あのイチゴが壊した十年

あのイチゴが壊した十年

田中 翔太

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「真優がいないと無理だ」 そう言って私を引き止めた幼馴染の彼は、 転校生の前では、私のケーキからイチゴを奪い、 階段から落ちた私を一瞥もせずに追い出した。 だから私は、彼の人生から完全に姿を消すことにした。 東大も、約束も、すべて捨てて——

あのイチゴが壊した十年 第1章

「真優がいないと無理だ」

そう言って私を引き止めた幼馴染の彼は、

転校生の前では、私のケーキからイチゴを奪い、

階段から落ちた私を一瞥もせずに追い出した。

だから私は、彼の人生から完全に姿を消すことにした。

東大も、約束も、すべて捨てて——

これは、クズ彼氏に振り回された私が、

本当の幸せを見つけるまでの再生の物語です。

第1章

―― 杉原真優 ――

あのショートケーキのイチゴが、私たちの十年間のすべてを終わらせた。

陸斗は、私が一番好きなそれを、何の迷いもなく、天野萌花の口に入れた。

その瞬間、胸の奥で何かが砕ける音がした。

私と滝口陸斗は、誰もが認める幼馴染カップルだった。幼稚園からの付き合いで、互いの良さも欠点も知り尽くしていた。陸斗は学校一のイケメンで、背が高く、いつも黒いマウンテンパーカーを着ていた。クールな見た目とは裏腹に、私にだけは特別だった。彼の行動、言葉、視線、そのすべてが私に向けられていた。

私たちは東京大学への進学を約束し、将来の夢も共有していた。

陸斗はいつも私の手を取り、こう言った。

「真優がいない未来なんて、考えられない」

その言葉を、私は心の底から信じていた。

彼の存在は、私の日常そのものだった。

永遠に続くと思っていた。

私たちの家は隣同士だった。子供の頃から、窓を開ければ互いの部屋が見える距離。壁が薄いせいで、夜遅くに彼が電話をする声さえ聞こえてくる——それが、かつては私の安心だった。

高校三年生の春、天野萌花が転校してきた。

彼女は小柄で、栗色の髪が肩で揺れる可愛らしい子だった。担任の先生は、何かと戸惑いがちな萌花の世話を陸斗に任せた。

「滝口くんは面倒見がいいから、天野さんのことを頼むね」

陸斗は明らかに不満そうな顔をした。

「俺がですか?」

そう言って渋ったものの、担任は聞く耳を持たなかった。教室の隅で縮こまっている萌花を見て、陸斗は仕方なく引き受けた。

最初のうちは、陸斗も義務的に接しているだけに見えた。必要な書類の場所を教えたり、授業の進み具合を説明したり。放課後は、私と陸斗が変わらず一緒に帰り、萌花はいつも少し離れた場所で私たちを見送っていた。

だが、私は気づいていた。萌花が陸斗を見る目に、どこか熱のこもったものが混じり始めていることに。そして何より——彼女が私を見るたび、一瞬だけ目に浮かぶ、あの澱んだ感情を。幼い頃からずっと陸斗の隣に居座る私に対して、萌花はある種の焦りと嫉妬を抱いているように見えた。『幼馴染』という、彼女には決して侵せない絶対的な安心感——それが、彼女にとっては耐え難い枷だったのだろう。

少しずつ変わっていった。

萌花は陸斗の隣にいる時間が増えた。休み時間には質問をし、放課後には「一緒に残って勉強しない?」と誘う。陸斗は面倒くさそうにしていたが、断ることはなかった。

気づけば、陸斗の視線は萌花に向かうことが増えていた。私が隣にいても。

ある日、私が「今日の塾、早く行かないと遅れるよ」と声をかけた。

「萌花が食べたいって言うから」

陸斗はそう言って、行列の絶えない人気スイーツ店へ向かった。私と行く約束をしていた塾を、萌花のためにサボったのだ。

私のことなど、まるで存在しないかのように。

夜中、壁一枚隔てた隣の家から、陸斗がリビングで萌花と長電話をしているのが聞こえた。壁越しに漏れる彼の笑い声。隠そうともしていなかった。かつては私と交わしていた夜の電話が、今は別の女に向けられている。

布団の中で、冷たい孤独を噛みしめた。

不安に耐えかねて、私は何度も別れを切り出した。

「私たち、もう終わりにしよう」

最初にそう告げた時、陸斗は雨の中で土下座して私を引き止めた。

「真優がいないと俺はダメだ。本当にごめん」

泣きながら謝る彼を、私は信じた。もう一度やり直せると思った。

二度目に別れを切り出した時も、彼は私の好きな花束を抱えてきた。「もう二度と不安にさせないから」。その言葉に、また安心してしまった。

陸斗は、私がどんなに傷ついても結局は戻ってくると、どこかで思い込んでいたのだろう。

三度目に「もう終わりだね」と言った時、彼はこう返した。

「またか」

まるで聞き慣れた冗談のように。

私の心は、その瞬間に完全に冷え切った。

決定的な出来事は、受験終わりの打ち上げだった。

クラス全員で居酒屋に集まり、賑やかな空気に包まれていた。私は陸斗の隣に座り、萌花は向かい側。デザートが運ばれてきて、ショートケーキが一人一つずつ配られた。

私は無意識に、自分のケーキのイチゴを最後に残した。昔からの食べ方だった。

陸斗は隣で、萌花と楽しそうに話している。二人の会話は、もはや私には届かない場所で交わされているようだった。

突然、陸斗のフォークが伸びてきて、私のケーキからイチゴをすくい取った。

一瞬、彼が私の口元に運んでくれるのかと思った。

だが、フォークはまっすぐ萌花の方へ。

萌花は少し戸惑った表情を見せたあと、嬉しそうに笑った。

「ありがとう、陸斗くん!」

陸斗も満足そうに笑っている。

息ができなかった。

私が一番好きなもの。彼が知っていたはずの、私のささやかな喜び。それを、私のケーキから奪い、何の躊躇もなく他人に与えた。

周りのクラスメイトたちも、一瞬ざわついた。誰かが「えっ……」と小さく声を漏らす。私と陸斗が幼馴染カップルだと、誰もが知っていたからだ。しかし、すぐに場の空気が二人を包み、誰も口を出さなかった。

私は静かに席を立った。

「別れよう、陸斗」

声は、居酒屋の喧騒にかき消されるほど小さかった。それでも陸斗は聞き取ったらしい。顔を上げて私を見た。驚きはなかった。

「またかよ、真優。お前、本当に面倒くさいな」

彼はそう言い放ち、いつもの"メンヘラ"扱いで片付けた。

「数日すれば、いつも通り戻ってくるだろ」

その顔には、傲慢なまでの余裕が浮かんでいた。私は何も言わず、店を出た。

冷たい夜道を一人で歩いて帰った。もう、彼に何を言っても無駄だった。

私の心は完全に死んだ。

彼の言葉、態度、選択。そのすべてが、私という存在を否定していた。彼のために頑張ってきた東大への進学も、もはや意味をなさない。

私は、東大と併願していた九州大学への進学を決めた。

彼と同じ場所にいたら、きっともっと苦しむ。彼の人生から、完全に姿を消したかった。

数日後、陸斗の家に荷物を返しに行った。

二人の思い出の品々。アルバム、彼からもらった手紙、ペアリング。それらを丁寧に箱に詰めた。もう、見る必要はない。

インターホンを押すと、ドアを開けたのは萌花だった。

彼女は、少し大きめのパジャマを着ていた。

そのパジャマは、私が陸斗にプレゼントした限定品のTシャツだった。

何度欲しいと言っても、陸斗は「これは俺の宝物だから」と言って決して私に着させてくれなかった、あのTシャツ。萌花は今、それを当たり前のように身に着けている。

心臓が凍りつくのを感じた。

「あれ、真優ちゃん? どうしたの?」

萌花は首を傾げた。その顔には、隠しきれない優越感が浮かんでいた。

「これ、陸斗の荷物。返しに来ただけ」

私は冷静を装い、箱を差し出した。

「え? あ、うん。陸斗くん、今朝からずっと真優ちゃんの話してたんだよ。ねぇ、真優ちゃん、陸斗くんがこれ、もういらないって——」

萌花はわざとらしくTシャツの裾を引っ張った。私の胸が締めつけられる。

その時、奥から陸斗が出てきた。

私の顔を見るなり、眉をひそめる。

「また騒ぎに来たのか、真優。もう終わった話だろ」

冷たい声だった。まるで私が未練で来たかのように。

「もうあなたに用はない。荷物を返しに来ただけ」

言い終わらないうちに、萌花が突然、私の持っていた箱にぶつかった。

「きゃっ!」

箱が床に散らばる。写真や手紙が飛び出した。

その拍子に萌花がバランスを崩し、階段の手すりにぶつかる。私も巻き込まれ、階段から転げ落ちた。

頭を強く打ち、視界が歪む。痛みで息ができない。

陸斗は真っ先に萌花を抱きしめた。

「萌花! 大丈夫か、萌花!」

彼は萌花だけを心配し、私の方を一瞥もせずに言った。

「真優、早く帰れ。二度と俺たちの前に現れるな」

その瞬間、陸斗への未練は、音もなく完全に断ち切れた。

散らばった荷物には目もくれず、玄関を出た。

私はその足で携帯ショップに向かい、スマートフォンの番号を変えた。LINEのアカウントも削除した。陸斗——そして萌花——と繋がるすべての連絡手段を、この日、完全に断ち切った。

もう、彼の人生から完全に姿を消す。

彼の言葉は、私にとって完全に無意味になっていた。

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