/0/19057/coverorgin.jpg?v=6adf425183e50931146bf64836d3c51d&imageMogr2/format/webp)
「うっ、痛い……」
硬い異物が体に突き刺さるのを感じた瞬間、篠崎葵は痛みで意識が一瞬飛んだ。
太腿の間からじわりと血が滲み出すのが見えて、思わず声が漏れる。「……最悪!」
椅子の上に酔仙草の束を置いていたのを、すっかり忘れていた。よりにもよって、そのまま座ってしまうなんて。長くて鋭い棘が、しっかりと肉に食い込んでいる。痛みと情けなさで、涙が出そうだった。
酔仙草には強力な麻酔作用がある。このままじゃ、あと六時間は全身の力が入らなくなるだろう。葵はすぐに決断した。――店を閉めて、休もう。
痛みで顔をしかめながら棘を引き抜き、『本日休業』の札を掛けに立ち上がる。
だが、立ち上がるより早く、ガラスのドアが勢いよく開き、スーツを隙なく着こなした大柄な男が入ってきた。刺すような鋭い気配が、頬を掠めていく。
男の視線が、真っすぐ葵に向けられた。整った目鼻立ちは、霜のように冷たい。その眼差しには、嫌悪と憎悪、そして、彼女を切り刻みたいとでも言いたげな残忍さが混じっていた。
葵はわずかに眉をひそめた。見覚えのない男だ。素性も目的も分からない。
けれど、ひとつだけ確かだった。こいつは、間違いなく善意の訪問者じゃない。
葵には、敵が多かった。任務のたびに偽名と仮面を使ってはいたが、身元が漏れていない保証なんて、どこにもない。組織に裏切り者が出るなんて、よくある話だ。そう考えれば、敵が追ってきて殺しに来ても、誘拐しに来ても、何の不思議もない。
体の力が、急速に抜けていく。軽率には動けない。葵は、平静を装うしかなかった。
「お客様、お花をお探しですか?」
「フッ!」
男は冷たく鼻で笑った。
男は何も言わず、いきなり葵を抱き上げた。そのまま、ためらいもなく外へ向かう。
「――っ!」葵は本能的に拳を振るった。 だが、力の入らない拳は、男の体に当たっても、まるで、恥ずかしそうに甘えているだけのように無力だった。
その直後、目に飛び込んできた光景に、葵は息を呑む。
狭く古びた旧市街の通りに、黒いロールスロイスが十数台。どれもピカピカに磨かれた高級車が、花屋の前にずらりと並んでいた。
周囲を囲むのは、百人を超える黒服のボディガード。まるで水一滴も通さぬ壁のように、彼女の小さな店を取り囲んでいる。
通行人たちはすでに怯え、両側の店へと逃げ込んでいた。
まるでドラマの中で裏社会の大物が街を占拠するシーンそのものだった。
さすがに場数を踏んできた葵も、蘭市のどの重要人物が自分を捕まえようとしているのか、すぐには見当がつかなかった。
白昼堂々これほどの大騒ぎを起こすとは、あまりに傲慢で、狂気の沙汰だ。
男は迷いなく、葵を乱暴に車へ放り込んだ。
すぐに彼も乗り込み、葵の隣に腰を下ろす。
ドアが閉まると、狭い空間は彼の強大で冷酷なオーラに圧迫され、窒息しそうだった。
葵は平静を保とうと努め、こっそりポケットに手を入れて携帯電話を探り、救難信号を送ろうとした。
だが、触れた途端、携帯は隣の男に奪い取られた。
葵は男の険しく、こわばった横顔を一瞥した。「どなたか存じませんが、せめてお名前と、私を誘拐する目的を……うぐっ!」
続く言葉は飲み込まざるを得なかった。力強い大きな手が、彼女の喉を掴んでいたからだ。
少しでも逆らえば、首をへし折られんばかりの勢いだった。
/0/20023/coverorgin.jpg?v=f0b6b8c0f80638213a5c1313b669a39d&imageMogr2/format/webp)
/0/2218/coverorgin.jpg?v=7c52be6e22704486584b4d83ba802a12&imageMogr2/format/webp)
/0/19226/coverorgin.jpg?v=6c1acfbd66eb7159f29b10e41ef326b6&imageMogr2/format/webp)