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藤堂柚月は、心を込めて選んだプレゼントを抱え、藤堂森の誕生日パーティーへ向かった。
玄関に着いた、その瞬間——中から声が漏れ聞こえてきた。
「森、鈴木桜戻ってきたなら、これでやっとゴールインだな…… でもさ、家にいるあの子、気が強いだろ。もし反対されたらどうする?」
一枚のガラス越しに、薄暗い照明が揺れている。森の表情は見えない。ただ、淡々とした声だけが届いた。「ただの子どもだ。いちいち相手にする必要はない」
「柚月は確かにまだ若いけどさ……彼女がずっと君を好きだったこと、知らない奴はいないんだ。 あれだけ長い間、まったく心は動かなかったのか?」
佐藤和希のその一言に、柚月の胸がいきなりぎゅっと締めつけられた。息をするのも忘れる。
——知りたかった。彼は、自分に対して、果たして一度でも心を動かしたことがあったのだろうか。
リビングの中央、ソファに身を預けた男は、どこか気怠げに座っていた。全身から、成熟した大人の男の落ち着いた空気が漂っている。 彼はわずかに間を置き、低く冷たい声で言った。「……あの子が幼いのは仕方ない。だからこそ、これ以上、冗談にするな。柚月は俺にとって姪だ。それ以上でも以下でもない。俺が彼女を好きになることは、永遠にない」
——俺が彼女を好きになることは、永遠にない。
その言葉は、鋭い刃のように、容赦なく柚月の心臓を貫いた。
室内の誰も、扉の外に立つ存在には気づいていない。笑い混じりの声が、無神経に続く。「はいはいはい。森にとって最高の初恋の女神は桜だもんな。何人の柚月を集めたって、あの人一人にはかなわないって」
森は淡々と「……ああ」とだけ応じ、続けて言った。「あとで、桜の前で柚月の話はするな。変に誤解されると困る」
「俺たちがわざわざ言わなくてもだろ」
和希は意味ありげにため息をついた。「あの子の性格だぞ。君が他の女と一緒にいるなんて、黙って許すわけがない」
「だよな」 隣にいた仲間も調子に乗って口を挟み、笑いながらからかう。「そういえばさ、柚月ももう二十歳だろ? いっそ柚月を愛人ってことにすればいい。家には柚月、外には桜。あの子の立場と、お前を好きな気持ちを考えたら、拒まないはずだ」
言い終える前に、森の冷えきった視線が、その男を射抜いた。
「……ふざけたことを言うな」 低く、はっきりとした声だった。「俺は、あの子が可哀想だったから、兄に引き取らせただけだ」
「俺の心にいるのは、桜だけだ。……気持ち悪いことを言うな」
「……っ」
——その瞬間。扉の向こうで、柚月の手がドアノブを強く握りしめられた。息が、詰まる。
——そうか。自分の気持ちは、気持ち悪いものだったのだ。
さっきまで、彼女はそのまま扉を押し開けるつもりだった。けれど今は、身体から力が抜け落ちたようで、言葉ひとつ、口にする気にもなれなかった。
柚月は視線を落とし、込み上げてくる涙を必死に堪える。そして、何も言わないまま、踵を返した。
外は薄暗い通り。人影は、どこにもなかった。
その会員制のプライベートクラブは、人目につかない川沿いに建っており、“極端なまでの私密性”で知られていた。そのせいで、周囲にはタクシー一台すら見当たらない。
柚月は手にした誕生日プレゼントを強く握りしめ、足早に歩き続ける。
先ほど耳にした言葉が、ひとつひとつ、頭の中で繰り返された。
……じゃあ、私は今まで一体、何を諦めきれずにいたの?
柚月よ……あんた、そんなに卑しい女だったのか?
唇の端に、かすかな苦笑が浮かぶ。気づかないうちに、涙が地面に落ちていた。音もなく、誰にも知られずに。
前方には、十字に分かれた交差点。通り過ぎる車のハイビームが、真正面から差し込み、目が焼けるように痛んだ。——その瞬間だった。柚月の指先が、ふっと力を失う。
手の中から、誕生日プレゼントが落ちた。鈍い音を立てて、アスファルトの上に転がる。
ボーナスを使って買ったカフスだった。決して安いものではない。
……けれど、もうどうでもよかった。
柚月は大きく息を吸い込み、スマートフォンを取り出す。迷いなく、一つの番号を押した。
「……二階堂宗介。前に言ってた話、受けるわ。あなたと、結婚する」
宗介は柚月より五つ年上で、かつては藤堂家の隣に住んでいた幼なじみだった。二人は同じ時間を過ごして育ったが、彼は高校卒業と同時に海外へ渡り、帰国したのはつい最近のことだ。
宗介はいま、北城に腰を落ち着けている。時間を作って柚月に会いに来たのは、一度きりだった。そのときの会話は、ほとんどが国内の結婚事情についての愚痴だった。言葉の端々から伝わってきたのは、避けようのない“結婚への圧力”。
「柚月。俺にしても、君にしても、最後はどうせ政略結婚だ。親は、俺たちが幸せかどうかなんて気にしない。彼らにとって大事なのは、“結婚した”という事実だけなんだ」
そして、少し肩をすくめるように、こう続けた。「どうせ結婚するなら、一緒にいて楽な相手を選んだほうがいいだろ。 ……いっそ、俺たちで結婚しないか?」
そのときの柚月は、思わず笑ってしまった。あまりにも現実的で、どこか冗談めいて聞こえたからだ。
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