージが届いた。蓮からだった。真理奈が自殺を図り、そばを離れられない、と。 それどころか彼は、この「騒ぎ」について、私の口からアルファの王に謝罪しろと命じてきたのだ。 六年間愛し、昨夜も永遠を誓ってくれた男が、嘘のために私の誇りを売り渡した。大陸中の笑いものにされたのだ。 その夜、すすきののバーで悲しみに溺れていた私は、アルファの王その人と鉢合わせした。ウイスキーと失恋に煽られ、私は無謀な提案をした。 「彼はもう、私をいらないって。……アルファ様、今夜、私が欲しいですか?」 驚いたことに、彼は頷いた。そして彼の腕の中で、私は衝撃的な真実を知る。アルファの王、元婚約者の叔父こそが、私の「運命の番」だったのだ。私の復讐が、今、始まった。

第1章

私は、番いの儀式の祭壇に立っていた。隣には、この群れのベータである蓮(れん)がいる。そして、絶対的権力者であるアルファの王、大雅(たいが)様が、私たちを見据えている。

しかし、儀式が始まろうとしたその瞬間、蓮は私を祭壇に置き去りにした。彼が保護したという、か弱い野良の女、真理奈(まりな)のために、森へと走り去ってしまったのだ。

私はたった一人、屈辱に耐えるしかなかった。その時、幹部用の公的な思念会話チャンネルを通じて、全ての者の耳にメッセージが届いた。蓮からだった。真理奈が自殺を図り、そばを離れられない、と。

それどころか彼は、この「騒ぎ」について、私の口からアルファの王に謝罪しろと命じてきたのだ。

六年間愛し、昨夜も永遠を誓ってくれた男が、嘘のために私の誇りを売り渡した。大陸中の笑いものにされたのだ。

その夜、すすきののバーで悲しみに溺れていた私は、アルファの王その人と鉢合わせした。ウイスキーと失恋に煽られ、私は無謀な提案をした。

「彼はもう、私をいらないって。……アルファ様、今夜、私が欲しいですか?」

驚いたことに、彼は頷いた。そして彼の腕の中で、私は衝撃的な真実を知る。アルファの王、元婚約者の叔父こそが、私の「運命の番」だったのだ。私の復讐が、今、始まった。

第1章

絵里奈(えりな)視点:

儀式用のドレスが、ずしりと肩に重い。銀糸の一本一本が、私を縛る鎖のようだ。

私は白川(しらかわ)パックの聖域に、満月の監視下で立っていた。今夜、私はこの群れのベータである蓮の番になるはずだった。私たちの結びつきは、自分たちの群れだけでなく、絶対的な支配者である月詠(つくよみ)パックも見届ける、盛大な儀式になるはずだった。

月詠パックのアルファの王、大雅様が、広場の端に置かれた彫刻の玉座に腰掛けている。その存在感は静かでありながら圧倒的で、空気さえも重く張り詰めていた。

蓮は私の隣に立っていたが、心はここにあらずだった。彼の目はどこか遠くを見つめ、焦点が合っていない。人狼なら誰もが持つテレパシー能力、思念会話のかすかな響きを感じる。それは頭の中に響くプライベートな回線、月の女神からの贈り物。彼は誰かと話している。それは、私ではなかった。

「蓮」

私はささやいた。かろうじて木の葉が擦れる程度の声で。

「長老がもう始めるわ。女神様に敬意を払って」

彼はびくりと肩を揺らし、ようやく私に視線を向けた。そこに愛はなく、ただ焦りだけがあった。そして、彼の声が冷たく、切羽詰まった響きで私の頭の中に流れ込んできた。

(真理奈が危ない。行かなきゃ。三十分だけ時間をくれ)

血の気が引いた。真理奈。彼が拾ってきた、か弱い野良の人狼。彼を崇拝するような大きな瞳で見つめる、あの女。

私が状況を理解する前に、彼は動き出していた。

「ベータ、蓮!どこへ行く!」

長老の一人が、非難を込めた鋭い声で叫んだ。

「行かねばなりません!」

蓮の声は大きく、張り詰めていた。彼は私を見ず、誰の顔も見ず、ただ広場の向こうの暗い森だけを見つめていた。

「蓮、やめて!」

私は彼の腕を掴もうと手を伸ばしたが、彼はもう行ってしまった。

唸り声と嗚咽が混じったような音と共に、彼は狼の姿に変わった。骨が砕け、再構築されるおぞましい音が、恐怖に静まり返った広場に響き渡る。ほんの数秒で、婚約者がいた場所には大きな茶色の狼が立っていた。彼は罪悪感に満ちた視線を一度だけ私に向けると、木々の間へと消えていった。

彼は、もういない。

二つの群れの目の前で、アルファの王の目の前で、私をたった一人、番いの儀式の祭壇に置き去りにして。

心臓が肋骨を激しく打ちつける。何年も育んできた、私たちだけのプライベートな思念会話で彼に呼びかけた。

(蓮?どこにいるの?何があったの?)

沈黙。彼はそれを断ち切った。私を完全に締め出したのだ。

絶望的な考えが、心をかきむしる。彼は、他の女のために、皆の前で私に恥をかかせた。

彼が求めた三十分は、永遠のように感じられた。群衆のささやき声は次第に大きくなり、憐れみと軽蔑の波が私を飲み込もうとしていた。ついに、新たなメッセージが私の頭の中に響いた。蓮からだったが、それはプライベートな回線ではなかった。彼が送ってきたのは、群れの幹部だけが使える公用の思念会話チャンネル。私が彼の婚約者だからという理由だけで参加を許されていたチャンネル。そして、アルファの王も間違いなくそのチャンネルに参加している。

彼の声は冷たく、無機質で、そして、この上なく屈辱的だった。

(真理奈が自らの命を絶とうとした。私は彼女のそばを離れられない。絵里奈、長老たちとアルファの王に、この騒ぎについて私の代わりに謝罪しておけ)

彼の代わりに謝罪しろって?この屈辱の、代弁を?

昨夜の記憶が蘇る。彼は私を強く抱きしめ、肌に約束を囁いた。「絵里奈、お前は俺の唯一のベータの女だ。永遠に」

嘘。全てが、嘘だった。

群衆の顔を見渡す。弱いオメガへの憐れみと、公然と捨てられた愚かな女への侮蔑が入り混じった表情。泣いてやるものか。彼らに満足感など与えない。

嵐のような心を鎮めることもできず、私は深く息を吸った。重いドレスの裾を集め、長老たちが立つ高い壇上へと一人で歩いていく。世界が崩れ落ちていく中でも、足取りだけは確かだった。

声は震えていたが、静まり返った広場にはっきりと、そして最後の言葉として響き渡った。

「ベータである蓮との婚約を、これにて破棄いたします」

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