冷酷な夫に捨てられて――義兄と禁断の再出発

冷酷な夫に捨てられて――義兄と禁断の再出発

橋本 勇気

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彼女が離婚を切り出すのは、これで99回目。そのとき、彼は昔から心に抱き続けてきた本命からの電話を受け、彼女を車から突き放した。 「家に帰って、頭を冷やせ。これが最後のわがままだと願うよ」 彼は想い人のために、何度も彼女を捨て、辱めてきた。 彼女は自分から離れれば生きていけない――そう、彼は確信していた。 だが知らぬ間に、その想い人の兄は裏で彼女をそそのかし、離婚して国外へ行こうと仕掛けていたのだった。

第1章身代わりの愛

林晚音が九十九回目の離婚を切り出した日、夫の傅斯年は、”本命”――忘れられない初恋の女性からの電話を受け、彼女を車から追い出した。

「家で頭を冷やせ。こんな馬鹿げた真似は、これで最後にしてくれ」

夏知微のためなら、彼はためらいもなく妻を捨て、辱める。これまで、何度も。

傅斯年は、林晚音が自分なしでは生きていけない女だと信じて疑わなかった。

その裏で、夏知微の実の兄が、彼の妻を巧みに唆し、離婚させて国外へ連れ出そうと画策していることなど、知る由もなかった。

……

「離婚しましょう」

窓の外で荒れ狂う暴風雨を見つめながら、林晚音は九十九回目の離婚を傅斯年に切り出した。

ガラスを叩きつける雨粒は、まるで彼女の心を埋め尽くす絶望のように、激しく、そして無慈悲だった。

林晚音が、自分が傅斯年の”本命”――夏知微の身代わりだったと知ったのは、一ヶ月前のことである。

三年にわたる結婚生活の甘い記憶は、すべてが泡と消えた。

スマートフォンの画面が光り、メッセージがポップアップで表示される。【晩音、彼は離婚に同意した? 一週間後の航空券で大丈夫かな?】

離婚を急かすメッセージの送り主は、夏景辞。夏知微の実の兄だ。

夏景辞が自分に好意を寄せていることには、とうに気づいていた。傅斯年の元から逃げ出すために、彼の手を借りるしかなかった。

傅斯年は彼女を一瞥もせず、ただハンドルを強く握りしめるだけだった。

「馬鹿なことはよせ。忙しいんだ」

林晩音が顔を向ける。薄暗い車内、彼女の顔から血の気は失せ、その瞳は虚ろに彼を捉えていた。

いつものように泣き喚くこともなく、不気味なほど静かだった。

その視線に苛立ちを覚えた傅斯年は、アクセルを踏み込んだ。車は雨のカーテンを引き裂くように加速する。

「言ったはずだ。微微はただの幼馴染だって。くだらない疑いはやめろ」

彼はさらに苛立たしげに続けた。「父親の次の手術費用は出してやる。それに、バッグも五つ買ってやろう」

その口調は、まるで物分かりの悪い部下をあしらうかのようだった。

とうに心は麻痺したと思っていた。

だが、傅斯年の言葉は、今もなお容易く彼女をずたずたに引き裂く。

その時、軽やかなヴァイオリンの音色が車内に響いた。

夏知微専用の着信音だ。

一秒前まで氷のように冷たかった彼の表情が、瞬く間に雪解けのように和らいだ。

傅斯年はすぐさま速度を落とし、車を路肩に静かに停める。

「知微、心配するな。今すぐ行く」

三年間の結婚生活で、林晚音には専用の着信音すら与えられなかった。

電話を切ると、その優しさも霧散した。

「知微が呼んでいる。一人で帰れ」

傅斯年は自分の妻を車から追い出すことを、まるで些細な用事を伝えるかのように告げた。

彼がドアを開けると、風雨が容赦なく車内になだれ込んできた。

「家で頭を冷やせ。こんな馬鹿げた真似は、これで最後にしてくれ」

彼は、林晩音に傘一本残さなかった。

マイバッハが水飛沫を上げて走り去り、彼女のスカートの裾を濡らしていく。

林晩音は自分のバッグから折り畳み傘を取り出して開くと、その車が車の流れに溶け込み、見えなくなるまで見送った。

彼女は冷たい雨粒が顔に当たるのをなすがままに任せ、この冷たさで自分を完全に覚醒させようとした。

記憶の洪水が、荒れ狂う波のように押し寄せる。

何年も前、彼女が退学の危機に瀕していた時、匿名で学費を援助してくれたのが傅斯年の祖母だった。おかげで彼女は学業を終えることができた。

その恩に報いるため、祖母が病に伏し、孫の結婚を強く望んだ時、彼女はこの結婚を承諾したのだ。

傅斯年と林晚音の間には約束があった。彼女が「傅夫人」の役を完璧に演じ、祖母を安心させること。

その見返りに、彼は彼女と病気の父親の生活を守ること。

結婚後、林晚音は傅斯年の有能な秘書となり、二人の間に愛はなかった。

だが、傅斯年は、彼女にあまりにも甘い夢を見せた。

彼は夜食を買い与えるためだけに、路地裏の古いワンタン屋に自ら赴き、長い行列に並んだ。

彼女の生理周期を把握し、前もって黒糖生姜茶とカイロを準備してくれた。

自分の庭を潰して温室を建て、そこに自ら育てた花を一面に咲かせてくれたこともあった。

退屈な文芸映画にも辛抱強く付き合い、彼女が涙ぐむと、不器用な手つきでティッシュを差し出してくれた。

そうした細やかな気遣いは、まるで密な網のように、彼女をがんじがらめにしていった。

林晚音は知らず知らずのうちにその網に捕らわれ、他人の前では冷徹なくせに、自分にだけは「特別」な優しさを見せるこの男を、本気で愛してしまった。

しかし一ヶ月前、夏知微が帰国した。

夏景辞から、彼女が身代わりであることを告げるメッセージが届いたのだ。

彼女は傅斯年の書斎で、鍵のかかったアルバムを見つけた。

パスワードは、夏知微の誕生日。

アルバムの中は、すべて夏知微の写真だった。

あどけない学生時代から、洗練された大人の女性になるまで。一枚一枚が、大切に保管されていた。

アルバムの角は黄ばみ、擦り切れている。数え切れないほど繰り返し眺められた証拠だ。

少女時代の夏知微が、白いワンピースを着てヴァイオリンを抱え、太陽のように眩しく笑っている。

そのワンピースと全く同じものを、傅斯年はかつて晩音に買い与え、「君によく似合う」と言った。

写真の下のメモ書きには、夏知微の好みがすべて記されていた。

『微微は城南のワンタンが好き』

『微微は生理痛がひどいから、黒糖生姜茶を』

『微微は花が好き。特に牡丹が』

『微微は文芸映画を好む』

……

その一つひとつが、傅斯年が林晚音に見せた「優しさ」と、恐ろしいほどに一致していた。

その瞬間、林晚音は「やはりそうだったのか」と、すとんと腑に落ちるのを感じた。

王子がシンデレラを愛するなんて、おとぎ話の中だけ。

現実の王子は、姫と結ばれるのだ。

夏知微が海外で療養している間、祖母は孫の結婚を待ちきれなかった。

ちょうどその時、夏知微と目元や雰囲気がどこか似ている林晚音が現れた。

傅斯年はただ、記憶の中の夏知微の好みに合わせて、彼女を完璧なレプリカに仕立て上げていただけだったのだ。

そして今、本物が帰ってきた。

出来の悪い贋作である自分は、舞台を降りる時が来たのだ。

スマートフォンの画面が再び光る。夏景辞からだ。【また断られたのか?】

林晚音は返信する。

【ええ。でも、もう大丈夫。航空券は一週間後でお願い】

すぐに返信が来た。【一週間後、京市まで迎えに行く。いいか?】

【ええ。迷惑でなければ】

メッセージの履歴を消去し、林晩音は雨の中へと歩き出した。

夏景辞はこの二年間、ずっと海外にいる。彼女を迎えに来るには十時間かけて飛行機で戻り、そしてまた十時間かけて一緒に帰国しなければならない。

裏切りを経験した林晚音は、もはや男の親切心を信じることはなかった。

彼女はただ、夏景辞の自分への好意を計算に入れ、彼を利用しているに過ぎない。

因果は巡る。林晚音が逃れようとしている男は夏知微を深く愛し、彼女の逃亡を助けるのは、その夏知微の兄なのだから。

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