玉座についたヒーロー
作者上沼 鏡子
ジャンル冒険
玉座についたヒーロー
ロッキーは一瞬にして、腕から放射状に広がる激しい痛みに襲われ、 まるで獣に肉を激しく噛まれているようだった。 痛みに耐えきれず地面にひざまずくと、 顔は青ざめ始め、 体からは冷や汗が流れ、激痛に顔を歪めた。
聖ドラゴンビーズがロッキーに反応したことを誰もが驚いたが、 すぐにロッキーを指さし、目の前で広がる奇妙な光景についてあれこれ言い出した。 彼らは、ロッキーがやったことは命取りになると確信していた。 仮に彼が非常に卓越していたとしても、数百年もの間、誰も聖ドラゴンビーズと結合することができなかったのだ。 多くの屈強な男たちが失敗した以上、ロッキーに可能性はなく、 やはり、ただの捨てられた王子だった。
そのせいか、ただ突っ立っているだけで、誰もロッキーを引き止めようとはせず、 彼が聖ドラゴンビーズのパワーに苦しんでいても、ショックを受けた目で冷たく見ているだけだった。
最後の少年を救った司祭長も動かずに立ちながら、 軽蔑の眼でロッキーを見続けていただけだったので、 彼を助けるつもりがないことは明らかだった。
レナはもう我慢できず、 心配のあまりロッキーに向かって駆け出したが、 突然、低い声に呼び止められた。「レナ、放っておきなさい」
その言葉を聞いて、レナはたまらず振り返えると、 それはロッキーの体の主の父親である聖ドラゴン帝国の皇帝だった。 父親が息子が死ぬのをじっと立って見ているとは誰も思っていなかった。
「でも、バジルの体では聖ドラゴンビーズのパワーに耐えることなどできません。 このままだと死んでしまいます」
「この愚か者はもっと早く死ぬべきだった。 生かしておくのは大きな誤りだったのだ。 あの者のせいで我々王室は面目を失ったのだから」 この時、あざ笑う声が響いた。
「アルストン皇太子!」 レナはその声がアルストンのそれであることに気づき、叫んだ。
あの顔立ちのいい男はバジルの兄弟であるアルストンだった。 聖ドラゴン帝国の皇后の息子である彼は、将来皇位を継承し聖ドラゴン帝国の皇帝となることが決まっていた。
アルストンとバジルは血縁関係にあったが、彼はバジルにはよそよそしく接し、 王室に恥をかかせた人物として、憎しみに満ちた目で 常にバジルを見下していた。
「陛下…」 レナは皇帝に目を向けた。 彼女の目には怒りが見え隠れした。
しかし、皇帝は彼女の声には何の反応もせず、 地面にひざまずき、苦しみと痛みで悶えるロッキーを無表情に見つめていた。
ロッキーは、激痛のために手足が麻痺し、凍ったように感じた。 自分自身をコントロールすることがもできず、まるで自分の体ではないようだった。 しかし、奇妙な鳴き声を聞いた。 赤ちゃんの大きな泣き声のように聞こえた。 何が起こっているのかわからなかったが、自分の痛みと泣き声が関係していることは確信した。
なので、ロッキーは落ち着き、 泣き声の意味を理解し、赤ちゃんをあやそうとした。 あまり得意ではなかったが、動物遺伝学者として動物と仲良くなるという経験をかなり積んでいて、 話す以外の方法で物事を伝えられることを知っていた。 例えば、ジェスチャーとアイコンタクトを使って、人間と動物間の通常の意思疎通ができる。
そして、ロッキーが泣いている赤ちゃんを撫でている自分の姿を想像し始めると、 徐々に泣き声は弱くなってきた。 そのうちに本当に撫でている感覚になり、それは言葉では言い表せないほどの幻想的な感覚だった。
それを続けていると、泣き声がさらに弱くなり、腕の痛みも和らいでいくことに気づくと、 突然、痛みが完全に消えた。 しかし、明るい光の帯がまだ腕の周りにあり、 さらにその明るさを増していた。 そして烙印を押されたかのように、皮膚が軽く焼けるように感じた。 まるで腕にある種のパワーが注入されているように、 その腕が腫れ始めた。 そのパワーは彼には強すぎたので、パワーと圧力で腕が破裂しそうな感じがした。
突然、濁った光がロッキーの体の周りに放出され、頭上で渦として収束すると、 6つの翼を持つドラゴンの影が現れた。 その刹那、灼熱の太陽のように光がキラキラ光った。 誰もが、恐ろしい圧力に圧倒され、 息苦しくなってきた。 驚異的なパワーの効果でグランドドラゴンホールが揺れると、 人々は目の前の光景に驚愕した。
円形の演台で無関心に見つめていたドラゴン宗家の使者も、驚いた表情で激しい震えを抑えることができずにいたが、 奇妙な言葉をいくつか発すると、すぐに演台から姿を消した。
人々が全ての出来事を驚きながら見ている間に、光と圧力は幻想のように消え、 彼らの視線が再びロッキーに向けられると、そこには思いがけない光景があった。 ロッキーが無事だったことに驚いた彼らの目は大きく開いたままだった。
一方、ロッキーが立ち上がると、聖ドラゴンビーズは消えていた。 彼は、驚いた顔でこちらを見ながら、ぎこちなく黙っている王室のメンバーと貴族を見ると、困惑して立ち上がり周りを見回した。 誰もがまるで怪物を見るような目で彼を見ているのを不思議に感じた。
腕を見ると、他の人と同じように、数個のドラゴンスピリットマークがあったが、他の人のそれと比べると鮮明さに欠けていて、 よく見ないと、簡単に見落としそうだった。 その上、そのオーラもとても弱かった。
「バジル、あなたはやったのよ! 成功したのよ!」 すると、そんな声が聞こえてきた。 喜びに満ちた声だった。
ロッキーが見上げると、 レナだった。彼女の美しく端正な顔は驚き、興奮していた。 彼女の薄くて赤い唇がわずかに離れると、小さな手で口を覆った。 ショックから回復した彼女は実に魅力的だった。
「それは本当でしょうか? シメン氏族の長、ブライアントですら、聖ドラゴンビーズと結合することができなかったというのに、 彼はどうやってそれができたのでしょう?」 シャーリーは、ロッキーが聖ドラゴンビーズと結合するのを見て唖然とした。 昨日、彼女はロッキーに恥をかかせたばかりだったからだ。 そしてロッキーがそのような奇跡を起こすとは、誰も想像していなかったことは明らかだった。
「儀式は終ったの?」 ロッキーは機転が利くタイプだったので、彼らの沈黙と驚きの理由をすぐに推測することができた。 そして、それを考えると大笑いしてしまった。 自分が奇跡を起こしたことは自覚していたし、 見捨てられた王子にこんな事ができるとは誰も思っていなかったこともわかっていた。
しかし、あちらこちらから疑いの声が上がり始めた。
「どうしてこんな事が起こるのだろう? 彼のような無能な王子がどうやって聖ドラゴンビーズと結合することができたのでしょうか? 聖ドラゴン帝国の神聖な宝ですよ!」
「彼はドラゴンスピリットビーズと結合するために何年も費やしたとはいえ、何の成果も得られなかった。 なのに今、どうやってそれができるというのです?」
「何かインチキがあるに違いない。 どうしてこの役立たずが突然聖ドラゴンビーズのパワーを授けられたのだろう?」
じっと立っていた司祭長は深刻そう見えた。 そして驚いた奇妙な目でロッキーを何度も見た。 彼は怒りに耐えきれず、ついに「殿下、あなたは聖ドラゴン帝国の最も神聖な儀式を台無しにしてしまったのですよ?」と叱り始めた。
「僕が?」 ロッキーは司祭長の怒りに直面すると、肩をすくめ無実のふりをした。
「知らないふりは通用しません。 すべて意図的にやったのでしょう」と司祭長はロッキーの反応に激怒した。
「司祭長、どういう意味ですか? なぜバジルを非難するのですか?」 レナは歩きながら質問した。
「バジルが許可なく聖ドラゴンビーズに触れたことを全員が目の当たりにしたのです。 彼は、聖ドラゴンビーズが聖ドラゴン帝国の神聖な宝であることを知っているはずです。 許可なく触れることなど許されないのです」と司祭長は深刻そうに言った。
「覚えてないのですか? バジルは記憶を失っているのだから、 何も知らないのです。 聖ドラゴンビーズが何なのか、彼は知らないのです」 レナは反論した。
「しかし... 恐らく 長い期間をかけて慎重に計画していたのでしょう。 彼は弱すぎるし、 スピリットマニピュレーターになる可能性はもともとないのです。 聖ドラゴンビーズと結合しましたが、ご覧のように、彼の体からスピリチュアルパワーはわずかしか感じられません」と司祭長は公然と嘲笑った。
そして人々は、司祭長が語ったことが事実であることを悟った。 確かにロッキーにはまだスピリチュアルパワーがあまりなかった。 聖ドラゴンビーズは、非常に神聖な宝だったので、それと結合した人間はスピリットマニピュレーションの王になるほどの力を得る、と予言されていたが、 ロッキーのスピリチュアルパワーはモータルステージの1等級にも及ばなかったのだ。 また先の29人よりも劣っていた。 理論的には、強力な聖ドラゴンビーズと結合すれば、少なくともモータルステージの5等級のスピリチュアルパワーを獲得して然るべきだった。
あまりにもその差が大きかったため、 彼を認めるには説得力に欠けていた。
すぐに、グランドドラゴンホールの人々は再び混乱状態に陥り、 彼らの視線は批判的で用心深くなり、 ロッキーが聖ドラゴンビーズのパワーを手に入れたとしても無意味だと考えた。
「司祭長、あなたは過剰反応しています! とにかく、バジルは王子なので、それは問題にならないはずです」とレナは怒って反論し、 ロッキーを司祭長の侮辱から弁護した。
自分が今起こっているすべての議論のきっかけであることに間違いはないと分かっていたが、ロッキーは人々の議論や、彼らの顔や耳が赤くなるのを静かに見ながら、 「聖ドラゴン帝国の神聖な宝と結合することができるとは、かなりツイてる」と思い、心の中でクスクス笑った。 もともと自分が結合することができなくて、決してスピリットマニピュレーターになることはなかったが、 今は、ドラゴンスピリチュアルパワーを手に入れた。 つまり、自分はロイヤルスピリットマニピュレーターになり、もはやドラゴンを操れるようになったのだ。なんと喜ばしいことだった!
突然、レナと司祭長の議論は1つの咳で中断された。 彼らが振り返ると、聖ドラゴン帝国の皇帝が彼らの方に向かっていた。 ロッキーをちらっと見て群衆を見回した後、彼は「バジルは確かに過ちを犯したと私は認めなければならない。 儀式を妨害し、何年にもわたって何代も受け継がれてきた聖ドラゴン帝国の神聖な宝を破壊したのだから。 したがって、私は彼の王室での地位を剥奪し、 帝国の他の平民と同等の地位とすることを発表する」と言った。
皆、皇帝の言葉に驚いた。 彼が正義のために自らの息子を罰するとは思ってもみなかったからだ。 群衆は動揺した。
混乱の中で、皇帝である自分の父の発表にロッキーの目は点になった。