愛を諦めたあの日、彼はまだ私を手放していなかった
シャツの裾をぎゅっと掴む白く細い指先
うし
せ、咄嗟に嘘をつ
るかどうかも分からない。明
「さっき薬を飲んだから……
は、明澄の顔が明暗を帯びて自分
に陰を落とし、熱のせいで白い肌はうっすらと赤
奥が、ふと
部屋の扉を開けると、そのまま
せいか、全身がべたついて気持ち悪い。髪まで湿ってしまっ
」それは、遠回しな
らすのが当たり前で、彼女の狭いマン
…あ
た。むしろ手を伸ばしてネクタイを緩め、
そうになって、一瞬、肺が空っぽにな
ういうこと考えてるの!?どうかし
るようにして、黒い瞳で
うで、明澄の心臓はばく
でじっと見つめられる
他の誰とも
いて――まるで、今の自分が何も身に着
みしめて言った。「
手をする余裕なんて
んだから、そんな関係になる
曇らせていた。その眼差しの奥には、熱を
につきながら、明澄の耳元へと顔を近づけた。低く抑
妙に色っぽく、空気まで湿
、誠司はようやく満足そうに身
でに熱く火照っていた。ぜんぶ、あの人のせい
て、ふと彼女に目をやると、
が、少し意
湿った状態など、とても我慢できるものではなかっ
―目の前がふっと揺れて、視界がぼやけ
支え、そしてそのまま何のためらい
鼻先をくすぐる。鼓動が急に速くなって、
そっと座らせた――と思ったら、すぐに手を伸ばし
を進めた。書類のチェックでもするように、彼女
、その感触が触れるたびに、明
らめたまま、彼を睨むようにして叫ぶ。
誠司は口の端を緩め、気だるげな口調で言っ
澄の耳の先まで
ルームまで彼女を抱きかかえ、身体を洗ってくれたことが
誠司と浴槽がセットで頭に浮
り払い、深く息を吸い込んだ。そして彼を押し
れ以上茶化すことなく素
ンと扉の閉ま
ていた。バスローブを身につけてドアを開けた瞬間、そこにま
まま寝支度を整えようとした。だが、次の瞬間、誠司に腰をつか
ままで寝
ほどくと、無造作にドライヤ
るのは、浴室で髪を濡らした男の姿。濡れた黒髪が額にかかる宴は、どこ
鼻の奥に入り込み、胸の
い。もしも、もう一歩踏み込んでしまった
鏡越しにそっと彼を見て、小さ
ろに立っていた。二人の距
女を見つめた。その目元には、どこかいたずらっぽい
むせそうになった。大きく見開いた美
の気持ちを示してこなかった
もうすぐ離
滲み、鼻先にも淡い紅が宿る。そんな姿
は突如として明澄の顎を指で捉え、彼女の顔をこちらに向
いた。明澄はぽかんとしたまま動け
るような声で続ける。「世の中の男
あんな顔をされたら、どれだけの
見て、明澄は戸惑いを隠せなかった。咄
け、低く掠れた声が耳
は彼がキスをしてくると思い込んでいた。心臓は爆
で羽のようなやさしさで、彼女の額にくちづけを落とし
頬をつまみながら、しゃがれた
も真面目
明澄
、本気で
で、明澄は思わず眉をひそ
の優しさに酔わされてし
が震える。小さな振動が、甘やか
自ら身を引いて彼
話を取り、バルコ
を終えた彼は、何事もなかったかのよう
横たわり、毛布をぐる
はわかっていた。けれど
から小さな声が聞こえた。「出る
んと休
ノブに手をかけたその瞬間――ふと、もう一度だけ振り返った。ベ
静寂が戻ったとき。明澄はそっと、
痛みがあって――そこから、言葉にな
誠司が真に愛したのは
分には何
ない命を拠りどこ
いた妊娠検査の用紙を取り出し
ら、そう思った。わざわざ傷つきに
の病
た。影と光に縁取られた彼の横顔は、研ぎ澄まされた彫刻のように整
お兄ち
小林雪乃がか細い
ていて、やわらかく腰に沿うそのラインは、彼女の華奢な身体をい
そばへと歩み寄る。声も自然と穏
うに微笑んだ。「千代さんも、ちょっとした不調で大騒ぎする
誠司にとって“特別な存在”であることを
冷静な色しか浮かんでいなかった。「何か食べ
た後、少し間を置いておずおずと尋ねた。「今夜っ
でそう答え、腕時計に視線を落と
お兄ちゃん
腕を回してぎゅっと抱きつく。声は詰
そばにいて