五年前、佐倉遥は一条蓮を救うため腹部にナイフを受け、それ以来、子供を産めない体になった。
「一生、子供は望まない」と語っていたはずの蓮だったが、ついに「代理出産」という考えに至る。そして、彼が選んだ相手は、遥に酷似した女子大生、白石葵だった。
蓮は知らなかった。その要求を口にした初日から、遥が彼のもとを去ることを決意していた、ということを。
「遥、おばあ様はずっとひ孫を心待ちにしていたんだ。今、集中治療室にいる彼女のために……葵は、僕たちを助けたいと言ってくれている」
その日以来、葵は二人の家に住み着いた。
蓮と葵が睦み合う姿を初めて目撃したのは、深夜のことだった。
客室のドアがわずかに開いていて、遥はドアのそばに立ち尽くし、絡み合う二つの影をはっきりと見てしまった。
「蓮さん、怖い。私、嫌いにならない?」 「私、遥お姉さんには敵わない?」
「馬鹿だな、君は本当に純粋で、それが僕の好きなところなんだ」 蓮の声はとろけるように甘く響く。「遥はベッドでは、どうにも堅苦しくて……」
彼の陶酔しきった顔を見て、遥の胸に鋭い痛みが突き刺さる。
彼はずっと、私がベッドで堅苦しいと思っていたのか?
けれど、かつては、私の恥ずかしがる姿が一番好きだと言っていたのに。
涙が頬を滑り落ち、遥は壁にもたれかかって、夜明けまで泣き続けた。
その夜、彼らは三度も求め合った。
蓮が目を覚ましたとき、彼は目を赤く腫らした遥を見た。
彼は遥を気遣うように抱きしめ、囁いた。「遥、おばあ様が急かしてくるんだ。もう少しの辛抱だよ。 葵が妊娠したら、もう彼女に触れることはない」
その後、彼らの逢瀬は頻繁になった。遥は彼らを書斎で、リビングのソファで、バルコニーで……何度も目撃するようになる。
半夜に目を覚ますと、蓮はそっとベッドを抜け出し、「客室の葵の様子を見てくる」と言って出て行った。
彼が戻るまでにはいつも二時間。その頃には、首筋には無数のキスマークが刻まれていた。
遥が目を赤くして彼を見つめるたび、彼は決まって弁解を始めた。「遥、もう少しの辛抱だ。彼女はただの器なんだ。僕が愛しているのは君と、そして彼女のお腹の中にいる僕たちの子供だけだよ、それだけだ」
葵が妊娠した日、蓮は彼女を抱きしめてリビングでくるくると回った。「ついに僕は父親になるんだ!ありがとう、葵。君はまさに神様が僕に遣わした天使だ!」
その日から、蓮の世界には葵しか存在しなくなった。
遥の誕生日の日、蓮は葵の妊婦検診に付き添うと言って、家には戻らなかった。
遥が四十度の熱を出して、彼に傍にいてほしいと願った夜、彼は夜中に葵の一番好きだというアイスクリームを買いに出かけていった。
そして、二人の結婚記念日さえも、彼はすっかり忘却の彼方だった。
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