五年もの間、私は「血月の一族」のアルファ、遠野彰人の運命の番(つがい)として、ルナの座にいた。 でも、その五年間、彼の心はたった一人の女――藤堂詩音のものだった。 私と詩音、二人の誕生日。 私の希望を繋ぎとめていた最後の糸が、ぷつりと切れた。 詩音が、大階段をゆっくりと降りてくる。 煌びやかな銀色のドレス。 彼が私へのサプライズだと約束してくれた、あのドレスを身にまとって。 一族全員が見守る前で、彼女は彰人の元へ歩み寄り、その頬にキスをした。 彰人はいつも言っていた。 詩音はか弱く、心に傷を負った狼なんだ、と。 守ってやる必要があるのだ、と。 何年もの間、私はその嘘を信じていた。 彼が私の夢を彼女に与え、私の誕生日には知らんぷりで、裏では彼女の誕生日を祝い、私にはルナという空っぽの称号だけを押し付けている間も、ずっと。 彼を問い詰めても、私の痛みなど気にも留めなかった。 「あいつは分かってないんだ」 千切れかけた絆を通して、彼の声が脳内に直接響く。 詩音にだけ向けられた、不満げな声。 「番だっていうだけで俺を縛れると思うな。息が詰まる」 息が詰まる? 彼の無関心という名の水の中に沈み、溺れかけていたのは、私の方なのに。 彼は私の番なんかじゃない。 ただの臆病者。 そして私は、女神が彼に押し付けた鳥籠に過ぎなかった。 だから私は、ホールから歩き去った。 そして、彼の人生からも。 私は、正式に彼を拒絶した。 絆が砕け散った瞬間、彼は初めて狼狽え、考え直してくれと懇願した。 でも、もう遅い。 もう、彼の鳥籠でいるのは終わり。
五年もの間、私は「血月の一族」のアルファ、遠野彰人の運命の番(つがい)として、ルナの座にいた。
でも、その五年間、彼の心はたった一人の女――藤堂詩音のものだった。
私と詩音、二人の誕生日。
私の希望を繋ぎとめていた最後の糸が、ぷつりと切れた。
詩音が、大階段をゆっくりと降りてくる。
煌びやかな銀色のドレス。
彼が私へのサプライズだと約束してくれた、あのドレスを身にまとって。
一族全員が見守る前で、彼女は彰人の元へ歩み寄り、その頬にキスをした。
彰人はいつも言っていた。
詩音はか弱く、心に傷を負った狼なんだ、と。
守ってやる必要があるのだ、と。
何年もの間、私はその嘘を信じていた。
彼が私の夢を彼女に与え、私の誕生日には知らんぷりで、裏では彼女の誕生日を祝い、私にはルナという空っぽの称号だけを押し付けている間も、ずっと。
彼を問い詰めても、私の痛みなど気にも留めなかった。
「あいつは分かってないんだ」
千切れかけた絆を通して、彼の声が脳内に直接響く。
詩音にだけ向けられた、不満げな声。
「番だっていうだけで俺を縛れると思うな。息が詰まる」
息が詰まる?
彼の無関心という名の水の中に沈み、溺れかけていたのは、私の方なのに。
彼は私の番なんかじゃない。
ただの臆病者。
そして私は、女神が彼に押し付けた鳥籠に過ぎなかった。
だから私は、ホールから歩き去った。
そして、彼の人生からも。
私は、正式に彼を拒絶した。
絆が砕け散った瞬間、彼は初めて狼狽え、考え直してくれと懇願した。
でも、もう遅い。
もう、彼の鳥籠でいるのは終わり。
第1章
芙蕾雅(フレイヤ)視点:
「血月の一族」が所有する軽井沢の山荘、その大広間は、暖炉で燃える松の香りと、祝宴のテーブルに並んだ猪の丸焼きの匂いで満ちていた。
今夜は年に一度の祝祭。
そして、私の誕生日であり、詩音の誕生日でもある。
月の女神が、遠野彰人を私の番だと定めてから、五年目の記念日でもあった。
五年。
その一日一日が、まるで他人の人生を借りているかのような感覚だった。
毎年、彼の視線は、人混みの中からまず詩音を見つけ出すのだ。
私の内なる狼が、肌の下で落ち着きなく歩き回る。
不安の唸り声が、胸の奥で低く響いた。
彼がいない。
踊り狂う一族のメンバーたちを、もう十数回も見渡したのに、彰人の姿はどこにもなかった。
冷たい恐怖が、馴染みのある鋭さで、胃の腑に居座る。
私は祝祭の喧騒からそっと抜け出した。
柔らかなスリッパは、冷たい石の床に音を立てない。
どこを探すべきか、分かっていた。
アルファの書斎だ。
重厚な樫の扉が、わずかに開いていた。
耳を押し当てる必要すらない。
彼が忌み嫌っている、この微かで、途切れがちな番の絆を通して、彼のプライベートな精神感応(マインドリンク)の残響が伝わってくる。
アルファだけが授けることのできる特権。
彼の思考に直接繋がる回線を、彼は彼女との逢瀬に使っていた。
「もう少しだけだ、俺の小さな炎(ほのお)」
二人の精神空間にだけ響くはずの、低く、甘い囁き声が、毒のように私の心に染み込んでくる。
「真夜中の鐘が鳴ったら、一番にお前の声を聞く。お前に『誕生日おめでとう』って言う最初のアルファになるって、約束する」
息が、喉の奥で詰まった。
鮮やかで、希望に満ちた記憶が、目の裏で閃く。
二週間前、縄張りで一番の高級仕立て屋でのこと。
彼は月光を閉じ込めたようにきらめく、壮麗な銀色のドレスを手に取った。
「祝祭で、お前にサプライズがあるんだ、芙蕾雅」
その時の彼の瞳には、珍しく温かな光が宿っていた。
「今年は、違うから」
私は、信じてしまった。
愚かにも、その小さな希望の火種を大きく育ててしまった。
今年こそ、彼がやっと私を見てくれる。
運命の番である、彼のルナである私を、と。
今、書斎の外に立ち、私はすべてを理解した。
あのドレスも、あの約束も、サプライズも――何一つ、私のためのものではなかった。
すべて、詩音のためだったのだ。
千切れかけた絆が、彼の苛立ちで脈打つ。
彼女にだけ向けられた、苦々しい不満。
「あいつは分かってないんだ」
私のことだと、すぐに分かった。
「番だっていうだけで俺を縛れると思うな。息が詰まる」
息が詰まる?
私の方はどうなるの?
五年間、ずっと彼の無関心に溺れてきたというのに。
「祝祭が終わったら、お前の部屋に行く」
彰人は詩音に約束する。
その声は、吐き気がするほど甘く、温かいものに変わっていた。
「俺のために、あのドレスを着ていてくれ」
私の中で、何かが砕け散った。
しがみついていた最後の希望の糸が、ついに断ち切られた。
私は彼の愛する人じゃない。
本当の意味で、彼のルナですらない。
私は障害物。
女神が彼に押し付けた鳥籠で、詩音は彼の反逆であり、歪んだ自由の象徴だった。
私は扉に背を向けた。
体はこわばり、心臓は胸の中で氷の塊と化していた。
大広間に戻ると、ちょうど真夜中の鐘が鳴り始めた。
そこに、彼女がいた。
詩音が、大階段を降りてくる。
きらめく銀色の月光をその身にまとって。
私のドレスを。
彼女は最後の段で足を止め、勝ち誇ったような笑みを唇に浮かべると、闇の中から現れたばかりの彰人の元へ、まっすぐに歩み寄った。
そして、一族全員の前で、つま先立ちになり、彼の頬にキスをした。
私の狼が、苦痛に満ちた悲鳴を上げた。
私にしか聞こえない、純粋な苦悶の叫び。
私は顎を上げ、部屋の向こうにいる彰人と視線を合わせた。
彼は驚いたように目を見開き、一瞬罪悪感に顔を歪めたが、すぐに挑戦的な表情に変わった。
結構よ。
その反抗的な態度、好きなだけ見せていればいい。
私は一族全員に向けて、精神感応(マインドリンク)を開いた。
私の声は冷たく、明瞭で、祝祭のざわめきを切り裂く一本の思考となった。
「臆病者よ。くれてあげるわ」
第1章
29/10/2025
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