玉座についたヒーロー
作者上沼 鏡子
ジャンル冒険
玉座についたヒーロー
「陛下、ご命令をお取り下げください! バジルは陛下の息子なのですよ...」 レナの声は次第に小さくなり、 表情も険しくなった。
「私は決心したのだ。 お前はもうバジルをかばう必要はない。 彼はもはや聖ドラゴン帝国の王子ではなくなったのだ」と皇帝は言った。
「父上、ご心配は要りません。 賢明なご判断です」とアルストンは冷たい笑顔でロッキーに近づき、軽蔑した眼で睨みつけた。
アルストンは顔立ちのいい王子だったが、 いい人間ではないことをロッキーはすぐに察知した。 見た目の美しさと心の美しさは別物だったということだろう。
「この聖ドラゴン帝国の皇帝はなんて残酷なんだ! 何があろうと、バジルは彼の息子なのに! どうして彼はバジルの王子としての地位をそんなに簡単に否定することができたのだろう?」 ロッキーは心の中で考えた。 「バジル、つまり僕はもはや王子ではなくなって、贅沢な暮らしも終わりを告げることとなった。 もしこうなることがわかっていたら、聖ドラゴンビーズになど触ることはなかったのに」
不幸の前にはいつも幸せがやってくるものだ。
司祭長も皇帝の決定に驚いたが、理にかなっていると思った。 彼が軽蔑を込めた笑顔でバジルを冷たい視線を送っていることから見て、 バジルにできるだけ早く国を出て行って欲しかったのだろう。
「しかし、バジルは聖ドラゴンビーズと結合したことで、 ドラゴンスピリチュアルパワーを獲得し、スピリットマニピュレーターとなった。 今や彼はドラゴンを操れるロイヤルスピリットマニピュレーターなのだ。 したがって、聖ドラゴン帝国の法律に従い、彼は他の王族のスピリットマニピュレーターとともにドラゴン宗家のスピリチュアルメソッドの訓練を受け、学ばなければならない」と皇帝はさっきとは異なる衝撃的な発表をした。
誰もが再び驚き叫んだ。 もちろん、彼らは「ロイヤルスピリットマニピュレーター」が単なる称号であることはわかっていたが、 ロイヤルスピリットマニピュレーターになることの最大の利点は、通常のスピリチュアルメソッドよりもはるかに優れたドラゴン宗家のスピリチュアルメソッドを学ぶ機会が得られることだった。 例えば、スピリットマニピュレーターが同じグレードの2つのスピリチュアルメソッドを使用した場合、ドラゴン宗家のスピリチュアルメソッドは通常のそれよりもはるかに強力だった。
したがって、スピリットマニピュレーターならば誰もがドラゴン宗家のスピリチュアルメソッドを学ぶことを望んでいたが、聖ドラゴン帝国の法律では、ロイヤルスピリットマニピュレーターにしかそれが許されていなかった。
だから、通常のスピリットマニピュレーターへの挑戦に何度も失敗してきたバジルにとって、これは願ってもない話だった!
「陛下、彼は...」 司祭長は、皇帝がバジルのロイヤルスピリットマニピュレーターとしての新たな地位を認めるとは予想もしておらず、 皇帝がスピリットマニピュレーターとしての彼の地位を奪い、彼のドラゴンスピリチュアルパワーを永遠に封印するべきだと考えていた。 そんな司祭長にとって、皇帝がバジルの王子としての地位を奪っただけではほとんど意味がなかったのだ!
レナも混乱し、皇帝がなぜこのような選択をしたのか理解できなかったが、 ロッキーが少なくとも王室のスピリチュアルメソッドを学び、訓練が受けられることを知りうれしく思った。 なんと不幸中の幸いだ。
「では、そろそろ儀式の終わりだ。 司祭長、彼らをビーストの飼育場へ連れて行き、まず彼ら専用のウォービーストを選ばせ、それからドラゴンフィールドに連れて行き、最も過酷な訓練を受けさせるのだ。 レナ、一緒に来なさい」と皇帝は厳そかに司祭長に言うと、 レナと、帝国の護衛兵たちを伴って立ち去ろうとした。
レナはロッキーにうなずき、目で彼を励ますと すぐに、皇帝に従い出て行った。
ロッキーはレナが出ていく姿を見て微笑んだ。 彼がこの世界で目覚めた瞬間から、いつも彼のことを気にかけていた彼女は 天使のように誰よりも美しく高潔だと思った。
「そうだ。 僕は彼女をガールフレンドにするぞ。そして...」 ロッキーの想像は膨らんだ。
間もなく集団が近づいていることに気づいた。
集団を率いていたのは、バジルの兄弟である皇太子のアルストンで、他の王子も一緒だった。
「バジル、もはやお前は王子じゃないんだ。 自分が王族の一員だと、決して他人に言うんんじゃないぞ。 お前は王室の恥さらしなんだからな」
「聖ドラゴンビーズと結合できたからと言って、お前に何ができる? お前はまだとても弱っちょろいから、スピリットマニピュレーターなら誰でも簡単にお前を殺すことができるんだ!」
「お前には俺の兄弟でいる価値なんか無いんだ!」
アルストンは何も言わなかったが、 周りに群がり始めた他の王子たちはロッキーを冷たく侮辱し始めた。 確かに、彼が本物のバジルだったら、かなり傷ついただろう。
最も忍耐強い人間ですら、このような屈辱的な侮辱に耐えることはできなかっただろう。 ロッキーは本物のバジルではなかったとはいえ、彼らの卑劣な言葉には憤りを感じたので、すぐに「フン! 君たちは僕に嫉妬しているんだ。 僕は聖ドラゴン帝国の神聖な宝と結合したが、君たちは違う!」と言い返した。
「何だって? 俺たちがお前に嫉妬してるって ? ふざけるな! 誰もお前に嫉妬なんかしてないさ。 お前はただの負け犬なんだよ!」
「僕が負け犬? 面白い、王子として、他人をいじめる以外に何ができるか 教えてくれよ。僕は王子になんてなりたくないね。 君たちのような哀れな人間にはなりたくないからね! いつか、自分の物を取り戻してやるからな」とロッキーは傍若無人に言った。
王子たちは自信満々の彼に驚いたのか、 一瞬、誰もが言葉を失った。 彼らは目の前にいるのがもはやバジルではないことを知らなかったからだ。かつてのバジルはとても弱く臆病で、大声で話すことなどできなかったのだ。
突然、ロッキーの前に影が現れた。 見上げると、アルストンが来るのが見えた。 頭一つ分背が高い彼はロッキーの襟元をつかみ、彼をだまらせた。「聖ドラゴンビーズと結合したからと言って、お前は何もない、 ただの負け犬なんだよ。 自分のものを取り戻すだと? バカか! お前はここの人間じゃないんだ!このろくでなしが!」
「何様のつもりだ、このくそったれ!」 ロッキーはすぐに言い返した。 彼はいたずらに意地が汚い子のような輩は大嫌いだった。
「何だと! ?」 アルストンはバジルがこんな反応をするとは思ってもみなかったが、 あまりにも激怒したので、すぐに強力なドラゴンスピリチュアルパワーを爆発させた。
その刹那、ロッキーはアルストンのパワーに取り囲まれ、圧迫されて 窒息しそうになった。 アルストンに対する恐れはなかったが、無意識のうちに震え、 ついには、その強烈なパワーに対する恐怖でパニックになった。
その時点では、命はなさそうだと感じたのだ。
アルストンとロッキーの争いに、王族と貴族たちは注目しながら 彼らを取り囲み、色々話していた。
「殿下」 突然、老人の声がした。 ロッキーにとっては助け船だった。
その声の主はずっと脇に立っていた司祭長だった。 しかし、彼はアルストンを止めようとはせず、 ただ冷たい目で彼らを見ていた。
司祭長の声を聞いて、アルストンは落ち着きを取り戻すと、 パワーを引っ込め、ロッキーを突き飛ばし、怒りと憎しみに満ちた目でにらんだ。 ロッキーは息を切らして地面に倒れると、 かなり困惑した様子だった。
周りの誰もが彼を大声で笑った。
ロッキーは拳をかなり強く握り締めていたので、指の爪が手のひらに食い込んだが、 その痛みは彼の激しい怒りには到底及ばなかった。
自分の体内で感じる恐怖とパニックは恥ずべきことだと思ったのだ。
それは心理的な条件反射だったが、アルストンは想像以上に強く、 アリを潰すくらいの感覚で自分を殺すことができた。
「今度俺に楯突いたら、殺すからな」とアルストンは傲慢にロッキーを指差し、冷たく言った。
ロッキーは立ち上がって大声で笑い、鋭い目でアルストンを見た。 群衆と王子たちはその笑い声に唖然とし、 バジルが狂ってしまったのではと思った。 彼は少し前に殺されかけたというのに、 笑ったからだ。
「待ってろよ。 いつか、僕はお前より強くなるからな」 ロッキーもアルストンを指差した。 彼のエネルギーにより、その弱い姿は以前の彼よりも大きく見えた。
彼の言葉は衝撃的だった。
それは完全な挑戦なのだ。