「古川さん、おめでとうございます。 お腹の赤ちゃんはとても元気ですよ」
古川結衣はぼんやりとした表情で病院を出た。手には妊娠検査の報告書を握りしめている。その指先には、強く握られた跡がくっきりと残っていた。
細い手がそっと下腹部に触れる。すると、結衣の口元に自然と喜びの笑みが浮かんだ。
妊娠している。藤原翔太との子どもだ。
胸の高鳴りを必死に抑えながら、結衣はスマートフォンを取り出した。今すぐ翔太に伝えたかった。この驚くべき幸せを、彼の耳に直接届けたかった。
そのときだった。手の中のスマートフォンが震えた。翔太から、ちょうど一通のメッセージが届いた。
「今すぐ白石ホテルまで来てくれ」
白石ホテル?今すぐ?どうして急に…?
古川結衣の胸に疑問が浮かんだが、それを深く考える暇もなく、すぐに路肩でタクシーを止めてホテルへと向かった。
翔太が会いたいと言うのなら、妊娠のことを直接伝えよう。電話じゃなく、彼の顔を見て伝えたい。
彼はどんな反応を見せるだろう――子どもができたと知ったら。
期待に胸を膨らませながら、結衣はホテルに到着した。車を降りた瞬間、目の前の光景に思わず足が止まる。あちこちに美しい花が飾られ、足元には真新しい赤いカーペットが敷かれていた。どう見ても、何かを祝う準備だ。
結衣は一瞬きょとんとしたが、すぐに気づいた。今日は彼と自分の結婚記念日だった。
ということは、翔太がわざわざ自分をここに呼んだのは、サプライズのため?
白石ホテルのロビーには多くの客が集まり、酒杯を交わしながら談笑する光景が広がっており、実ににぎやかだった。
古川結衣は人波を縫い、地味な装いもあって誰にも気づかれることはなかった。
そして、ふと視線の先に、すぐに見つけた。人々の中心に立ち、まるで光を纏ったようにひときわ輝いている男――藤原翔太。
彼は結衣の夫であり、これから生まれてくる子どもの父親だ。
思わず笑みがこぼれそうになったが、翔太の隣にいる女性が目に入った瞬間、その笑みが凍りついた。
あれは…翔太の初恋の相手、小林沙織!?
いつの間に帰国していたの…?
全身がこわばる。結衣の目の前で、翔太と沙織は腕を絡め合い、誰もが羨むほどの理想的なカップルのように寄り添っていた。
彼らの周りには友人たちが集まり、口々に祝福の言葉をかけていた。
「沙織、今日はしっかり一杯付き合ってもらうからね。帰国おめでとう!」
「翔太、こんなに長い時間が経って、やっと沙織と再会できたんだ。こんなめでたい日に、二人で夫婦盃でも飲んで祝わなきゃね。」
冷やかしの声が次第に大きくなっていく。