田舎から引き取られた私は、園田家で継母や義兄たちに虐げられ、妹の引き立て役としてゴミのように扱われていた。 ある日、妹の身代わりとして、奇病で余命わずかと噂される永山家の当主と結婚するよう強要された。 「お前みたいな何の価値もない女、それくらいしか使い道がないんだからな」 前世の私は絶望して言いなりになり、家族に利用され尽くした挙句、用済みとして冷たい倉庫へ引きずり込まれた。 そして夫の死後、他でもない妹の指示によって無残に殺されたのだ。 私から全てを奪い、私の不幸の上に安寧を築いた彼らを絶対に許さない。私が味わった以上の地獄を必ず見せてやる。 九度目の輪廻で目を覚ました私は、身代わり結婚をあっさりと承諾した。ただし、家族との法的な完全な縁切りと、莫大な結納品を全て持ち去ることを条件にして。
「千代、いつまでぼーっとしているの。永山家への身代わりの件よ」
苛立ちを隠そうともしない鋭い声が、藤井千代の意識を現実へと引き戻した。
割れるような頭痛。視界に飛び込んできたのは、冷たく輝く豪奢なシャンデリアと、自分を見下ろす家族たちの冷淡な視線だった。
(……ここは、園田家のリビング)
前世で一度だけ見た光景。前世でこの家族に裏切られ、利用され尽くし、惨めに殺された記憶が、冷たい濁流となって脳裏を駆け巡る。胃の奥がひりつき、指先が凍りついたように冷えていく。
だが、その瞬間――母から受け継いだ古の医族の血が、蘇った魂の中で静かに目を覚ました。長い眠りについていた医術の記憶が次々とよみがえり、血の奥底で、治癒の力が微かに脈打ち始める。
豪奢なソファの上では、異母妹の園田莉奈が肩を震わせて泣いている。母が死んでから、この家に引き取られた。だが、そこに千代の居場所など最初からなかった。
「お姉様、ごめんなさい……でも私、余命幾ばくもない方と結婚なんて……怖くて」
「莉奈を責めるな! お前が行けば済む話だろうが!」
直輝が怒鳴りつける。
ああ、またこれだ。いつもの茶番劇。
千代は黙ったまま、かつて自分を地獄へと突き落とした者たちの顔を、静かに見つめた。
支配的な視線で見下ろす継母の園田佳子。か弱さを演じながら欲望を隠さない妹の莉奈。妹を盲目的に甘やかす兄の直輝。そして、嘲笑を浮かべてこちらへ歩み寄ってくる、もう一人の兄――園田彰人。
「おい、莉奈の代わりに嫁に行けるんだから光栄だと思えよ。お前みたいな何の価値もない女、それくらいしか使い道がないんだからな」
彼らは疑いすらしていない。田舎から引き取られたばかりの無力な娘が、自分たちに逆らえるはずなどないと。この沈黙も、恐怖で怯えているだけなのだと。
(前世なら、私はきっと逆上して抗弁し、抵抗したに違いない。そして彼らに無理やり薬を飲まされ、服を剥ぎ取られて写真を撮られ、その写真と動画で脅された――代わりに嫁がなければ、ネット中に晒して私を破滅させると)
だが、今世は違う。
佳子が高圧的な声で、決定打を突きつけてきた。
「これは決定事項よ。拒否するなら勘当して、今すぐこの家から叩き出すわよ。行く当てなんてないでしょう?」
その言葉を聞いた瞬間、千代の口元がふっと微かに緩んだ。
場違いなほど穏やかな笑みに、家族全員が息をのむ。莉奈の嘘泣きさえ、ぴたりと止まった。
「わかりました。その結婚、お受けします」
静かに、けれど凛と響く声だった。
あっさりと承諾するとは思いもしなかったのだろう。佳子も兄たちも、信じられないものを見るような目を千代に向けている。
「ただし、条件があります」
千代は怯むことなく言葉を重ねた。
「今日この日をもって、私――藤井千代と園田家の縁を完全に切ること。法的に、です」
「なっ……何を馬鹿なことを!」
彰人が声を荒らげる。だが佳子は、打算的な光を瞳に宿らせて千代を冷たく見据えていた。永山家との縁組さえ成立するなら、この厄介払いはむしろ好都合なのではないか、と。
その胸の内を冷静に見透かしながら、千代は視線を莉奈へと滑らせた。
「莉奈、よかったわね。これであなたは病弱な婚約者から逃れられる。私は永山家という新たな後ろ盾を得る。お互いにウィンウィンじゃない」
「お、お姉様のためを思って……」
言い募ろうとする莉奈の言葉を、千代の射抜くような眼差しが遮る。蛇に睨まれた蛙のように、莉奈は喉を詰まらせて言葉を失った。
千代はポケットの中で、スマートフォンのひやりとした感触を確かめた。この不毛な会話が始まった瞬間から、ボイスレコーダーアプリは確実に作動している。
佳子は苛立たしげに舌打ちをすると、条件を突き返してきた。
「いいでしょう。そこまで縁を切りたいなら切ってあげるわ。ただし、結婚式がすべて無事に終わってからよ」
「いいえ」
千代は一歩も引かなかった。
「今、この場で弁護士を呼んで念書を作成していただきます。それができなければ、この結婚の話は白紙に戻します」
「……っ!」
予想外の強硬な態度に、佳子はぎりっと奥歯を噛みしめた。だが、日本有数の財閥である永山家との縁談を逃すわけにはいかない。その焦燥が、隠しきれずに顔に出ていた。
千代はとどめを刺すように、冷ややかに告げる。
「ご決断を。さもなければ、この『身代わり結婚の強要』の話……永山家の方々が耳にしたら、どう思われるかしら?」
ポケットの中で、千代は録音停止ボタンを押し、ファイルを保存した。表情には微塵の動揺も浮かべない。
佳子の顔が屈辱と悔しさで歪み、やがて忌々しそうに吐き捨てた。
「……わかったわよ。執事! 今すぐ弁護士を呼びなさい!」
ヒステリックな金切り声がリビングに響き渡る。
千代の唇に、誰にも気づかれないほど微かな、冷たい笑みが浮かんだ。
復讐の第一歩は、完璧に踏み出されたのだ。
目の前で、莉奈が得体の知れない恐怖と激しい苛立ちに震えながら、爪が食い込むほど強くソファのクッションを握りしめていた。
輪廻の花嫁:冷酷な御曹司に求められて
花村 詩織
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