アルファの偽りの番、オメガの静かなる戦い

アルファの偽りの番、オメガの静かなる戦い

水無月 ほのか

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私は最下層のオメガ。けれど、月の女神様自らが、私こそがアルファであるカイネ様の「運命の番」だと告げた。 一年もの間、私たちの愛はおとぎ話そのものだと信じきっていた。 そしてこの八ヶ月間、私のお腹の中には、彼の息子であり、世継ぎとなる子が宿っていると、そう思っていた。 あの日、あの羊皮紙を見つけるまでは。 私と出会う一年も前に、彼は自ら世継ぎを成せぬ身体になるための、血の儀式を執り行っていた。 すべては、別の女のために。 私が宝物のように大切にしていた恋物語は、すべてが嘘だった。 彼と彼の戦士たちは、私のお腹の子の父親が誰なのか、賭けの対象にしていた。 彼らは、凍えるような寒い夜には、私を慰みものにして笑っていた。 彼は私に薬を盛り、彼の真実の愛する人、セイラに、楽しみのために私の膨らんだお腹を蹴らせた。 そして、意識を失った私の体を、褒美として部下たちに与えた。 私の運命の恋、約束されたはずの未来。 それは、彼らが楽しむためだけに弄んだ、吐き気のするような、歪んだゲームに過ぎなかった。 踏みにじられ、心も体もズタズタに引き裂かれ、横たわる私の心は、ただ壊れただけではなかった。 砕け散り、氷のように凍てついた。 だから私は、禁忌の薬草を飲み干した。私の中に宿る命を、この手で終わらせるために。 これは、絶望からくる行動ではない。 私の戦争の、始まりの合図だった。

第1章

私は最下層のオメガ。けれど、月の女神様自らが、私こそがアルファであるカイネ様の「運命の番」だと告げた。

一年もの間、私たちの愛はおとぎ話そのものだと信じきっていた。

そしてこの八ヶ月間、私のお腹の中には、彼の息子であり、世継ぎとなる子が宿っていると、そう思っていた。

あの日、あの羊皮紙を見つけるまでは。

私と出会う一年も前に、彼は自ら世継ぎを成せぬ身体になるための、血の儀式を執り行っていた。

すべては、別の女のために。

私が宝物のように大切にしていた恋物語は、すべてが嘘だった。

彼と彼の戦士たちは、私のお腹の子の父親が誰なのか、賭けの対象にしていた。

彼らは、凍えるような寒い夜には、私を慰みものにして笑っていた。

彼は私に薬を盛り、彼の真実の愛する人、セイラに、楽しみのために私の膨らんだお腹を蹴らせた。

そして、意識を失った私の体を、褒美として部下たちに与えた。

私の運命の恋、約束されたはずの未来。

それは、彼らが楽しむためだけに弄んだ、吐き気のするような、歪んだゲームに過ぎなかった。

踏みにじられ、心も体もズタズタに引き裂かれ、横たわる私の心は、ただ壊れただけではなかった。

砕け散り、氷のように凍てついた。

だから私は、禁忌の薬草を飲み干した。私の中に宿る命を、この手で終わらせるために。

これは、絶望からくる行動ではない。

私の戦争の、始まりの合図だった。

第1章

エララ POV:

震える指先の下で、古い羊皮紙が脆く乾いた感触を伝えてくる。インクは、乾いた血のような色にまで褪せていた。

それは、アルファ・カイネの私室の書斎机、その隠し底にしまい込まれていた。城の使用人たちが彼の癇癪を恐れるあまり、私が掃除を申し出なければ、決して見つけることのなかった場所。

私の目は、群れの呪術師が書いたであろう、優雅で細長い文字を追った。

「血の契約の儀式。黒月の群れのアルファ・カイネに執行。月の女神の気まぐれより彼の血統を断絶させ、その生命の本質を、彼が選びし者、セイラに結びつけるため。執行より一年経過。追伸:儀式の副作用として、アルファは子を成せぬ身体となる」

文字が目の前で滲み、意味を結ぼうとしない。

まるで凍った湖に突き落とされたかのような、全身の血の気が引いていく強烈な悪寒が私を襲った。

私の手は無意識に、自分のお腹へと伸びる。

そこには、私たちの子――彼の子が、八ヶ月もの間、育っていた。

膨らんだお腹の重みは、私たちが共に歩むと信じていた未来を、絶えず思い出させるものだった。

彼の番、彼のルナとしての未来を。

月の女神様ご自身が、そうお命じになったのだ。

一年半前、初めて彼に会った瞬間、私の世界は根底から覆された。

彼の香り――嵐が吹き荒れる針葉樹林と、湿った土の匂い――が、私の魂そのものを呼び覚ました。

心臓は肋骨を激しく打ち鳴らし、私がずっと理解できずにいた内なる狼が、ただ一言、独占欲に満ちた言葉を叫んだのだ。

「私のもの」

彼もまた、それを感じていた。彼の瞳を見ればわかった。

彼はアルファで、私は最下層のオメガ。けれど、女神様の意志は絶対だった。

彼は私を受け入れ、私に印を刻んだ。

だが、この羊皮紙は……この羊皮紙は、彼が一年も前に、子を成せぬ身体になったと告げている。

私と出会うよりも前に。セイラのために。

パニックが喉を締め上げる。

これは間違いだ。何かの誤解だ。

彼に聞かなければ。これが嘘だと彼が告げるときの、その顔を見なければ。

私は羊皮紙を机の上に置いたまま、書斎を飛び出した。

裸足の足が、ゴシック様式の城の冷たい石の床を音もなく駆ける。

古代の狼の戦いを描いた重厚なタペストリーが、まるで私を見ているかのようだった。その織り込まれた瞳は、非難に満ちているように見えた。

私は大広間へと急いだ。カイネが最も信頼する戦士たちと評議を開く、あの部屋へ。

巨大な樫の扉は閉ざされていたが、中から低い声と笑い声が響いてくるのが聞こえた。

いつもなら私を安心させてくれるその音が、今は胸をえぐるような不吉な予感で私を満たしていた。

冷たい木製の扉に、耳を押し当てる。

「……まだ気づいてないとは信じられんな」ベータであるカラスバ、カイネの右腕の声が響いた。「八ヶ月にもなって、まだ腹の子がお前のガキだと思ってるんだからな、アルファ」

残酷な笑いの波が続いた。

「セイラ様のために純潔を誓ったんだからな」別の戦士が口を挟んだ。「だが女神様は、呪いのように番をお与えになった。まあ、せめてもの慰みにはなったわけだ。忠実な部下たちが寒い夜を分かち合う、温かい寝床としてな」

全身の血が氷に変わった。胸の中で息が詰まる。

違う。そんなはずはない。

その時、カイネの声が聞こえた。軍隊を指揮し、私の魂を慰めることもできた、あの声が。

だが、今のその声に温かみはなかった。冷たく、硬い残酷さだけがあった。

「好きに信じさせておけ」彼が唸るように言った。分厚い扉越しにさえ、彼のアルファの命令――絶対服従命令――のかすかな圧力を感じる。それはすべてのアルファが持つ生来の力で、下位の狼が魔法のように逆らえなくなる声の命令だ。「所詮はオメガだ。何ができる?たとえ真実を知ったところで、私生児を孕んだ価値のないオメガに、ここで何の力もない」

新たな爆笑の波が扉に叩きつけられ、その振動が骨の髄まで響くのを感じた。

「そのガキの父親が俺である方に、100万賭けよう」カラスバが、闇に満ちた愉悦の声で宣言した。「このゲームを始めたのは、何を隠そうこの俺だからな」

「その賭け、乗った!」リュウセイという別の戦士が叫んだ。「俺が一番、回数重ねてるんだからな!」

吐き気を催すような思考が、テレパシーの囁きが、私の意識の端に滑り込んできた。

部屋にいる他の戦士たちに向けた、カラスバからの念話だった。

念話は、狩りや戦いで群れを一つにするための神聖な繋がりのはずだった。

彼らはそれを、酒場のゴシップのように使っていた。

「先月は三回試したぜ」カラスバの精神的な声が、誇らしげに自慢した。「蜜と絶望の味がする。たまらないぜ」

私の中で、何かが砕け散った。

私が人生を懸けて築き上げてきた、美しく運命づけられた恋物語が、塵と灰になって崩れ落ちていく。

すべてが嘘だったのだ。

愛情のこもった眼差しも、優しい愛撫も、群れのアルファとルナとして共に歩む未来の約束も。

すべてが、吐き気のするような、歪んだゲームだった。

私は扉からよろめきながら後ずさる。声にならない悲鳴が喉に詰まる。

逃げなければ。

「待て」

カイネの命令のかすかな響きが、私の気配を感じ取った彼の反射的な思考として、心をかすめた。

だが初めて、その命令には力がなかった。

それは盾となって立ち塞がるのではなく、ただの潮流だった。

純粋で、圧倒的な心痛と裏切りの奔流が、彼の命令をまるで無かったかのように洗い流していく。

私が決して知ることのなかった内なる強さが、魂が砕かれるその瞬間に、生まれたのだ。

私は向きを変え、逃げ出した。どこへ向かっているのかもわからず、ただこの息の詰まる城壁から逃れなければならないということだけを理解していた。

肺が焼けつくように痛み、足がもつれて動かなくなるまで走り続け、群れの縄張りの端にある暗い森の中で、私は崩れ落ちた。

永遠とも思える時間が過ぎた後、冷たい静寂が私を包み込んだ。

涙は止まり、震えも収まった。

そこにはただ、かつて私の心臓があった場所に、空虚な空間が広がっているだけだった。

私は、自分が何をすべきかわかっていた。

私は、カイネが禁断の魔術を使ったとして追放した、年老いた巫女の小屋を見つけ出した。

彼女は私の膨らんだお腹と、死んだような私の目を見て、何も問わなかった。

「月影草が欲しい」私は平坦で感情のない声で言った。

彼女はゆっくりと頷き、その古びた瞳に哀れみの光を宿した。「痛むだろう。そして、もう後戻りはできない」

「それでいい」私は言った。

ハーブの入った小さな黒い袋を手に握りしめ、私は城へと、アルファと共有していた豪華なスイートルームへと戻った。

だが、扉にたどり着いた時、何かがおかしいことに気づいた。

血の結界――住人の生命力に紐付けられた魔法の錠――の、複雑な銀の線が変わっていた。

私の血の印が、消えていた。

私が触れる前に、扉がひとりでに開いた。

そこに立っていたのは、セイラだった。彼の最愛の義理の妹。

彼女は、きらめく銀色のガウンを身につけていた。

それは、私のため、子供が生まれた後の私のルナの叙任式のために仕立てられたものだった。

彼女の後ろの影の中に、カイネが立っていた。その顔は、冷たい無関心という、読み取れない仮面で覆われていた。

「防御の結界は更新した」彼の声には、いかなる感情もなかった。「結界は今、セイラの血統に紐付けられている。ここが、これからは彼女の家だ」

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