結婚して三年——桜井詩織は、いつか桐嶋凌久の心を溶かせると信じていた。 けれど、彼が“心の女王”にだけ見せる甘さと、自分への冷たさがあまりにも違うと知った瞬間、希望は音を立てて崩れた。 「子どもを産んだら、君を自由にしてやる」 難産のその日、桐嶋凌久はその女を抱き、専用機で海外へ。 桜井詩織は、病室で血に染まりながら、この男と過ごした年月を一つひとつ思い返す。 ——望んだことなんてなかった。あなたが他の人を愛しても、私を愛さなくてもいい。ただ、借りはもう返した。 「桐嶋凌久、これから先、二度と会いたくない」 背を向けたその時、彼が狂ったように追ってくるとは思わなかった。 再会の日、真っ赤な瞳で囁く彼。「戻ってきてくれ…頼む」 桜井詩織は静かに微笑む。「悪いけど、桐嶋社長。もう遅いわ」
桐嶋詩織は、藤宮桃子のツイッターのホームページを凝視するように見つめていた。彼女はそこに投稿されたすべての動画を、ひとつひとつ真剣に観ていた。
【彼はいつも、スイカの一番甘いところを私にくれるの】
【どんなに帰宅が遅くなっても、必ず何かしらプレゼントを持ってきてくれるの】
【神官にお願いしてお守りをもらってきてくれたの。私が安全に過ごせるようにって、心から祈ってくれて──】
…
動画の中で語る少女は、真っ白なドレスを身にまとい、どこか儚げで繊細な雰囲気を漂わせていた。彼女の容姿は決して華やかではないけれど、その純粋で無垢な佇まいに、微笑むたび愛らしさがにじみ出る。
詩織は、まるで狂信的な信者のような執着で、動画の中に映る“彼”の正面を捉えようと必死になっていた。
だが、少女が語る幸福な日常と甘い恋人のエピソードだけで、詩織の心は静かに、けれど確実に絶望へと沈んでいった。
十五日、クリスマスイブ、バレンタイン、──そして詩織自身の誕生日に至るまで、彼らはいつも一緒に過ごしていた。
その一方で、彼女の夫・桐嶋凌久は、この三年間、そういった大切な日を一度も共に過ごしてくれなかった。
ブロガーの名は「死へのカウントダウン」。
詩織が唯一フォローしているアカウントでもある。
その意味をじっくり考える間もなく──浴室のドアが音もなく開いた。
部屋の灯りと影が混ざる中、広い肩幅と引き締まった腰を持つ男のシルエットが浮かび上がった。タオル一枚を腰に巻きつけた彼の髪からは、まだ水滴が滴り落ちている。
照明が薄暗いにもかかわらず、その整った顔立ちと均整の取れた体はまったく魅力を損なっていなかった。
詩織は、反射的にスマートフォンを閉じ、呆然と男を見つめた。桐嶋凌久──彼に最後に会ったのがいつだったか、もはや思い出せない。
今夜、彼は自分の意志で戻ってきたわけではなかった。
もしおばあ様の桐嶋文江が重い病に倒れ、「孫の顔が見たい」と切望していなければ、彼はこの家に帰ることさえなかったはずだ。
結婚して三年。凌久がこの家に戻ってきた回数など、指折り数えられるほどしかない。彼はほとんどの時間を、ベイサイド・ワン──彼が実質的に暮らしている高級タワーマンション──で過ごしていた。
この結婚が始まったときから、誰もが彼が詩織を愛していないことを知っていた。
彼女は──ただ形式だけの、虚しい「桐嶋夫人」として存在していたのだ。
「一度だけチャンスをやる。妊娠できるかどうかは、お前の運次第だ」凌久は、冷たく低い声でそう言い放った。
──どういう意味?
詩織が思考する間もなく、彼は無言のまま詩織の足首をつかんで引き寄せ、その影が彼女の小さな体を覆い始めた。
そして、タオルが乱暴に引き裂かれたかと思うと、彼の膝が詩織の脚を無理やりこじ開けた。
「ズリッ──」聞きたくなかった音が部屋に響く。
ドレスの布は、彼の手によっていとも簡単に破かれ、胸元の柔らかな膨らみが無惨に露わになった。
その粗暴な動作に、詩織の顔から血の気が引き、恐怖に身を震わせた。
「凌久!やめて…私、嫌なの…」
必死に抵抗する詩織。愛しているはずの相手に、こんな形で触れられることなど、屈辱でしかなかった。恐怖と悲しみが心を押し潰していく。
チャプター 1 離婚したい (パート1)
28/08/2025
チャプター 2 離婚したい (パート2)
28/08/2025
チャプター 3 離婚したい (パート3)
01/09/2025
チャプター 4 強弩の末 (パート1)
01/09/2025
チャプター 5 強弩の末 (パート2)
01/09/2025
チャプター 6 強弩の末 (パート3)
01/09/2025
チャプター 7 頭を上げられない (パート1)
01/09/2025
チャプター 8 頭を上げられない (パート2)
01/09/2025
チャプター 9 頭を上げられない (パート3)
01/09/2025
チャプター 10 やっと決心した (パート1)
01/09/2025
チャプター 11 やっと決心した (パート2)
01/09/2025
チャプター 12 やっと決心した (パート3)
01/09/2025
チャプター 13 隣の部屋で寝る (パート1)
01/09/2025
チャプター 14 隣の部屋で寝る (パート2)
01/09/2025
チャプター 15 考えすぎ (パート1)
01/09/2025
チャプター 16 考えすぎ (パート2)
01/09/2025
チャプター 17 どうやって彼を世話をするの? (パート1)
01/09/2025
チャプター 18 どうやって彼を世話をするの? (パート2)
01/09/2025
チャプター 19 俺が誰か、ちゃんと見ろ。 (パート1)
01/09/2025
チャプター 20 俺が誰か、ちゃんと見ろ。 (パート2)
01/09/2025
チャプター 21 まだ抵抗するのか? (パート1)
01/09/2025
チャプター 22 まだ抵抗するのか? (パート2)
01/09/2025
チャプター 23 じゃあ、私は? (パート1)
01/09/2025
チャプター 24 じゃあ、私は? (パート2)
01/09/2025
チャプター 25 熱愛 (パート1)
01/09/2025
チャプター 26 熱愛 (パート2)
01/09/2025
チャプター 27 白い小花 (パート1)
01/09/2025
チャプター 28 白い小花 (パート2)
01/09/2025
チャプター 29 君は俺の中でそんなに重要な存在じゃない (パート1)
01/09/2025
チャプター 30 君は俺の中でそんなに重要な存在じゃない (パート2)
01/09/2025
チャプター 31 私はあなたの飼い犬じゃない (パート1)
01/09/2025
チャプター 32 私はあなたの飼い犬じゃない (パート2)
01/09/2025
チャプター 33 絶頂期 (パート1)
01/09/2025
チャプター 34 絶頂期 (パート2)
01/09/2025
チャプター 35 嘘じゃない (パート1)
01/09/2025
チャプター 36 嘘じゃない (パート2)
01/09/2025
チャプター 37 そんな「もしも」はない (パート1)
01/09/2025
チャプター 38 そんな「もしも」はない (パート2)
01/09/2025
チャプター 39 彼女の身体は彼女のもの (パート1)
01/09/2025
チャプター 40 彼女の身体は彼女のもの (パート2)
01/09/2025