絶望の果てに、冷徹な総裁は溺愛を誓う

絶望の果てに、冷徹な総裁は溺愛を誓う

星奈 ほしみ

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長い昏睡から目覚めた私の脳内に、これから起こる未来の『脚本』が流れ込んできた。 一ヶ月前に両親が連れてきた実の妹「金子藍」は、長沢家を乗っ取るためにやってきた悪女だった。 未来の脚本の中で、父の会社は切り崩され、母は騙されて精神を病んでしまう。 私に濡れ衣を着せて家から追い出した後も、彼女の陰謀は止まらない。 忠実な秘書は産業スパイに仕立て上げられ、兄の友人の妹はクズ男に殺される。 そして何より、私を最後まで庇ってくれた大好きな兄が、金子藍の雇った男に車で撥ねられ、無残な死を遂げるのだ。 声を出して兄に危険を知らせたいのに、喉が張り付いて言葉にならない。 (お兄ちゃん!逃げて!兄さんは私を庇って死ぬただの当て馬役なんだから!) 私は心の中で、ただ絶望の叫びを上げるしかなかった。 どうせ誰も私の言葉なんて信じてくれない。 しかし次の瞬間、ベッドのそばにいた兄の顔色がみるみる青ざめた。 彼は私の心の声を聞き取ったのだ。 「大丈夫だ、彩佳。心配するな。俺が守る」 兄の瞳には、絶対的な決意が燃え盛っていた。ここから、私たちの本当の反撃が始まる。

絶望の果てに、冷徹な総裁は溺愛を誓う 第1章

「……気分はどうだ?」

低い声が鼓膜を揺らす。長沢彩佳はゆっくりと目を開けた。

視界が真っ白だ。鼻をつく消毒液の匂い。

ああ、病院か。

私は過去に戻ってきたんだ。

家族の悲劇が起こる、ちょうど三年前のあの日に。

ベッドの傍らには、兄の長沢景が座っていた。

相変わらず人形のように整った顔立ち。けれど、その目に温度はない。

彩佳の胸に、ずしりと重い絶望がのしかかる。胃が冷たいもので満たされていく感覚。

【この人だ】

【私の大好きなお兄ちゃん】

【未来で、私のせいで金子藍の信奉者に刺されて】

【雨の中で独りぼっちで死んでいく人……】

「彩佳?」

景が再び呼びかける。その声は事務的な響きしかしなかった。

何か言わなければ。警告しないと。

彩佳は口を開こうとしたが、喉がひどく乾いていて、ひゅうと息が漏れるだけだった。

彼女は力なく首を横に振る。

【ああ、だめだ。今の私はただの病人】

【何を言っても信じてもらえない】

【彼の目には、私はまだただのわがままな養女なんだろうな】

【だって、もうすぐ“本物の令嬢”の金子藍が登場するんだから】

景が手を伸ばす。乱れた布団を直そうとしたのだろう。

その指先が偶然、彩佳の額に触れた。

その瞬間。

【お兄ちゃんなんて、典型的な当て馬!】

【金子藍にいいように使われて、最後は会社まで乗っ取られるんだから!】

透き通った女の声が、景の頭の中に直接響いた。

景の動きがぴたりと止まる。

彼は反射的に病室を見回した。だが、ここにいるのは自分と妹の二人だけだ。

視線を彩佳に戻す。

彼女は蒼白な顔で、悲しそうな目をしているだけ。唇は動いていない。

幻聴か。最近、仕事で疲れているせいだ。

彩佳の口元が、ほんのわずかに歪む。景には、それが自嘲の笑みに見えた。

【ほら、やっぱり迷惑そうな顔してる】

【そうよね。私みたいな養女のために、大事な後継者披露パーティーを延期させたんだから】

【ライバルの三浦につけ入る隙を与えちゃった】

景の瞳孔が急激に収縮した。

後継者披露パーティーの延期。

その事実は、両親と秘書の古川以外、誰も知らないはずだ。

なぜ、今しがた意識を取り戻したばかりの彩佳が、それを知っている?

彼は平静を装い、そっと手を引いた。

声が、自分でも驚くほど掠れていた。

「……気分はどうだ?どこか痛むか?」

彩佳は弱々しく彼を見つめる。声にならない心の叫びが、彼女の中で渦巻いていた。

【気分が悪いのは私だけじゃない!】

【私たち家族全員よ!】

【この三年後、うちは破産して、お父様は過労死、お母様は心を病んで、あなたも殺されて】

【私はどこかの知らない男に売られるのよ!】

その膨大な情報の奔流が、鉄槌のように景の脳を殴りつけた。

ズキンとこめかみが痛む。

彼は額を押さえ、自分を無理やり落ち着かせようと深く息を吸った。

これはなんだ。

妹の心の声だとでもいうのか?

景は試すように尋ねた。

「悪い夢でも見たのか?」

彩佳の目がわずかに揺れる。

彼女はこくりと頷いた。だが、心の中では激しく否定していた。

【夢じゃない。これが私たちの未来なの!】

その明確な反論を、景ははっきりと「聞いた」。

もう幻聴では済まされない。

――そのとき、彩佳は乾いた唇をなんとか動かした。

「お兄ちゃん……夢を見たんだけど。私たち家族の未来についての……ちょっと怖い夢?」

掠れ声で彼女は言った。

景の胸がざわりとする。

彼の背筋を冷たい汗が伝う。

景は決断した。有無を言わせぬ口調で妹に告げる。

「体調が戻ったら、精密検査を受けるぞ。脳神経外科と精神科だ」

「精神科」という言葉に、彩佳の体がびくりと震えた。

その目に、「やっぱりそうなるんだ」という諦めの色が浮かぶ。

【その自嘲的な表情を見て、景の胸がちくりと痛んだ。しかし、彼はその感情をすぐに押し殺した。】

「念のためだ。考えすぎるな」

その時、コンコンとドアがノックされ、医師が回診に入ってきた。

二人の会話は中断される。

景は一歩下がり、冷静に彩佳の様子を観察した。

脳内の「生放送」はまだ続いている。

【だめ。このままじゃいけない】

【まず運転手の小林さんをなんとかしないと】

【あの人はギャンブル狂で、もうすぐ借金のかたに金子藍に買収されるんだから……】

景の視線が瞬時に鋭くなった。

運転手の小林?

あの一見人良さそうな男がか?

彼はその名前を脳裏に深く刻み込んだ。

医師の診察が終わり、彩佳の体はもう問題なく退院できるとのことだった。

景は事務手続きを済ませると、まだふらつく彩佳の腕を支え、病室を出た。

彼の頭の中は混乱と疑念で満ちていた。

だが、まず一つ確かめなければならないことがある。

この不可解な現象が、本物かどうかを。

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