恋人が交通事故で一週間意識不明に陥った後、突然記憶を取り戻した。
この時、遠藤美咲は栗崎修一のベッドの傍らで、丸七日間にわたってほとんど飲まず食わずで付き添っていた。
一方、修一が意識を取り戻して最初に口にしたのは、彼女への問いかけだった。
「どうして君が?」
「詩織はどこだ?」
彼は、夜通しの看病で疲れきり、目の下に隈ができた美咲を見つめて言った。「俺が記憶を失っていた間に起きたことは、すべて本心じゃない。今日限り、君とは一切関係ない。俺たちの恋愛関係も当然、なかったことになる」
美咲の体は、激しく震えた。
その時、修一が目を覚ましたと聞いて、友人たちが病室にどっと押し寄せ、大小様々な花束が床に置かれた。
「修一、ようやく目が覚めたか。今回はマジで死んだかと思ったぜ」
そう言ったのは、修一の幼馴染である藤崎浩介だった。
「ちょっと、黙ってよ。最低」
佐々木詩織が甘えた声で不満を漏らした。「修一がせっかく意識を取り戻したのに、そんなこと言うなんて縁起でもない。ペッ、ペッ!」
彼女はそう言いながら慌てて駆け寄り、修一の前に屈み込んだ。
修一は手を伸ばし、優しく彼女の額を撫でた。「怖がらせたな」
「詩織、この二年間、寂しい思いをさせた」
詩織は唇を尖らせ、目に涙を浮かべた。
「もういいの。事故で入院までしたあなたに、怒ってなんかいられないわ。 これからはただ健康でいてくれれば。もう無茶な運転とか、危ないことはしないで。それだけで十分よ」
修一は弱々しく微笑んだ。
病室の空気は、まるで溶け始めた氷河のように、一瞬で暖かく和やかなものになった。
「修一、お前が知らないだろうけど、今回の入院で詩織は心配で死にそうだったんだぞ」
「その様子だと、記憶は戻ったのか?」
「じゃあ、遠藤美咲は――」
言葉が、途切れた。
その名前が呼ばれた時、美咲はすでに気を利かせて病室の外へと出ていた。
修一が意識不明の間、彼女は脳内で無数の可能性を思い描いたが、彼が目覚めた瞬間に、自分と共に過ごした二年間の時を完全に投げ捨ててしまうことだけは、想像していなかった。
その時、病室から誰かの声が聞こえた。
「この数日間、遠藤美咲は大変だったんだ。ほとんど寝ず食わずで君の看病をして、体を拭いたり、マッサージをしたり。彼女がいなければ、君はこんなに早く回復できなかったかもしれない。この恩は忘れるなよ」
美咲の心臓が、一瞬止まったかのように感じられた。
「事故の前、君は遠藤さんのために――」
「もういい、やめろ」
病室の会話が遮られた。
修一の声には、苛立ちが滲んでいた。「俺が回復できたのは、遠藤美咲のおかげだってことは分かってる」
「これからは、彼女に良くしてやるつもりだ」
「妹みたいに、な」
美咲は、自分の心臓が天高く持ち上げられ、そして地面に叩きつけられるのを感じた。
ほんの一週間前まで、彼は周りの人間に彼女を紹介していた。「こちらは遠藤美咲、俺の婚約者だ」と。
それが今や、彼女は「妹」に成り下がってしまった。
美咲は唇の端を吊り上げて、力なく笑った。
己の哀れさを、そして己の愚かさを笑った。
二年間という月日が、彼の真心を手に入れられると信じていた。だが、彼の心の奥底には、かつて自分を捨てて去っていった女性が今もなお居座っていたのだ。
栗崎修一と佐々木詩織は幼馴染で、共に育ち、婚約も既定路線のはずだった。