視力を取り戻した瞬間、私が結婚した相手が、実は恋人の弟だったと知った。 そして「本命とはきっぱり別れる」と約束した恋人は、実際にはずっと隣の部屋で彼女と過ごしていた。 その夜、私はふたりの会話を耳にした。 弟は眉をひそめて言った。「兄さん、彼女はあんたのせいで目が見えなくなったんだぞ。本当にこれでいいのか!」 兄はうんざりしたように返す。「あと1か月待て。彼女の世話が終わったら、必ず戻るから」 「もう10年だ。俺が本当に彼女を好きになったらどうする?」 「お前たちはただの偽装結婚だ。その気持ちは抑えろ!」 私は静かにベッドに横たわり、誰にも告げなかった。――自分の視力が戻ったことを。 そして29日目、弟の手を引き、婚姻届を提出した。 正直なところ、この「弟嫁」という立場を、もう少し楽しみたかったのかもしれない。
目が見えるようになって初めて、私と結婚したのが恋人の弟、沈淮だったと知った。
そして、忘れられない女性との関係を断ち切ると約束したはずの沈遂は、ずっと隣家で林梓微に寄り添っていたのだ。
その夜、二人の会話が耳に入ってきた。
沈淮が眉をひそめる。「兄さん、渺渺はあなたのせいで失明したんだ。彼女に合わせる顔があるのか!」
沈遂は苛立たしげに言い放つ。「あと一ヶ月だけ待て。梓微の面倒を見たら、必ず戻る」
「十年だぞ。僕が本気で渺渺を愛してしまうと、考えなかったのか?」
「お前たちは偽装結婚に過ぎない。余計な感情は抱くな!」
私は黙ってベッドに戻った。視力が回復したことは、誰にも告げずに。
そして二十九日後、私は沈淮の手を引いて役所へ向かい、正式に婚姻届を提出した。
この弟の嫁という立場、もう少し楽しんでいたかったのだけれど。
……
自分の目が再び見えるようになったと気づいたのは、漆黒の闇夜だった。
夢から不意に覚め、目を開けると、それまで混沌とした暗闇に閉ざされていた視界が、突如として鮮明になった。
しかし、あまりに大きな歓喜は、すぐに底なしの恐怖へと変わった。
隣で眠る男は、穏やかな寝息を立てている。
だが、彼は私の夫である沈遂ではない。彼の双子の弟、沈淮だった。
全身から冷や汗が噴き出す。もっとはっきりと確かめたくて、必死に瞬きを繰り返した。
窓から差し込む朧げな月光が、男の筋の通った鼻梁を照らし出している。
間違いない。一度しか会ったことのない、あの沈淮だ。
混乱のあまり、私の体は本能的にじりじりと後ずさった。
そのわずかな動きを察したのか、私を抱いていた男が鋭く目を開ける。彼はまず私の髪を優しく撫で、それからいつものように掠れた声で尋ねた。「トイレかい?」
私は目が見えるようになったことを悟られないよう、
慎重に首を横に振ってから寝返りを打った。
「夢を見て目が覚めただけ。大丈夫」
男は腕を伸ばして私をぐっと抱き寄せた。硬い胸板が背中に触れる。その声は、とろけるように甘い。
「もっと内側へ。ベッドから落ちるぞ」
この慣れ親しんだ安心感に、私は過去十年、ずっと包まれてきた。
だが今、私の心を占めているのは、不安と恐怖、そして拭い去れない疑念だけだった。
なぜ、こんなことに?
沈淮はずっと海外にいるはずではなかったか。
私と結婚したのは沈遂だったはず。なぜ彼に入れ替わっている?
いつから彼は私のそばにいたのだろう。ごく最近のことなのか、それとも、十年前からずっと?
考えれば考えるほど恐怖に襲われ、眠気は完全に吹き飛んでしまった。
彼を揺り起こして問い詰めたい衝動に駆られたが、どうせ本当のことなど話すはずがないと思い直した。
隣で眠る男の寝息が再び穏やかになったのを確認し、私はそっとベッドを抜け出して部屋を出た。
邸宅の中庭はライトアップされ、至る所に私の好きな君子蘭の鉢が置かれている。
池の錦鯉たちは深夜にもかかわらず、元気に泳ぎ回っていた。
門の両脇に立つ二本の桃の木は、かつて沈遂と二人で植えたものだ。
今では見上げるほどに高く育ち、花を咲かせ、実をつけるまでになった。
あの日、私は彼を庇って視力を失った。それからというもの、彼は私の願いを何でも叶えてくれた。
私が望むものは、すべて与えてくれた。
ただ残念なのは、この美しい光景を、十年という歳月を経てようやくこの目で見ることができたということだ。
その時、隣家から聞き覚えのある声が聞こえてきた。「あなた、一ヶ月経ったら本当に時渺のところへ帰るの?」
私はその場に凍りついた。全身の血が逆流するような感覚に襲われる。
林梓微――沈遂が忘れられずにいる、あの女性の声だ。
足音を忍ばせて低い塀に近づき向こうを窺うと、沈遂と林梓微が庭で語らっているのが見えた。
沈遂の声には、何の感情もこもっていなかった。「君のそばに十年いると約束した。その約束は果たした」
彼の姿を目にした瞬間、私は息をすることさえ忘れそうになった。
無意識に足が動き、乾いた桃の小枝を踏み折ってしまう。
パキッ――。乾いた音に、沈遂が鋭く眉をひそめてこちらに視線を向けた。その眼差しは、氷のように冷たい。
私は背筋を伸ばしてまっすぐに立ち、途方に暮れた無力な声を装って呟いた。「どうして、こんなところまで歩いてきてしまったんだろう?」