完璧な妻の冷酷な復讐劇

完璧な妻の冷酷な復讐劇

光井 雫

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しかしある日、見知らぬ番号から届いた一枚の写真が、すべてを打ち砕いた。 そこには、愛する夫と若い秘書の醜い不倫現場。 さらに、妊娠検査薬の陽性画像。 宏明はテレビで「愛妻家」を演じる裏で、秘書に私が彼に贈ったメンズリングを与えていた。 秘書からの挑発は止まらない。 「宏明様は私と赤ちゃんのために離婚するそうです」 怒りも悲しみも通り越して、私の心は静かに冷え切った。 泣き喚く代わりに、私は動いた。 氏を旧姓に戻し、結婚指輪を無機質な金塊に溶かす。 彼が自らの傲慢さに酔いしれている隙に、すべての資産を移す。 そして、この世から「鈴木琴」という存在を、完全に消し去る計画を始めた──。 これは、完璧な妻を演じることをやめた女の、静かな復讐と再生の物語である。

完璧な妻の冷酷な復讐劇 チャプター 1 第1章

しかしある日、見知らぬ番号から届いた一枚の写真が、すべてを打ち砕いた。

そこには、愛する夫と若い秘書の醜い不倫現場。

さらに、妊娠検査薬の陽性画像。

宏明はテレビで「愛妻家」を演じる裏で、秘書に私が彼に贈ったメンズリングを与えていた。

秘書からの挑発は止まらない。

「宏明様は私と赤ちゃんのために離婚するそうです」

怒りも悲しみも通り越して、私の心は静かに冷え切った。

泣き喚く代わりに、私は動いた。

氏を旧姓に戻し、結婚指輪を無機質な金塊に溶かす。

彼が自らの傲慢さに酔いしれている隙に、すべての資産を移す。

そして、この世から「鈴木琴」という存在を、完全に消し去る計画を始めた──。

これは、完璧な妻を演じることをやめた女の、静かな復讐と再生の物語である。

第1章

―― 小野田琴 ――

見知らぬ番号から送られてきた一枚の写真が、私の完璧な人生を木っ端微塵に打ち砕いた。

そこには、愛する夫と若い秘書の醜い不倫の証拠が写っていた。

高校時代、私は鈴木宏明と出会った。

彼は同級生で、初めての恋人だった。

あの頃の宏明は、まだ垢抜けていなかった。

初めてキスをした時、彼の唇は震えていた。

私は彼の硬くなった体をそっと抱きしめ、優しくリードした。

彼は私に身を任せ、私たちは純粋な愛を育んだ。

私たちはいつも一緒だった。

大学を卒業後、宏明はIT企業を立ち上げた。

私は写真家になる夢を諦め、彼の会社の初期メンバーとして、献身的に彼を支えた。

彼の秘書として、時には広報として、寝食を忘れて働いた。

宏明の会社が急成長し、彼が若きIT企業のCEOとして脚光を浴びる頃には、私たちの結婚生活は十五年目を迎えていた。

世間は私たちを「おしどり夫婦」と呼んだ。

宏明は、「琴がいてくれたからこそ今の私がある」と公言し、彼は「愛妻家」のイメージで知られていた。

私は、私たちの人生は完璧だと信じていた。

空気のように当たり前に、彼が私を愛していると信じていた。

その完璧な日々は、突然終わりを告げた。

ある日の午後、スマートフォンに一通のメッセージが届いた。

差出人は不明。

メッセージには写真が添付されていた。

写真をタップした。

そこには、抱き合う宏明と見知らぬ女性の姿があった。

ホテルの一室だろうか。

シーツは乱れ、二人の肌が露わだった。

女性は宏明に体を預け、満面の笑みを浮かべていた。

指先が、かすかに震える。

女性の首元に光るネックレスが見えた。

それは、以前私が宏明にプレゼントした、私の誕生石があしらわれたものだった。

なぜ、彼女がそれを。

さらに、女性の左手薬指には、私が宏明の三十歳の誕生日に贈った高級ブランドのメンズリングが嵌められていた。大きすぎる指輪を、彼女は無理やり薬指に通している。

宏明はいつも、「これは琴からの大切な贈り物だから、絶対に外さない」と言っていた。

そのリングが、今、別の女性の指にある。

その瞬間、私は女性の顔をはっきりと認識した。

内堀杏梨。

宏明の秘書だった。

若く、洗練された容姿の彼女は、私を見るたびに媚びるような笑顔を浮かべていた。

画面上には、さらに数枚の写真が続いた。

妊娠検査薬の陽性を示す画像。

高級ブランドのバッグや時計、そして豪華なレストランでの食事風景。

いずれも、杏梨が宏明と写っているか、あるいは宏明から贈られたであろう品々が写っていた。

そこに添えられたメッセージは、私を挑発するかのようだった。

「宏明様からのプレゼント」

「私たちの子ども」

彼女は、私に向けてこれらの証拠を送ってきたのだ。

呼吸が詰まった。

胃の奥から込み上げる吐き気に、喉が締め付けられる。

頭が真っ白になった。

これは現実ではない、夢だ。

そんなはずない。

宏明が、私を裏切るはずがない。

しかし、写真の鮮明な画像は、残酷な現実を突きつけた。

私の愛する夫が、私の信頼を裏切り、若い秘書と密かに肉体関係を結んでいる。

しかも、その秘書は妊娠している。

指先に力が入り、スマートフォンを握りしめる。

壁に叩きつけたい衝動。

今すぐ宏明に電話し、問い詰めたい。

彼の胸ぐらを掴み、なぜこんなことをしたのかと叫びたい。

だが、私の体は動かなかった。

数秒後、私は深く息を吸い込んだ。そして、ゆっくりと吐き出した。

感情の波が、潮が引くように静まっていく。代わりに、頭の奥が驚くほど冷たく澄み渡っていくのを感じた。

泣き喚くのは、もう終わりにしよう。

泣いて、喚いて、彼にすがりついて。そして、許して、また裏切られて。

そんな十五年間だった。もう、十分だ。

私は、復讐を決意した。

それは激情に駆られたものではなく、精密な機械のような、静かで冷たい決断だった。

冷たい空気が肺に染み渡る。

視線を写真から外し、目の前の壁を見つめた。

壁の模様を一つ一つ辿った。

私たちの十五年は、一体何だったのだろう。

純粋な愛は、幻だったのか。

私が犠牲にしてきたものは、全て無意味だったのか。

疑問だけが、静かに胸の奥に積もっていく。

私は動いた。

向かったのは市役所だった。

市役所の窓口は、平日の昼間でも人が多かった。

私は順番を待ち、呼ばれるとまっすぐにカウンターへ向かった。

「あの、氏の変更をお願いしたいのですが」

私の言葉に、窓口の職員は少し驚いた表情を見せた。

鈴木琴という名前は、一部では知られている。

宏明の妻として、私は彼の会社の会合やパーティーに顔を出すことが多かったからだ。

「お客様、ご結婚されているようですが……」

職員は戸惑いながら言った。

「ええ。離婚の予定はありません。ただ、氏を旧姓に戻したいのです」

私は淡々と答えた。

職員はさらに驚き、「何か特別なご事情が?」と尋ねた。

「新しい人生を歩むためです」

私の言葉に、職員はそれ以上追及しなかった。

彼女は書類を差し出し、必要事項を記入するよう促した。

私は迷わず「小野田琴」と記入した。

小野田。

それは私の旧姓だった。

忘れかけていた、私自身の名前。

職員は私の運転免許証とパスポートを確認し、「旧姓は小野田様で間違いありませんね」と言った。

「はい。私は、小野田琴です。鈴木琴ではありません」

私はきっぱりと告げた。

彼女は「手続きには一週間ほどかかります」と説明した。

「承知いたしました。一日も早くお願いします」

私は強く依頼した。

職員は恐縮しながら、「最大限に努力します」と答えた。

窓口を後にする時、私はまるで新しい自分に生まれ変わったかのような、不思議な感覚に包まれた。

新しい名前が、私の未来を示すかのように、心の中で静かに響いた。

それは、過去との決別であり、未来への誓いだった。

私はもう、誰かの付属物ではない。

小野田琴。

それが、私だ。

その足で、私は中根綾乃の弁護士事務所へと向かった。綾乃は、私の数少ない、本当の友人だった。

「琴、どうしたの?顔色が悪いわよ」

綾乃は私の様子を見て、すぐに尋ねた。

私は、スマートフォンの画面を彼女に見せた。杏梨から送られてきた写真とメッセージの数々。

綾乃の顔から表情が消えた。彼女は全てをスクロールし終えると、深いため息をついた。

「……いつから?」

「分からない。でも、彼女は妊娠している」

綾乃はしばらく黙っていたが、やがて静かに口を開いた。

「琴。あなたがどうしたいか、聞かせて」

私は綾乃の目を見た。

「全てを奪いたいわけじゃない。でも、何も残さずに消えたい。彼の前から、この社会から、私という存在そのものを、完全に消し去りたい」

綾乃は私の目をじっと見つめ、それからゆっくりと頷いた。

「分かったわ。協力する。幸い、あなたは賢い。そして彼は、愚かだ」

彼女は引き出しから一枚の書類を取り出し、私の前に差し出した。離婚届だった。

「でも琴、忘れないで。復讐は目的じゃない。あなたの再生こそが、目的よ」

私は黙って頷いた。

数日後、私は新しい運転免許証を受け取った。

そこに記された「小野田琴」の文字は、私に確かな自由を与えた。

私は古い免許証をしばらく眺めた。

そこには「鈴木琴」と記されていた。

宏明と初めて出会った頃の、希望に満ちた私の顔写真がそこにあった。

その写真は、もう私ではない。

私はその写真を丁寧にしまい込んだ。

思い出としてではなく、二度と戻らない過去の証として。

その日の夜、リビングのテレビでは、宏明がビジネス番組に出演していた。

「IT業界の寵児」として紹介される彼は、いつものように自信に満ちた表情で語っていた。

「私の成功の陰には、常に最愛の妻、琴がいます。彼女のサポートがなければ、今の私はいなかったでしょう」

彼はそう言って、カメラに向かって微笑んだ。

その笑顔は、かつて私だけに見せてくれた、愛に満ちたものだったはずだ。

周りのパネリストたちは、「鈴木社長は本当に愛妻家ですね」「こんな素敵な奥様がいらっしゃるなんて羨ましい」と口々に称賛した。

「琴は私の人生の羅針盤であり、私の帰る場所です。彼女がいるからこそ、私は安心して仕事に打ち込めます」

彼の言葉は、まるで耳元で囁かれているかのように聞こえた。

テレビ画面の中の宏明は、まるで完璧な夫を演じる俳優のようだった。

私はテレビの音量を下げた。

彼の言葉は、私の心を全く揺さぶらなかった。

彼の口から紡ぎ出される「愛」という言葉は、今や空虚な響きを持つ、意味のない音の羅列に過ぎなかった。

それはまるで、遠い星の光のように。

私には関係のない、過去の残像だった。

翌日、私は都心から少し離れた小さなゴールドショップへ向かった。

人通りの少ない裏通りにある、目立たない店だった。

私はそこへ入った。

「あの、指輪を溶かして、金塊にしてもらいたいのですが」

私はカウンターの老紳士に静かに言った。

私の手には、二つの指輪があった。

一つは私自身の結婚指輪、もう一つは宏明の指輪だった。

彼の指輪は、昨日、彼がシャワーを浴びている間に寝室から持ち出したものだ。

老紳士は私の手元を見て、皺の寄った顔に驚きの色を浮かべた。

「奥様、これは……結婚指輪でございますね。大変高価なものです。本当に溶かしてしまわれるので?」

彼は丁寧に尋ねた。

「はい。お願いします。原型を留めない形で」

私の声は、感情を全く含んでいなかった。

老紳士は私の真剣な眼差しを見て、それ以上は何も言わなかった。

彼は指輪を慎重に受け取ると、奥の作業場へ消えていった。

炉の炎が燃え盛る音が、微かに聞こえる。

心臓が、静かに脈打つ。

それは後悔でも悲しみでもなかった。

ただ、何かが終わりを告げている。

そんな感覚だった。

数分後、老紳士は小さな木箱を持って戻ってきた。

中には、まだ熱を帯びた、いびつな金塊が収められていた。

かつて、私たちの愛の誓いを象徴していた二つの指輪は、原型を全く留めていなかった。

ただの、無機質な金の塊になっていた。

私はその金塊をじっと見つめた。

そこには、何の感情も湧き起こらなかった。

ただ、「これでいい」という静かな納得感だけがあった。

老紳士に礼を言い、店を出る時、私はこの金塊をどう使うか、すでに決めていた。宏明への最後の置き土産にしよう。

私は代金を支払い、店を後にした。

その夜、宏明はいつものように帰宅した。

リビングに入ると、彼は不機嫌そうな顔で私に近づいた。

「ただいま、琴。今日は遅くなってごめん。部長との会議が長引いてしまってね」

彼はそう言って、私の肩を抱こうとした。

私は身体を硬くした。

彼のスーツからは、甘ったるい女性の香水の匂いがした。

私の知っている杏梨の香水の匂いだった。

それは、彼の言葉の嘘を、無言で物語っていた。

「疲れているのかい?顔色が悪いよ」

彼は私の顔を覗き込んだ。

彼の指が、私の頬に触れた。

私は、その接触を拒絶するように、わずかに顔を背けた。

彼の指に残った杏梨の香水の匂いが、鼻腔を刺激する。

「どうかしたのかい?」

宏明は少し不満そうな顔で言った。

彼の背後には、彼のシャツに付着した、長い黒い髪の毛が一本見えた。

杏梨の髪の色だった。

私の髪は、短く切り揃えられている。

「あなたは、一体誰と寝てきたの?」

その言葉が喉まで出かかった。

しかし、私はそれを飲み込んだ。

問い詰める意味は、もはや無かった。

問い詰めて、謝罪させて、表面的な平和を取り戻す。そんなことを繰り返すために、私はここにいるんじゃない。

今の私がすべきことは、彼に悟られないこと。水面下で、全てを動かすことだ。

彼は、私の質問には答えないだろう。

あるいは、私を愚弄するような嘘をつくのだろう。

どちらにしても、私にはもう関係のないことだった。

私は静かに、彼の背中の髪の毛を見つめた。

私の心は、すでに彼から遠く離れていた。

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