さよなら契約、涙のオフィス
“彼女は上司のオフィスの前に立ち,手には法務部から急かされている契約書を握っていた. いつもの癖で,そのまま扉を押し開けて入ろうとする. 社内の誰もが二人の関係を知っており,形ばかりの礼儀など必要なかった. だが今日に限って,指先は扉の板にかかったまましばし止まり,結局は軽くノックしてしまった. 中からは衣擦れの音と,女の甘い笑い声が混じって聞こえてくる. 胸の奥がぎゅっと縮む.けれど,押し開ける動作はもう止められなかった. 目に飛び込んできた光景は,まるで頭から氷水を浴びせられたようだった. 上司はデスクにもたれ,女はほとんど身体を預けるように胸元に寄り添っている. 細い指が彼のネクタイを直しており,床から天井までの窓から差し込む陽光が二人を包み込み,親密さを際立たせていた. 「......その,書類が......」声は喉に詰まり,かすれる. 二人は同時に振り返った.”