神になる
作者崔 彰寛
ジャンルファンタジー
神になる
叔父たちは、この2年間、ゼンのことを野放しにしていた。 それは彼らが慈悲深いからではなく、 単に彼らがゼンを脅威と見なしていなかったからだ。 ゼンをサンドバッグにしておくことで、彼の鍛錬と成長を妨げることから満足感も得られ、 あわよくば、殴られているうちに拳の力が弱まり、更に時間が経てば死に至ることもあるだろうと思っていた。 それこそが、彼らがずっとゼンをルオ家で飼殺しにしていた理由。
ゼンは、もし少しでも叔父たちに逆らったなら、彼らは躊躇なく自分を殺す、ということをよく知っていた。
「しかしありがとよ!グレイのやつに一矢報いて俺たちの恨みも晴らしてくれて。 ったく、あの傍若無人っぷりもよ、日に日に増長する一方でさ、 俺たちも、前からあいつが気に食わなかったんだよな」 そう言いながらメルビンは意味ありげな笑顔を浮かべた。
ルオ家の次男と三男の分家以外のすべての子供たちは、グレイのような悪党に立ち向かったゼンを密かに賞賛していた。
武道館に居た他の子供たちは公然と感謝を述べてこそいなかったものの、皆メルビンと同じ考えだった。
ルオ家のお家騒動からというもの、ルオ家には暗黒の時代が続いていた。 2つの分家の振る舞いは、悪としか例えようのないもので、 遠縁の一族に対する月々の手当は大幅に減額され、 練習や精錬のための薬の量さえも減らされていた。 さらに、次男と三男にコネがある使用人たちもつけあがり、ルオ家の氏族に対しても傲慢になった。
価値のある物はほとんどすべて、ペリンとアンドリューに与えられた。 これでは、他のルオ家の子供たちが不当に扱われていると感じても仕方がない。
今となっては誰もがゼンの父が一族の長であった時代を懐かしんでいた。 当時、ルオ家のルールは非常に厳格であったが、 少なくとも公平ではった。 その頃のルオ家には陰謀も渦巻いておらず、誰もが秩序を守り、平和に生活していて、 もちろん使用人たちも、従順であった。
しかしそんなゼンの父親が築き上げた太平の世も、お家騒動の後にルオ家を統治した分家によって壊されてしまった。
ルオ家の子供たちは皆、破門にされることを恐れ、 そのような懐旧の念を抱いていても、誰も心のうちは明かさなかった。 また、不満を垂れることも、ルオ家の規則で罰せられる対象になるので、些細な事でも軽々しく口にすることは出来なかった。
この2年間で、日に日に衰退していくルオ家の有様を見て、 ゼンはとある計画を 立てていた。
その計画とはーー
自己を精錬して力を伸ばし、機会を見計らってルオ家に害をなす「ガン細胞」を取り除くことだった。
グレイは頭を包帯でぐるぐる巻きにして、ルオ族の三男の壮大な邸宅の前に立っていた。 深手を負ったせいで、包帯からは鼻、目、口しか見えなかった。
そして彼は突然ドサッとひざまずき、 そして低い唸り声を上げ、「アンドリュー様、どうかこの哀れな老人の敵をお取りください!」と叫んだ。
椅子の背もたれに寄りかかりながら、グレイの哀れな叫びを聞いていた青緑色の服に身を包んだ青年は他でもない、 ルオ家の第二継承者であるアンドリューだった。 そのイケメンの外見の下に、非常に傲慢で自尊心の強い心を秘めていた。
「お前は手前の食事の世話をさせるためにゼンを召使として所望した、と聞いている」 アンドリューは頭を傾けて、鼻で笑った。
「アンドリュー様、それは真実ではございません」 と、グレイは偽りのすすり泣きで否定した。
しかしアンドリューはその釈明に耳を貸さなかった。 代わりに、彼は馬鹿にしたように笑いながら言った。「家族が不義不道働いたせいで奴隷の地位に降格されたとはいえ、ゼンはルオ家の血を引き継ぐものに変わりないのだ。 かつてルオ家の若様であった彼を下僕にすることは、 決して許されない、たとえ仕える主がこの俺だとしてもだ! それをよそ者でしかないお前がおめおめとそのような妄言を言い出すとは 愚かにもほどがある! お前は殴られて当然のことをしたのだ」
グレイは恭しく叩頭の礼をし、なおも言い訳や御託を並べ続けた。 「アンドリュー様、過ちを犯したことは認めますが、しかし私めは犬でもアンドリュー様の犬でございます。どうか犬の敵をと思って、やつを懲らしめてくださいませ!」 と、なおもウソ泣きをしながら、言い訳や御託を並べ続けた。
ほどなくして、もう一人の中年女性が駆け寄ってきて、 グレイの隣に静かにひざまずいた。
それはグレイの妻だった。 彼女は、アンドリューが幼少のみぎりに実母を亡くして以来、乳母としてずっとその側に仕えていたので、 アンドリューとは手てもいい関係を保っていて、 他所から見ればその親密さは、実の母子さながらだった。
「おばさん、ひざまずく必要はありません。 どうか立ってください。 グレイ、お前も立っていいぞ!」 アンドリューは手を振り、二人に立ち上がるよう合図をしながら言った。
「アンドリュー様、ご決断なされましたか?」 グレイの声はいくらか昂っていた。
アンドリューは椅子から立ち上がり、何歩か近付いて来て言った。「ペリンお兄様は、ゼンを殺さなかったのは、彼に俺たちの家族が栄耀栄華を極めるところを見せつけるためだと言っていたが、 俺はそうは思わない。 今ペリンお兄様は青雲宗に向けて出発する準備を進めている。この隙に俺がゼンを処分して差し上げようと思う」
それだけ聞くと、グレイはアンドリューがやろうとしていることを理解し、 満足してニヤリと口の周りの包帯を緩めながら、 「アンドリュー様、感謝いたします!」と叫んだ。
「しかし、これを片付けるには少し時間が必要だ」と、アンドリューは額に手を置いて言い、 グレイに目を向けて続けた。「俺は最後の魔法薬を飲んだばかりなのだ。 丸薬を服用した後は練習が不可欠でな、 何しろそれが魔法薬が俺の身体を洗練してきれいにすることができる唯一の方法なのだ。 家族練習の日に復讐を決行してはどうだろう? その日の死闘試合で、俺は対戦相手にゼンを選ぶ。 そうすれば、俺はこの手で正々堂々とあいつを始末することができる」
家臣をコケにしたゼンに復讐を誓ったアンドリューの顔には、意地の悪い笑顔が広がった。
家族練習はルオ家にとって重要な催し物である。その日、すべての子供たちの腕前がルオ族の長老たちによって審査されるのだ。
同時に、家族練習の日は奴隷にとってもまた重要な機会だった。
奴隷が家族練習の日に催される死闘試合を生き抜いた場合、彼らは晴れて奴隷から解放され、自由の身になれるのだ。死闘試合とは、完全決着を目的とする、凄惨な流血戦である。
人間サンドバッグの彼らでさえ、自由を望む権利がある。 ルオ家が彼らに自由を取り戻す機会を提供しなければ、奴隷は永遠に続く絶望の下でもろくも崩れてしまうだろう。 武道館での毎日の殴打を生き抜く理由が無くなってしまうからだ。
この制度を取り入れたことにより、奴隷たちはわずかながら希望を持つことができた。 彼らは来る日も来る日も、苦しみしかない単調な日々を送っている。だが、ひどい殴打にもかかわらず生きることを望んでいた。それは、家族練習の日が来れば、自由を手にする可能性があったからだ。
しかし、死闘試合は決して公平なものではなかった。 奴隷は毎日殴打されていたため、皆さまざまな怪我や病気に苦しんでいて、 ルオ家の健康でよく訓練された精鋭の子供たちに襲われれば、ひとたまりもなかった。
現に、毎年多くの奴隷が家族練習の日に命を落としている。 そうしている間にも、ルオ家の子供たちの腕前は審査されており、その努力と実力は、はさまざまな賞品で報われる。 したがって、ルオ家の子供たちも皆、全力で試合に勝ちに来るのだ。
「アンドリュー様、 何というご妙案。 あのガキをあと1ヶ月だけ生きさせてやろうではありませんか!」 グレイはアンドリューの前で、さらに数回叩頭の礼をしてすぐに立ちあがった。 重なった薬用ガーゼの下で、その目は激しい憎しみで光っていた。
アンドリューが去った後、中年女性はグレイに懇願し始めた。 「ゼンは悲運な青年です。 なぜあなたは彼を死に追いやらなければ気が済まないのですか? 確かにあなたを殴ったことは間違っていたけれど、 少し罰を与えれば、それで十分ではないでしょうか? 殺してしまう必要はありません」
グレイは妻の話を聞くと鼻を鳴らした。 そして彼女を睨みつけ、「女ごときの分際で! いったいお前に何が分かると言うのじゃ」
その夫の叱責で中年女性は委縮し、 言い返そうかと思ったが、何を言えば良いのか分からず、 ただそのまま閉口して、頭を垂れた。