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「陽葵、母さんの言葉を覚えておくのよ。二十歳になるまでは、その才能も美しさも、決して人に見せてはならないわ」
十五年間、桜井陽葵は母が死の間際に遺したその言葉を、片時も忘れずに胸に刻んできた。この家で、わざと醜く、愚かに振る舞い続けてきたのだ。
そして今日、彼女は二十歳の誕生日を迎えた。ついに、本当の自分を解き放つ時が来たのだ。
バスタブに湯を張り、特殊な薬液を注ぎ込んだ。傍らにはメイク落としの道具一式を準備し、陽葵は服を脱ぎ始めた。心地よい湯に浸かり、顔に塗りたくった醜悪なメイクを洗い流す――その準備は万端だった。
しかし、その時だった。コンコン、と控えめながらも有無を言わせぬ響きで、部屋の扉がノックされた。仕方なく、陽葵は手を止め、扉へと向かった。
そこに立っていたのは、いつも鼻持ちならない態度の家政婦、河合久美子だった。「陽葵さん。物置なんかに引きこもって、こそこそ何をなさっているんですか。 今日は莉子お嬢様の大事な婚礼の日でしょう。顔も見せないなんてことになったら、奥様があなたをないがしろにしていると、周りにどう思われるか。さあ、早く母屋にいらっしゃい!」
これが主家の娘に対する、一介の使用人の口の利き方だろうか。
物置に引きこもっている、ですって?この十五年間、陽葵はこの裏庭の物置小屋に追いやられ、生活することを強いられてきたというのに。
母が亡くなり、継母の山口梓が、自身の私生子である山口莉子を伴ってこの家の後妻に収まってからというもの、父の山口尚矢を含め、家族の誰もが陽葵を人間として扱わなかった。
「……着替えたら、すぐに行くわ」
「そのみっともない姿で、何に着替えるというんですか! さっさと来てください!高木家の皆様はとっくにお見えになっていますし、役所の方も、高木様と莉子お嬢様の婚姻登録のために、わざわざ出張してくださっているんですよ。奥様が、この神聖な瞬間を家族全員で見届けたい、と仰せです!」
陽葵は心の中で冷たく笑った。
高木家は、この汐風市で知らぬ者のない名門中の名門。その跡継ぎである高木峻一は、商才に溢れ、その容姿は女性たちの憧れの的だ。そして、妹の山口莉子は「汐風市一の令嬢」と名高い。
二人の結婚が、世間の注目を一身に集めるのは当然だった。 メディアは「才子佳人」「天が定めた運命の二人」と書き立て、ありとあらゆる美辞麗句が二人を飾った。
ネット上では、自分たちの「男神」と「女神」が、早くおとぎ話のような結婚生活を始めてくれることを願う声で溢れかえっている。
継母の梓が口にした「神聖な瞬間」などという言葉は、もちろん建前に過ぎない。本当は、自分の娘がどれほど幸せかを見せつけ、陽葵を嫉妬の炎で焼き尽くしたい――ただそれだけのことだ。
陽葵は河合久美子の後に続き、母屋の応接間へと向かった。
今日の山口家は、莉子の嫁入りを祝うために、これ以上ないほど贅沢に飾り付けられている。
応接間に集う人々は皆、華やかな礼装に身を包んでいた。その中で、安物のTシャツに破れたジーンズ、そして極め付きに醜悪な顔をした陽葵の存在は、その場の空気を著しく歪めていた。
継母の梓は、高木家の当主であるおじい様と歓談していたが、陽葵の姿を認めるや、一瞬目を見開いた後、ことさらに柔和な笑みを浮かべた。「まあ、陽葵。おば様が新しいドレスを用意しておいたのに、どうしてそれを着てこなかったの?」
用意したですって?笑わせる。
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