獣人と人間が共存する世界。
ユークリット大陸はその昔、人間が治めるアルバニア王国とイヌ科獣人が治めるエクセリア王国の二国からなっていたが、エクセリアの使節団が他の大陸で見つけたネコ科獣人を生け捕り奴隷として王へ献上した。
それ以降、美しいネコ科獣人を奴隷として飼うことが上流貴族のステータスとなり、より強く美しいネコ科獣人を競って飼っていはじめた。
強いネコ科獣人が増えていくことで次第に力をつけていき、ついにはネコ科獣人の反乱によりアルべニアの領地のうち砂漠地域を奪われることになる。
そこにネコ科獣人によるサバニア王国が建国され、ユークリット大陸は3つの王国からなる大陸となった。
9年前
エクセリアのセレステン王が第3王子であるテオドールを伴い、アルべニアのルイ王の誕生日のお祝いにアルべニア城を訪問していた。
ルイ王は第1王子フレデリック、第2王子ヴァレリー、王女ブリジットの三人をテオドールに紹介するが、ブリジットは獣人を嫌っているため挨拶もそこそこにどこかへ行ってしまった。
さすがにフレデリックは長兄であるため礼儀をつくした挨拶をしてから自室へ戻って行った。
そんな二人の姿をルイ王はため息交じりに見送ったが、末の王子ヴァレリーは自分より6歳年上の16歳ながらすでに王者の風格を備えたテオドールに興味と好意を抱き、テオドールもヴァレリーと同じく獣人である自分にも物怖じしない美しい王子に興味をもった。
その姿に気をよくしたルイ王は
「ヴァレリー、テオドール王子に城内を案内してあげなさい」
「はい、お父様。こっちだよ」
そういって、満面の笑みのヴァレリーはテオドールの手を握って歩き出した。
急に手をとられたテオドールはすこし驚いたが、それ以上に鋭い爪と黒く光る毛に覆われた手を握るヴァレリーの白く美しい手に見惚れて心臓が破裂しそうなほど動悸がした。
全身が沸騰するほどであるが、オオカミ特有の黒い毛に覆われているおかげで顔が赤くなっているのを気づかれずに済んだ。
城内を歩きながらヴァレリーは見たことのないエクセリアの話に夢中になっていた。
本を読むのが好きなヴァレリーにとって、エクセリア湖に住むというウォータードラゴンや城の北にある島にすむドラゴン族、北の半島にはコボルトの村もあるという。
さらには、エクセリア湾にはマーマンや人魚などの海中の民がやってくるという話をきいて
ヴァレリーは目をキラキラさせた。
「エクセリアに行ってみたい」
「いつでも歓迎しますよ、その時はわたしが案内します」
「そうそう、エクセリア湾で養殖されている真珠は世界一の美しさと言われてます。是非それも見せてあげたい」
「真珠かぁ、お母様に合うだろうな」
きっとヴァレリーにも合いますよと言いたかったがそれは黙っていた。
楽しく話をしていると庭の中心にある温室に着いた
中は色とりどりのバラの花が咲き乱れていた。
「見せたいバラがあるんだ」
そういってテオドールの手を掴もうとしたときに
赤いバラに手が引っかかってしまった
「あっ」ヴァレリーは指を抑えた。
抑えている所を見ると白く形のいい指の先から真紅の雫が流れていた、反射的にヴァレリーの指を口に含む。
驚くヴァレリーにあわててあやまった。
一瞬驚いたが指先にのこるテオドールの温度に少し照れながらゆっくりと顔を横に振り
「このバラは嫌い、美しいけど棘があって王妃様のよう」
「僕が好きなのは母様が好きなアレッサというバラ」
そう言うとテオドールの手を取って歩き出す、
温室の中はむんと甘い香りが漂う。
ヴァレリーに手を引かれて温室の最も奥へ行くと、そこには薄いピンクに黄色が溶け込んだ上品で優しげなバラが咲いていた。