神父の厳かな声が響く純白のチャペルで、新郎の高橋健太はマイクを通して私との結婚を拒否した。 彼は参列席にいる別の女を真実の愛だと呼び、家の利益だけの私を大勢のゲストの前でゴミのように捨てた。 実の両親や兄たちは私を「一族の恥」と罵り、偽りの涙を流す義妹の詩織を庇って、私に健太へ許しを請うよう強要した。 前世の私はここで泣き崩れ、その後家族に軟禁された挙句、暴力的な男に嫁がされ虐待の末に惨死した。 死の直前、すべては私の人生を奪おうとした詩織の巧妙な罠だったと知らされた。 なぜ実の家族は私を信じず、あんな嘘つきの妹ばかりを愛し、私を地獄へ突き落としたのか。 再び目を覚ますと、私はまさに健太に捨てられたあの屈辱の瞬間に戻っていた。 私は泣いてすがる代わりに冷たく微笑み、自ら婚約破棄を宣言した。 そして、彼より遥かに絶大な権力を持つ鷹司グループの当主、鷹司暁の前に歩み寄った。 「私のすべてを代償に、あなたの妻にしてください」 今世は、私を捨てた全員にその代償を払わせてやる。
重厚な樫の木で作られた婚礼控室の扉も、あの音を遮ることはできなかった。聖アンデレ教会の大パイプオルガンが木の繊維を震わせ、結婚行進曲が床板を伝って響いてくる。
中村静は床まで届く姿見の前に立っていた。鏡の中に映る自分を、ただじっと見つめていた。オートクチュールの桂由美が、真っ白なチュールの層で彼女の身体を包み込んでいた。
いつもは柔らかく、従順なその瞳が、わずかに揺れた。困惑の霧が一瞬で晴れ、代わりに冷たく澄んだ光が宿る。そのあまりの冷たさに、胸の奥が締めつけられた。
彼女は手入れの行き届いた爪を、手のひらの中心に深く食い込ませた。鋭く刺すような痛みが皮膚を裂く。息が詰まった。
自分は死んでいなかった。前世で彼女の心臓を止めたあの東京の大雪は、もうどこにもない。本当に戻ってきたのだ。あの日へ。
控室の扉が荒々しく開かれた。壁に激しくぶつかり、耳障りな音が響く。
高橋健太が飛び込んできた。携帯電話を強く握りしめ、顔は青ざめ、慌てふためいている。
彼は静を一瞥すらしなかった。黒いボウタイを乱暴に引きちぎる。追い詰められた時や嘘をつく時の彼の癖だった。
「行かなくちゃ」健太が早口でまくし立てた。声は張りつめている。「玲奈が撮影現場で……ワイヤーが切れて、足を骨折した。聖路加国際病院に運ばれた」
前世の静なら、彼に行くなと懇願しただろう。喉が裂けるほど泣きながら、タキシードの裾にしがみついたに違いない。
だが今、静はただ彼を見つめていた。氷の仮面をかぶったように、無表情だった。彼が慌てふためく様子を、哀れな道化師の手品でも見るかのように冷たく眺めていた。
健太が立ち止まった。彼女の沈黙が、異様に感じられたのだろう。眉をひそめ、一瞬の困惑が瞳をよぎったが、パニックがすぐにそれを押し流した。
「お前が出ていけ」彼は扉を指さして命じた。「週刊文春と女性自身の記者どもを適当にあしらえ。祖父の龍之介を落ち着かせろ。何か言い訳を考えろ」
「あとで埋め合わせをする」その空っぽの約束を肩越しに投げ捨て、彼はもう背を向けていた。教会の裏口へ向かって、迷いなく走り去っていく。
廊下から悲鳴が上がった。介添人たちが彼の名前を叫んでいる。健太の逃亡はすでに大混乱を引き起こしていた。
静はゆっくりと窓辺に歩み寄った。路地を見下ろすと、健太のシルバーのメルセデス・ベンツが駐車場を飛び出し、排気ガスの煙を引きずっていた。
冷たく嘲るような笑みが、彼女の唇の端に浮かんだ。
鋭いヒールの音が、開け放たれた扉の方から響いてきた。養妹である中村詩織が現れた。アイボリーのブライズメイドドレスをまとっているが、カスタムメイドの仕立てと、ボディスにあしらわれた過剰なほどのダイヤの装飾は、明らかに通常の介添人のものよりはるかに豪華だった。新婦を凌駕することを目的としながらも、露骨な妨害には見えないよう、巧妙に計算されたデザインだった。
詩織の顔は深い心配を装っていたが、その目に光る悪意は隠しきれていなかった。
「あら、静」詩織がわざと大きな声で嘆いた。廊下にいるブライズメイドたちに聞こえるように。「健太くんは友人思いなだけよ。彼を責められないわ」
静は振り返った。重いスカートをカーペットに引きずりながら、養妹と目を合わせた。その目は、割れた硝子のように鋭かった。
詩織が一歩後退した。説明のつかない寒気が背筋を這い上がる。
彼女は無理に笑みを作り、手を伸ばして静の腕を掴もうとした。「さあ、外に出てお客様にご挨拶しましょう。あなたが謝るのよ」
静はためらわず、手を振り抜いて詩織の手首を叩き払った。
乾いた鋭い音が響いた。
詩織が息を呑んだ。自分の手を胸に抱え込む。手の甲が真っ赤に腫れ上がっていた。涙が瞬時に目に溢れた。
彼女の母親である中村佳代子が、扉の前に集まった群衆を押し分けて入ってきた。詩織が泣いているのを見て、慌てて駆け寄る。
「一体何をやっているの!」佳代子が叫び、詩織を自分の後ろに引き寄せる。
佳代子は震える指を静の顔に突きつけた。「あんたがベッドで男を繋ぎ止めることもできないからって、中村家の株価が暴落するわけにはいかないのよ!」
「化粧を直しなさい」佳代子は荒い息で命じた。「大広間に出て、結婚式は延期だと発表しなさい。あんたのせいだって言うのよ」
前世の重圧が静の胸にのしかかる。しかし、生まれ変わった静は、ただ深く、底のない不条理さを感じるだけだった。
「結婚式は延期しません」静が言った。声は平坦で、母のまくし立てを断ち切った。
佳代子と詩織は固まった。彼女たちは、静が屈辱でついに正気を失ったのだと思い込んだ。
静は何も説明しなかった。重いチュールのスカートを両手で掴み、持ち上げて、二人の女性の横をすり抜けていった。
「どこに行くの?」詩織が後ろから叫んだ。「東京の名士たちが全員、あんたを笑うために待ってるのよ!」
静は振り返らなかった。「新しい新郎を探しに行くのよ」
彼女は手を伸ばし、高橋家のVIP専用通路に通じる重厚な両開きの扉を押し開けた。
遅すぎる後悔、私は最強当主の妻になる
苺野 いちご
恋愛
第1章
24/06/2026
第2章
24/06/2026
第3章
24/06/2026
第4章
24/06/2026
第5章
24/06/2026
第6章
24/06/2026
第7章
24/06/2026
第8章
24/06/2026
第9章
24/06/2026
第10章
24/06/2026
第11章
27/06/2026
第12章
27/06/2026
第13章
27/06/2026
第14章
27/06/2026
第15章
27/06/2026
第16章
27/06/2026
第17章
27/06/2026
第18章
27/06/2026
第19章
27/06/2026
第20章
27/06/2026
第21章
29/06/2026
第22章
29/06/2026
第23章
29/06/2026
第24章
29/06/2026
第25章
29/06/2026
第26章
29/06/2026
第27章
29/06/2026
第28章
29/06/2026
第29章
29/06/2026
第30章
29/06/2026
第31章
01/07/2026
第32章
01/07/2026
第33章
01/07/2026
第34章
01/07/2026
第35章
01/07/2026
第36章
01/07/2026
第37章
01/07/2026
第38章
01/07/2026
第39章
01/07/2026
第40章
01/07/2026