
「真優がいないと無理だ」
そう言って私を引き止めた幼馴染の彼は、
転校生の前では、私のケーキからイチゴを奪い、
階段から落ちた私を一瞥もせずに追い出した。
だから私は、彼の人生から完全に姿を消すことにした。
東大も、約束も、すべて捨てて——
第1章
―― 杉原真優 ――
あのショートケーキのイチゴが、私たちの十年間のすべてを終わらせた。
陸斗は、私が一番好きなそれを、何の迷いもなく、天野萌花の口に入れた。
その瞬間、胸の奥で何かが砕ける音がした。
私と滝口陸斗は、誰もが認める幼馴染カップルだった。幼稚園からの付き合いで、互いの良さも欠点も知り尽くしていた。陸斗は学校一のイケメンで、背が高く、いつも黒いマウンテンパーカーを着ていた。クールな見た目とは裏腹に、私にだけは特別だった。彼の行動、言葉、視線、そのすべてが私に向けられていた。
私たちは東京大学への進学を約束し、将来の夢も共有していた。
陸斗はいつも私の手を取り、こう言った。
「真優がいない未来なんて、考えられない」
その言葉を、私は心の底から信じていた。
彼の存在は、私の日常そのものだった。
永遠に続くと思っていた。
私たちの家は隣同士だった。子供の頃から、窓を開ければ互いの部屋が見える距離。壁が薄いせいで、夜遅くに彼が電話をする声さえ聞こえてくる——それが、かつては私の安心だった。
高校三年生の春、天野萌花が転校してきた。
彼女は小柄で、栗色の髪が肩で揺れる可愛らしい子だった。担任の先生は、何かと戸惑いがちな萌花の世話を陸斗に任せた。
「滝口くんは面倒見がいいから、天野さんのことを頼むね」
陸斗は明らかに不満そうな顔をした。
「俺がですか?」
そう言って渋ったものの、担任は聞く耳を持たなかった。教室の隅で縮こまっている萌花を見て、陸斗は仕方なく引き受けた。
最初のうちは、陸斗も義務的に接しているだけに見えた。必要な書類の場所を教えたり、授業の進み具合を説明したり。放課後は、私と陸斗が変わらず一緒に帰り、萌花はいつも少し離れた場所で私たちを見送っていた。
だが、私は気づいていた。萌花が陸斗を見る目に、どこか熱のこもったものが混じり始めていることに。そして何より——彼女が私を見るたび、一瞬だけ目に浮かぶ、あの澱んだ感情を。幼い頃からずっと陸斗の隣に居座る私に対して、萌花はある種の焦りと嫉妬を抱いているように見えた。『幼馴染』という、彼女には決して侵せない絶対的な安心感——それが、彼女にとっては耐え難い枷だったのだろう。
少しずつ変わっていった。
萌花は陸斗の隣にいる時間が増えた。休み時間には質問をし、放課後には「一緒に残って勉強しない?」と誘う。陸斗は面倒くさそうにしていたが、断ることはなかった。
気づけば、陸斗の視線は萌花に向かうことが増えていた。私が隣にいても。
ある日、私が「今日の塾、早く行かないと遅れるよ」と声をかけた。
「萌花が食べたいって言うから」
陸斗はそう言って、行列の絶えない人気スイーツ店へ向かった。私と行く約束をしていた塾を、萌花のためにサボったのだ。
私のことなど、まるで存在しないかのように。
夜中、壁一枚隔てた隣の家から、陸斗がリビングで萌花と長電話をしているのが聞こえた。壁越しに漏れる彼の笑い声。隠そうともしていなかった。かつては私と交わしていた夜の電話が、今は別の女に向けられている。
布団の中で、冷たい孤独を噛みしめた。
不安に耐えかねて、私は何度も別れを切り出した。
「私たち、もう終わりにしよう」
最初にそう告げた時、陸斗は雨の中で土下座して私を引き止めた。
「真優がいないと俺はダメだ。本当にごめん」
泣きながら謝る彼を、私は信じた。もう一度やり直せると思った。
二度目に別れを切り出した時も、彼は私の好きな花束を抱えてきた。「もう二度と不安にさせないから」。その言葉に、また安心してしまった。
陸斗は、私がどんなに傷ついても結局は戻ってくると、どこかで思い込んでいたのだろう。
三度目に「もう終わりだね」と言った時、彼はこう返した。
「またか」
まるで聞き慣れた冗談のように。
私の心は、その瞬間に完全に冷え切った。
決定的な出来事は、受験終わりの打ち上げだった。
クラス全員で居酒屋に集まり、賑やかな空気に包まれていた。私は陸斗の隣に座り、萌花は向かい側。デザートが運ばれてきて、ショートケーキが一人一つずつ配られた。
私は無意識に、自分のケーキのイチゴを最後に残した。昔からの食べ方だった。
陸斗は隣で、萌花と楽しそうに話している。二人の会話は、もはや私には届かない場所で交わされているようだった。
突然、陸斗のフォークが伸びてきて、私のケーキからイチゴをすくい取った。
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