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乾燥した空気に流される砂の粒子を顔面に受け、ユスチィスのまだ幼さを残した相貌が微かに歪められた。身に着けたゴーグルによって保護された瞳の視線の先は、遠い砂の頂に向けられたまま、その先をじっと見据えている。
上空では赤々と燃える大きな太陽が、地上にいる者に対して、容赦なく破壊的な紫外線を浴びせていた。ユスチィスの獣毛に覆われた分厚い皮膚も、これを受けて色濃く日焼けしている。
砂丘は、一歩一歩踏みしめられても、風によってその足跡を消してしまう。まるで、侵入者たちのもたらした痕跡を嫌っているかのようであった。そのせいで、この地を闊歩する多くの者が、行き倒れになった挙句に風に弄ばれながら風化の一途を辿っていったことであろう。
ユスチィスの前方で歩を進めていたトンガーソンが振り返り、声を上げた。風に妨害されても耳に届いてくる、高い声色。ユスチィスも大きな声を上げ、相手に自分の無事を伝えた。
この過酷な環境の中において、互いの無事を確かめながら着実に進むことは肝要であった。もしはぐれるようなことがあれば、まだ若いユスチィスなどは、数日と生き永らえることもおそらくできない。
トンガーソンは歩を休め、ユスチィスが近づいてくるのを待った。ユスチィスは重い足取りでトンガ-ソンのすぐ傍まで進んでいき、追いついた。
両膝を手で押さえ、息を切らすユスチィス。トンガ-ソンはユスチィスの横顔の獣毛に張り付いている砂を、彼を労わるようにして払ってやった。
それから、トンガーソンは彼の眼前で右の掌を開いて見せた。そこには何かの構造物の残骸と思われる金属片が置かれていた。
「これを見てくれ。さっきそこで拾ったんだ。おそらく先史文明の遺跡の物だろう」
そう言うトンガーソンは、分厚いゴーグルの中で黒い瞳を輝かせていた。
「でも、この砂の中に埋もれているんじゃあ、ぼくたちだけでそれを見つけるのは無理なんじゃ……」
「そうかもしれない。が、諦めるには、まだ早いぞ」
常に前向きで、瞳の輝きを絶やさないトンガーソン。かつてのユスチィスはそんなトンガーソンに憧れていたものであるが、今のユスチィスには、自分とはあまりにも価値観の違う、異質な世界の存在のように感じられた。
トンガーソンは彼の地元でも相当な変わり者と言われていたが、それを嫌というほど思い知らされてきたのだ――ユスチィスは、そう考えるに至っていた。
トンガーソンは背負っていた探検用のリュックサックから、水の入った瓢箪と乾燥させた平たいパンを取り出した。パンを手で千切り、自らの前歯で砕いてから口に含む。軽く咀嚼し、一口だけ水を飲んだ。
その後、水の入った瓢箪と、千切ったパンのもう片方をユスチィスに手渡す。一言だけ、「飲み過ぎるなよ」と口添えするのも忘れなかった。
ユスチィスもまたパンを食べ、水でのどを潤した。それからまだ水が三分の一ほど残っている瓢箪をトンガ-ソンに返した。
「少しは疲れもとれたかな。じゃあ、先に進もうか」
ユスチィスの返事を待たずに、トンガーソンが歩き出す。ユスチィスは若干顔をしかめ、その後を追う。
砂の頂を越えると、その先も道中と代わり映えしない光景が延々と広がっていた。ユスチィスはげんなりしたが、トンガーソンは迷うことなく頂を下っていく。仕様がなく、ユスチィスもその後ろからついていった。
砂を運ぶ風は大分弱まっていたが、その分、照りつける日差しが強くなってきた気がする。ユスチィスは白く染まっていく視界に目の痛みを覚え、瞳を細めた。
数刻の間、歩き続けた。陽の光は相変わらず苛烈であったが、一日の中ほどはとうに過ぎていた。
トンガーソンが不意に立ち止まった。ユスチィスはようやく休憩かと、一瞬期待したが、どうも様子がおかしい。
「どうしたんですか、トンガーソンさん」
ユスチィスが尋ねたが、トンガーソンは黙ったまましゃがみ込み、足元の砂を左右に掻き分けながら何かを探し始めた。しびれを切らしたユスチィスが再度トンガーソンに声をかけようとしたところで、唐突にトンガーソンが大声で何事かを騒ぎ出し、ユスチィスは度肝を抜かれた。
「あった。あったぞ」
嬉々として砂を払い、露わになった黒色の金属面を指さすトンガーソン。
「ジェント砂丘に眠るという遺跡。長らく、記述の中でしか語られず実在するかどうかも怪しまれていたが……それを、わたしが発見した」
トンガーソンはユスチィスに語っているというよりも、自分自身に言い聞かせているという様子であった。そのまま自ら大きく頷く仕草をして見せた。
ユスチィスは、トンガーソンの喜びには共感できなかった。最初にトンガーソンに弟子入りした頃は、未知の領域と呼べる過去の遺物を探求する心に胸を躍らせ、その先にあるものに期待しながらトンガーソンの仕事に従事していた。
しかし、来る日も来る日も変わり映えしない、老朽化した石の塊と睨み合うという生業は、かつてのユスチィスの夢見ていたものとは程遠く、何時しか現実と期待の乖離によって、ユスチィスは以前のような意欲を失っていった。
当初、ユスチィスは先史文明の技術に旧鼠を救うものがあると聞かされており、ユスチィスもその技術の復活に夢を抱いていた。
その後、新たな発見が得られる度に喜ぶトンガーソンの姿を幾度も見てきたユスチィスであったが、その時の成果のいずれもがユスチィスの夢へ近づくものではなかった。
手に入った物は、滅んだ先史文明の者たちの遺した残骸ばかり。あらゆるものがかつての機能を失っていた。
失った大切な人が今となっては蘇らないのと同様に、失われた文明も現代において意味を成すことはない――それが、トンガーソンに対して話さずにいる、ユスチィスの価値観であった。
「ユスチィス、これを見ろ。ここに文字が刻まれている」
あまり気乗りはしないユスチィスではあったが、トンガーソンの指し示している、砂上で露わになっている壁面に目を向けた。トンガーソンの教えを受けているユスチィスにも、それが先史文明で使われていた文字であることがわかった。
「これは石碑だな。材質は我々の使っているものとは大きく異なるが。風化していて所々のは判別もできないが……何かを後世に伝えようとしていたことは間違いあるまい」
トンガーソンは身に着けていたゴーグルを取り外し、そこに書かれている内容を丹念に読み解こうと試みていたが、やがて、小さく息をつくと、顔を上げ、遺跡が砂によって覆い隠されている一帯を見渡した。
「もっと情報が欲しい。ユスチィス、手伝ってくれ」
「……はい」
砂地を進んでいくと、所々でごつごつした硬いものが足の裏に当たる。熱を帯びた金属質の断片が辺りに散乱していた。
「おい、あまり不用意に踏み荒らすんじゃないぞ。重要なメッセージが隠されているかもしれないのだから……」
トンガーソンはそう言うと、その場にしゃがみ込み、砂に埋もれている遺物の壁面をかきだした。鋭い爪を伸ばし、金属の塊を覆う砂を、丁寧に振り落とす。
ユスチィスもまた、トンガーソンを見習って、周囲の砂地を探索し始めた。トンガーソンはユスチィスに対して、「何か気になるものがあったらすぐに言ってくれ」と念を押した。
風化した遺跡の残骸は至る所に散らばっており、風に運ばれてきた砂によって、悠久の時を隠され続けてきたそれは、熱い日差しの下に次々とさらけ出されていった。
「ふむ。これもなかなか興味深いな……これから発掘隊を組織して本格的な探索を始めるのが楽しみだよ」
トンガーソンは旧鼠の中でも変わり者ではあったが、ユスチィスと出会うよりもずっと昔から地上を旅して遺跡を巡ってきた実績があり、同好の士と呼べる仲間たちがいた。それが、以前のユスチィスの眼にトンガーソンが現代の偉人として映っていた理由の一つでもあった。
基本的に同郷の者以外とは付き合わない、排他的な傾向のあるのが旧鼠という種族である。部族の垣根を越えて手を結ぶトンガーソンとその仲間たちは、各地で疎まれている傾向があった。
それでも、このまま天敵に怯えながら種としての寿命を終えようとしている旧鼠の将来を憂いている者たちが、近年になってトンガーソンたちを支持しているという背景もある。先史文明の遺産に希望を見出しているのは、かつてのユスチィスだけではないのだ。
ユスチィスは文字列を目にする度に、逐一、トンガーソンに伝えた。トンガーソンはそれらを分厚い樹皮の束に筆記しながら、度々唸るような声をもらした。
「何か、新しいことはわかりましたか」
さり気なく尋ねたユスチィスの言葉には、幾分の皮肉も込められていた。
「むう、幾つかの文言は理解できるが、先人が一体何のために、それらをこの場に残したのかが解せない」
ユスチィスは、手にしていた、崩れた金属板の断片をユスチィスに見せた。
「これに書かれているのは先人の生活様式をわざわざ文章にしたものらしい。ご丁寧に横には絵まで書かれている。先人の容姿は旧鼠と大差ないようではあるな」
絵に描かれている人物は大分誇張されているが、旧鼠の者と同じ二足歩行で、前足を器用に動かし、道具も使っていたらしい。それらの情報は、過去に発見してきた遺物でも判明していることではあったが。
「まるで……あとからこの遺跡を発掘する者……つまり、自分らの文明の実態を我々に伝えることを目的としている、そんな気がしてならないのだ」
滅んだ種族が後の世の異種族に何かを伝える――それにどれほどの意味があるのだろうか。ユスチィスはそんなことを考えていた。
しばらくの間、トンガーソンは遺跡の調査に没頭した。ユスチィスもそれに従事していた。
天から地上を焦がす太陽は徐々に遠ざかり、日没の時間が近づいてきた。
「トンガーソンさん……」
夢中で調査を続けるトンガーソンに向かって、とうとう痺れを切らしたユスチィスが声をかけた。
「……そうだな。ここのおおよその規模も把握できたし、手土産もこれだけある。連中をその気にさせるには十分な収穫だな」
トンガーソンはそう言ったが、その内にある名残惜しいという感情は隠せなかった。連中というのは、先史文明の探究を生業としている者に助力している資産家たちのことであり、自ら重い腰を動かしたりはしないが、探究者たちの成果には期待している者でもあった。
それでも、ようやくトンガーソンが帰り支度を始めたので、ユスチィスは安堵した。
「待たせたな、じゃ、戻ろうか」
自分の心中を見透かしたトンガーソンの言葉に、ユスチィスは一瞬ドキリとした。