愛を捨てた元妻は、天才オークショニアとして華麗に舞う

愛を捨てた元妻は、天才オークショニアとして華麗に舞う

灰原 燐

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母の告別式の日、私は夫である鷹司暁が来てくれることを心のどこかで信じていた。 しかし、彼が「重要な海外役員との会議」だと言っていたその時、ネットには彼が幼馴染のために東京湾を貸し切って誕生日パーティーを開く姿が拡散されていた。 親族から嘲笑されながら一人で喪主を務める私に、彼は顔を見せる手間さえ惜しみ、香典袋一つを秘書に届けさせただけだった。 ようやく火葬場に現れた彼は、遅れた理由をその女のせいにして庇い、私には面倒くさそうに言い放った。 「こんな場所で騒ぐな、みっともない」 三年間、ただの飾り物として従順な妻を演じ、彼の子を身籠っていた私の淡い期待は、この瞬間に粉々に砕け散った。 私は離婚届と中絶同意書を残し、彼の前から完全に姿を消した。 五年後、身分を偽りパリでトップオークショニアとなった私の前に、彼が再び現れた。

愛を捨てた元妻は、天才オークショニアとして華麗に舞う 第1章

「…… 鷹司の旦那様、まだいらっしゃらないようですね」

叔母である青山佳代が、 扇子で口元を隠しながら囁いた。 心配しているふりを装っているが、その声には隠しきれない嘲笑の色が滲んでいる。

遺族席に立つ青山静香は、その言葉に反応せず、ただ斎場の入り口へと続くがらんとした廊下をじっと見つめていた。黒い喪服が、彼女の血の気の失せた顔色を一層際立たせている。淡い期待が、秒針の音と共に削られていく。心臓が冷たい手で掴まれたように、 じりじりと痛んだ。

「お姉ちゃん 、可哀想。せっかく名家にお嫁入りしたのに……これ、ネットで話題になってるよ 」

隣に立つ従妹の玲奈が 、同情するような声色で、スマートフォンを静香の手元にそっと突き出した。液晶画面には、夜景をバックに豪華なクルーザーの上で寄り添う男女の姿が映し出されている。男は、静香の夫・鷹司暁。そして彼の肩に頭を預けているのは、彼の幼馴染である堀川美羽。

画面の上部には、週刊誌のネットニュースの見出しが踊っていた。

『鷹司グループCEO、 幼馴染の誕生日に東京湾でサプライズ花火!』

静香の瞳孔が急速に収縮し 、呼吸が浅くなる。写真の中の暁は、静香が一度も見たことのない優しい笑みを浮かべていた。美羽の髪を撫でるその指先は、まるで宝物に触れるかのように柔らかい。

昨夜の電話が脳内で再生される。

『明日、母の告別式なの。あなたにも最後のお別れをしてほしい』

『……悪いが、明日は重要な海外の会議が入っている。行けない』

冷たく事務的な声。それが嘘だったのだ。彼の「重要な会議」とは、 堀川美羽の誕生日パーティーのことだった。自分は、彼の人生においてその程度の存在でしかないのだ。

胃の奥が 、ぎりりと痛んだ。三年間、鷹司の家で耐えてきた孤独と屈辱が、一気に喉元までせり上がってくる。結婚してから一度も、 彼は静香の実家に顔を出したことがなかった。いつも理由は「仕事」だった。

「ご遺族代表 、青山静香様よりご挨拶がございます」

司会者の声が遠くに聞こえる。静香は強く噛みしめた下唇の内側に、鉄の味が広がるのを感じた。ここで涙を見せるわけにはいかない。これは、母の最後の尊厳を守るための儀式なのだから。

一歩、また一歩と、マイクスタンドへと歩を進める。参列者のひそひそ話が鼓膜を刺す。

「鷹司のご当主も、あちらのご両親もいらっしゃらないなんて……」

「やっぱり家柄が釣り合わないから、認められていないのよ」

聞こえないふりをして背筋を伸ばす。マイクの前に立ち、深呼吸を一つ。用意していた原稿の言葉が、一瞬頭から抜け落ちそうになる。目の前のスクリーンには、 母の生前の写真がスライドショーで映し出されていた。笑っている母。旅行先での母。しかし、静香の隣に本来いるべきだった夫の姿はない。

彼の優しさは、すべて堀川美羽のためだけのもの。自分は、彼が天性的に冷たい人間なのだと、そう思い込もうとしていた。違う。彼はただ、自分にだけ冷たいのだ。

その事実が、 ナイフのように静香の心を抉った。

数日前 、妊娠検査薬で陽性反応が出た。病院での検査結果は、妊娠五週目。暁へのサプライズにしようと、エコー写真の入った封筒をバッグに忍ばせていた。今となっては、それは世界で最も滑稽なジョークだ。

視界がぐらりと揺れた。数日間まともに眠れていないせいか、強烈なめまいが襲う。下腹部に鈍い痛みが走った。倒れるわけにはいかない。静香は演台の縁を強く握りしめ、かろうじてその場に立ち続けたまま、かすれる声で参列者への感謝を述べた 。

やがて出棺の時が来た。棺の中に白い花を入れる。静香の隣 、夫がいるべき場所は最後まで空っぽのままだった。朝一番で秘書が届けに来た、冷たい香典袋の感触だけが手のひらに残っている。彼が自分の手で渡すことすらしなかった、 無機質な弔意。

「静香さん 、いつまでそうしているつもり? 鷹司家からは誰も来ないのだから、あなたがしっかり他の来賓の方々のお見送りをしなさいな」

青山佳代が、再び嫌味がましく言った。静香は喉の奥に広がる血の味を、唾と共に飲み込んだ。爪が食い込むほど強く握りしめた拳が、 小さく震える。

もういい。

この 、愛のない結婚生活に、今日で 最後の別れを告げよう。

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