離婚から始まる逆襲:冷酷な夫はもう要らない

離婚から始まる逆襲:冷酷な夫はもう要らない

上越 風太

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鷹司家の長男の葬儀。喪服に身を包み、完璧な未亡人を演じる奥寺静。しかし、その裏で彼女を待っていたのは、夫・暁と義姉・絢子の陰湿な企みだった。絢子が宿す“後継者”を盾に、家族の財産と権力を掌握せんとする二人。そして暁が静を評した一言――「完璧な妻だ。美しく、教養があり、まったく無害だ」。 だが、彼らは知らない。静がただの“鷹司の妻”ではないことを。彼女は天才研究者であり、会社の核心技術のすべてを生み出した張本人だ。裏切りを知ったその瞬間から、静は動き始める。データが、特許が、そして沈黙が武器となる。 ガラの夜、取締役会、そして娘の競技会――静が仕掛ける緻密な復讐が、鷹司家の虚飾を一枚ずつ剥がしていく。彼女は何を奪い、何を守るのか。夫の裏切りを知った妻が、研究者として、母として、そしてひとりの女性として立ち上がる、爽快にして痛烈な覚醒の物語。

離婚から始まる逆襲:冷酷な夫はもう要らない 第1章

「ママ、あつい」

娘の美晴がぐずり、静の喪服の裾を引いた。静は身を屈め、小さな額にそっと手のひらを当てる。熱い。じっとりとした汗が、指先に伝わってきた。

重たい黒の喪服が背中に張り付く。息が詰まるような暑さだった。

今日は、高志家の長男であり、静香の夫の兄である高志智明の葬儀の日です。ヘリコプターの事故による、あまりに突然の死。公式の調査報告書は機械的な故障を原因としていたが、静はかつて智明が、暴力団と繋がりのある競合他社について冗談めかして話していたことを思い出していた。あの時は軽く聞き流していたが、今となってはその記憶が、肌の下に刺さった棘のように疼いた。

静は娘を抱き上げ、弔問客でごった返す人波を縫って進んだ。遠縁の親族たちが投げる、品定めするような視線が肌に突き刺さる。静は俯き、足早にその場を離れた。

「鷹司夫人、心よりお悔やみ申し上げます」

会社のパートナーである佐藤健一氏が差し伸べた手を、完璧なバランスと抑制をもって静かに受け止めた。指先が触れるか触れないかのうちに、すぐに引き戻す。黒のトム・フォードのドレスが肩に張り付き、シルクの重みと高級感だけが肌に残った。

「ありがとうございます、佐藤様。智明は本当に素晴らしい方でした」

佐藤の視線は静の顔にわずかに長く留まり、次にバーの方へ滑り、また彼女の元へと戻ってきた。

「実に、素晴らしい方でした」

静の微笑みは揺るがない。「失礼します。ケータリングの最終確認がございますので」

彼が何か言う前に、静は身を翻した。ヒールが軽井沢の別荘の大理石の床にカツカツと乾いた音を響かせる。鷹司智明の葬儀には、東京の名だたる名士たち三百人が参列していた。その全員が、喪の黒に身を包み、それぞれの思惑を抱えてやってきていた。

静は群衆の中を、刃が水を裂くように進んでいく。ある参議院議員の夫人からの哀悼の言葉を受け止め、財団の新プロジェクトに関する質問を巧みにかわし、智明の学生時代の思い出話には、優しく目を細めてみせた。すべてのやりとりは計算され、精緻で――そして、疲れ果てるものだった。

空気が欲しかった。庭の空気ではない。煙草の煙と、囁かれる憶測とで濁った、あの空気ではない。本当の空気。そして、孤独。

静は大階段へと滑り込み、手すりに指を添えながら上がっていく。軽井沢別荘の二階は、こうした行事の際には立ち入り禁止区域だった。家族だけが許される場所。彼女はゆっくりと階段を上った。一階での演技に、全身の筋肉が悲鳴を上げていた。

東の棟は静かだった。高い窓から差し込む午後の光の中を、埃がゆっくりと舞っている。彼女は閉じられた扉の前を、いくつも通り過ぎた。客室。智明の子供時代の部屋。彼の娘がかつて眠っていた部屋。そして、廊下の突き当たりにある、重厚な樫の扉の前にたどり着いた。

智明の書斎。彼はそこを「聖域」と呼んでいた。革と古書の匂い、そして本物の思考だけが宿る部屋特有の静けさ。静はここで、何時間も彼と過ごしたものだった。階下で夫の鷹司暁がビジネスを仕切っている間、二人は詩について語り合った。

彼女は携帯電話を取り出し、井上文子に新しい出発予定時刻を知らせようとした。その時だった。

書斎の中から、声が聞こえた。

「こんなふうに会い続けるわけにはいかないわ」

西園寺絢子の声。智明の未亡人。静の義理の姉になって、もう四年になる。

静の手が凍りついた。立ち去るべきだ。絢子がどんな個人的な悲しみに直面しているにせよ、静が立ち入っていい場所ではない。

すると、暁の声が聞こえた。

「他に選択肢はない。少なくとも」

「暁さん、私、怖いの」絢子の声は低く、親密で、震えていた。「もし千代様に知られたらどうするの? 私、鷹司家から追い出されるわ。お義母様がスキャンダルをどう思っていらっしゃるか、あなたもご存知でしょう」

「大丈夫だ」暁の声は確固としており、自信に満ちていた。取締役会での議論を終わらせたい時に使う、あの声だった。「智明が死んだばかりだ。誰も君に手を出せない。それに――我々の計画こそが重要なんだ」

静の呼吸が止まった。計画?

「一度、胎児の親子鑑定でこの子が鷹司家の後継者だと確認されれば」絢子は続けた。その声はいつしか落ち着きを取り戻し、ほとんど打算的にすら聞こえた。「すべてが変わるわ。智明の信託、取締役の議席、議決権付き株式。すべてがこの子を通じて流れ込む。私たちの未来は、これで確保されるの」

赤ちゃん。その言葉は、静の胸を物理的な打撃のように打った。彼女は額縁を握りしめた。指の関節が、暗い木の表面で白くなった。

「そうだ」暁が言った。「一人の後継者。それが我々に必要な切り札だ。智明の信託は、直系の子孫がいなければ世代を飛ばすように組まれている。絢子、この子さえいれば、我々がすべてを掌握できる」

静の胃が、ひっくり返った。彼女は空いている手を口に当て、喉の奥から込み上げる吐き気をこらえた。

扉の隙間から、動きが見えた。影が揺れる。布地の擦れる音。そして、音。キス。柔らかく、長く、紛れもないもの。

再び暁の声。今度は低く、親密で――静の肌が総毛立つような響きだった。

「愛していない夫の葬儀で、悲しみに暮れる未亡人の役を演じさせてしまって、本当に申し訳ありません。さぞかし辛かったことでしょう。」「私たちの未来のためなら、何だってするわ」絢子の笑い声は軽く、ほとんど遊び心すら滲んでいた。「でも静さん……あの人は鋭いわ。何か気づいたらどうするの?」

暁は鼻を鳴らすような音を立てた。取るに足らないものと切り捨てるように。「静博士は、自分のラボと特許にしか関心がない。家族の政治や、感情の機微。彼女はデータには天才的だが、人には鈍感だ」彼は一拍置いた。「完璧な妻だよ。美しく、教養があり――そして、まったく無害だ」

無害。その言葉は、刃のように正確で冷たく、静の体に突き刺さった。データの異常を処理するために訓練された彼女の脳は、瞬時に新たな入力の分析を始めていた。入力――七年間の結婚生活、一人の娘、共有されたはずの未来。出力――計算されたビジネスの取り決め。変数「愛」――該当なし。結論――彼女の人生というモデルは、その根底から破損したデータの上に築かれていた。壊し、作り直す必要があった。

彼女はまだそこに立ち、まだ息をしていた。その時、ドアノブが回った。

静は考える間もなく身を動かし、扉の横の壁龕に身を投げ込んだ。分厚いベルベットのカーテンが、彼女を飲み込む。布地は埃と、古い金持ちの匂いで重かった。携帯電話を握る親指がキーパッドの上で宙に浮いたまま、無意識にサイドボタンを押していた。かすかな電子音とともに画面がロックされる。音声を録音していたのか、それともホーム画面のスクリーンショットを撮っただけなのか、自分でもわからなかった。彼女は壁に背中を押し付け、心臓が激しく打つのを感じていた。彼らに聞こえてしまうのではないかと、確信するほどに。

足音。二組。

彼らは彼女の隠れ場所から数センチのところを通り過ぎた。静はカーテンの隙間から、暁の手が絢子の腰のくびれに置かれ、彼女を階段へと導くのを見た。二人の顔は、すでに変貌していた。暁は喪に服す厳しい表情に。絢子は完璧に計算された悲しみで、青ざめ、やつれた表情に。

彼らは、嘆き悲しむ義姉を慰める、献身的な義弟のように見えた。二人の間には、何の関係もないように見えた。

静はその足音が消えた後も、長い間、暗闇の中に立ち尽くしていた。足が震える。手は氷のように冷たかった。彼女は呼吸を数え、それが落ち着くまで数え、そしてもう一度数えた。

ようやくカーテンの後ろから姿を現した時、彼女の顔は無表情だった。急ぐことなく、振り返ることもなく、彼女は二階のテラスへと歩いていった。十月の風がドレスを捕らえ、シルクを旗のように脚に打ち付ける。

彼女は携帯電話を取り出した。

画面に写真が映る。昨夏のワイナリー旅行での、暁と静と美晴。三人がカメラに向かって笑い、美晴が二人の腕に抱えられて宙に浮いている。完璧な家族。完璧な嘘。

静の親指が、画像の上で止まった。そして、削除を押した。写真は消えた。画面は暗くなった。

彼女は連絡先から井上文子の番号を見つけた。家政婦は、二コール目で出た。

「奥様?」

「文子」静の声は落ち着いており、ほとんど快活ですらあった。「車を勝手口に回して。すぐに出発する必要があるの」

返事を待たず、彼女は通話を切った。そして手すりに肘をつき、手入れの行き届いた庭園を見渡した。そこでは三百人の弔問客が、なおもシャンパンを飲み、株価について語らい、死に何か意味があるかのように振る舞い続けていた。

風が冷たく、彼女の顔を打った。

静は、それを感じなかった。

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