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第6章俺がいればいいんだ
文字数:4230    |    更新日時: 08/04/2021

「じゃあ、言ってみろ。」 ハリーはソファーに足を組み、優雅に座った。

「まず1つめ。許可なしにワタシに触らないで!」 気心しれぬ相手とのセックスは、ローラにとってやはり恥ずかしいことだった。 確かに、一般的に、見ず知らずの人とカラダを重ねるなど、罠にでもはめられない限り起こりえないことである。

ハリーはうなずいた。 そんなの、お安い御用だ。 いずれこの女から許可をもらうんだ。

「次に、他の女性を家に連れてこないで!」

ハリー・シーはまたうなずいた。 彼は恋多き男性ではない。とっかえひっかえ女性と関係を持つ趣味もない。これは特段難しい条件ではなかった。

「最後!人前ではお互い、他人のふりを!」

ハリーはこの条件にもうなずいた。 なぜ彼はすんなりと条件を受け入れたか。

それは、ローラが、1つめと3つめの条件に期限を設定してないことに気づいたからだった。

「では今度は俺の要望を出していいかな?」

黙っていたハリーが口を開いた。

「結婚したことを隠すつもりはないが、あえて広めることもしない。下手に騒がれたくはないからな。」

「わかったわ!」

ローラも同じだった。プライベートなことでむやみやたらに騒がれることはごめんだ。

お互いの条件交渉が上手くまとまった。

すると、ハリー・シーは、ローラ・リーに準備しておいた洋服に着替えさせると、高級別荘地ユアミンへとローラを連れて行った。

ハリーの別荘に入るとすぐに夕食の良い香りが漂ってきた。 キッチンにいた家政婦のミズ・デュが「あらあら、お早いご到着で。」とササッと髪や身なりを整えながらハリーとローラを出迎えた。

「若旦那様、もうすぐお夕食ができましてよ。 お嬢様、お部屋は2階の右側、真ん中のお部屋にございます。 一応、綺麗に片付けは致しました。何かありましたら何なりとお申し付けくださいませ。」

そう言うとミズ・デュはまたキッチンへと戻っていった。 ₋ ミズ・デュは10年以上、ずっとハリー家族、つまりシー家の家政婦を務めている女性だ。 今回、ハリーは事業拡大のためにD市にやってきた。 しばらくは海外へ戻る予定もない。 そのため、 ハリーと一緒にアメリカから帰国し、息子の身の回りの世話をするよう、ハリーの父親がミズ・デュに頼んだのだ。 そして、ミズ・デュは今朝、ハリーから「空き部屋を一つ用意しといて」という電話をもらったのだ。

「どうもありがとうございます。」 とお礼を言ったローラの青い顔色を見て、ミズ・デュの胸も締め付けられた。 「かわいそうな子…ちゃんとご飯食べてないのかな」ミズ・デュはそう思って、ローラのために身体にやさしく、美味しく、栄養のバランスの良いものを準備しなければと考えた。

「とんでもございません。 お嬢様、お部屋をご覧になりましたら、まだここに戻られてください。ご夕食ですので。」 ローラはミズ・デュに微笑み、ゆっくりうなずいた。

「まぁ、なんとおしとやかなお嬢さんだこと。 本当に絵に描いたようなパーフェクトなカップルだわ!」

ミズ・デュの心はウキウキしていた。

ハリーが階段をあがると大人しくローラもそれに続いた。

「ここがお前の部屋だ。」

ハリーがある部屋の前で足をとめると その部屋のドアノブに手をかけた。 「でもここはあくまでの仮の自宅で仮の部屋だがな。」 俺たち、リフォームが終わったら、パールスプリングの8号棟に引っ越すから。」

... ― パールスプリングの8 号棟ですって? ― ― 聞いたことある。そこは広大な敷地に8棟しかない超高級別荘地じゃなかった?― ローラは頭の片隅にあったパールスプリングについての知識を紐解いていた。そこは、かつて自分の親が所有していた別荘や、今日から滞在するこのハリーの別荘よりパールスプリングはもっと高級で、もっと豪華で、ケタ違いにラグジュアリーな場所である。 ある投資家が数千億円を投じてパールスプリングに別荘を建てたなんて話も流れていた。 それぞれの敷地面積は、庭とプールを除いても1000平方メートルは超えたと言われている。

ローラだって最近までそこそこ豊かな生活を送っていたが、ハリーの生活レベルにくらべたらローラの生活レベルなどハリーの足元にも及ばない。

ローラの”仮住まい”の部屋のドアが開けられた。

そこであらためてローラはハリーとの生活レベルの差を痛感させられた。

部屋の広さは約50畳。床には白いウール織りのカーペットが敷かれており、壁にはクリーム色で柄のついた壁紙が貼られていた。部屋の中央には、品の良いピンク色の寝具で揃えられていたキングサイズより大きなダブルベッド。ドレッサー、クローゼット、デスク、ソファー、すべてが同じトーンのクリーム色で揃えられていた。

そしてその小さなリビングルームの右側には、薄いブラウンを基調としたバスルームがあった。

バスルームの中央にある丸いバスタブの外側には薄いブラウン色のシェル型の装飾が施されていた。そしてそのバスタブを囲んで立つ4本の柱には防水シャワーカーテンが掛けられ、入り口に立って左側にはバスタオルが数枚きれいにたたまれた状態で棚に積まれている。右側にはシンクがあり、高級ブランドのアメニティーが横に並んでいた。

バスルームから出ると、そこには12畳ほどのベランダがあり、白いコンパクトソファー2脚と同じ白い色の小さな丸テーブルが置かれていた。

きちんと整理整頓され、掃除も行き届いている立派な部屋だ。 ローラもかつては豪華な自宅に住み、豪華な部屋を持っていたが、この部屋とは比べ物にならなかった。 そもそも、他人の家に身を寄せる、言わば居候であるローラにとってその部屋は十分すぎる部屋だった。 ローラは、自分がよく気のきく人だと思っている。

「とりあえず、この部屋で我慢してくれないか? できるだけ早く引っ越せるよう、手配は進めているから。」 ボフッっとベッドに飛び乗ったローラの姿を見て、ハリーの目には今まで持ち合わせていなかった感情が浮かび上がってきた。

「ここで十分よ。十分すぎるくらいだわ。 ワタシはもうすべてを失ってしまった…でしょう?」 ローラはハリーに答えているようで、自分自身に言っているようでもあった。

ハリーは突然ベッドに飛び乗り、ローラの上に馬乗りになった。 突然のその出来事にローラは少し恐怖を感じた。

ローラとハリーの顔が近づいた。

吐息が交わり、上唇の先が触れるか触れないかほどに。

「これから、お前には俺がいればいいんだ。」 ローラはハリーの愛のささやきに心を奪われ、胸は鼓膜に響くほどドクンドクンと強く速く鳴っていた。 ローラはハリーの厚い胸板に手を添え、反抗も忘れてしまった。

ハリーの瞳は、まるでローラの心をハリーという渦の中へといざなうほど神秘的で魅力的だった。

ハリーは頭をかしげ、ローラは身をゆだねるように瞳を閉じた。まるで無垢な子猫のように。 ローラの甘い香りがハリーの鼻先を舞い、ハリーを酔わせた。

甘い時を締めくくったのは鈍い音だった。 ローラは顔を真っ赤にしながら、ハリーを突っぱねてベッドから飛び起きたのだ。

なんと!

ローラがハリーの頭を引っ叩いたのだ!

「何をするんだ、ローラ! 後悔させるぞ!」 そう言うと、顔をこわばらせたハリーはベッドから立ち上がり、ローラの手首をギュッと掴んでまたベッドに放り投げた。

「そっちが先に勝手にその気になったくせに!」 ローラは怒っているように見えるが、実は恥かしさの裏返しだった。

ベッドに放り投げられた拍子にクルッと寝返りをうってベッドの反対側まで転がったローラは、いたずらな目でハリーを見つめていた。

実に面白い! 「来い!悪い子にはお仕置きだ!」 フランクな挨拶のようにハリーはローラに言った。

「ハリー、ワタシがあなたの思い通りになると思ったら大間違いよ!」

ローラは枕をギュツと抱きしめ、顔を隠そうとした。

「やっぱり結婚しない!

口説きの達人の言うことなんて信用できないから!」 こいつ、許可なしに触れないと約束してくれたのに! もし彼が約束を破り、結婚したのだから、夫婦なのだからと、毎日セックスを求めてきたら、ワタシはどうすればいいの?

男という生き物は、女性に甘えるという術を生まれながらにして持ち合わせている生き物である。 ハリーは、自分が口説き上手な男と思ったことは一度もない。 もし、「ハリーは口説き上手な男性だ」と言う人がいたら、ハリーの友人たちがそれを聞いてきっと驚くだろう。

「お前に触るか触らないかは、お前が決めることじゃない。 俺を拒む女などいない!」 ハリーはベッドからサッと降りると、服の乱れを直しながらドアに向かって歩いていた。 「さぁ、夕食だ。下の階のダイニングへ行こう。行かなければ食事抜きになるぞ。」

ハリーの物言いに面白くなかったローラだったが、部屋を出てゆくハリーをジッと睨みつけるように目で追いつつ、渋々、ハリーについてダイニングルームへ降りていった。

ハリーとローラが階段を降りる音が合図であるかのように、 ミズ・デュは2人に夕食をサーブしはじめた。 ローラは急いで手を洗いに走り ミズ・デュを手伝おうと皿を手にした。

「奥様!何ということを!奥様は若旦那様とお座りくださいませ。」 慌ててローラをとめるミズ・デュの声がした。 ₋ ハリーがどんな女性を連れてくるのか戦々恐々としていたミズ・デュは、礼儀正しく、気さくなローラにホッとするとともに好感を抱いていた。

「気にしないで、ミズ・デュ。 今は暇ですから。 あと、ワタシのことは『ローラ』と呼べばいいですよ。」 ローラは考えていた。

他人の家に住み、他人に依存している今、自分はその家の人間と良い関係を築かなければならない。そうでなければ、いつか誰かの罠にはめられて、このような裕福で強大な家庭の中で惨めな存在になってしまうということを。

卑劣な人間はたくさんいるだろう。 これからは、他人を簡単に信用しないほうがいい。

ハリーは自分で椅子を引いて座ると、ミズ・デュとローラの姿を眺めていた。 ハリーも、いつまでも女王様気取りの女性が大嫌いだった。 だから家政婦のミズ・デュとローラが楽しそうにダイニングとキッチンを行き来する姿が嬉しくてたまらなかった。

夕食は、スペアリブのデミグラスソース煮込み、タケノコの鉄板焼き、豆腐のトマトソース添え、イシビラメの蒸し焼き、キノコのスープ、雑穀のお粥の一汁四菜。

それは豪華というより、身体にやさしい、とても栄養バランスの良い食事だった。

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