舞台の女神さま!
作者石橋崇行
ジャンル恋愛
舞台の女神さま!
ガチャ
「ただいま……」
ボクはゆっくりと玄関のドアを開けて足早にリビングを過ぎて自室へ向かおうとした時だった。
「おい梓。話があるから来い」
重いトーンでボクを呼び止める父が不機嫌な表情を浮かべながらリビングの扉越しに立っていた。
ボクは動揺しながらゆっくりとリビングへ向かうと……
「貴様。何時だと思っているんだ?」
「実は部活があって……」
「あんな下らない芝居などまだやっているのか? あんなものやっても将来の糧にはならない。無駄な時間を過ごせば社会の負け犬になるぞ」
「はい…… でもボクは将来演劇の専門学校に……」
「お前は馬鹿か? 1年の時はいい。だが2年からは将来を見据えた進路計画をしろ。いい大学を出て俺みたいに日本を代表する企業へ就職するんだ。生徒会長の茜さんを見てみろ。ああ言う気品のある女を目指せ」
「はい、父さん…… 」
私の父松本(まつもと)武史(たけし)は茜先輩の父さんが経営する銀行の営業本部長を任され、将来を有望されている一人だった。確かに演劇だけじゃ進路は不安なのは解るよ。でもボクだって…… しかしボクが幼いころに母さんを事故で亡くしてから苦労してボクを育ててくれた父さんに反抗することなんてできなかった。震える唇を噛みしめて熱い目頭に力を入れながらゆっくりと自室へ向かおうとした時だ。
「それとそのボクって言い方やめろ。女のクセに気持ちが悪い。周りの目をもっと気にしろ」
「はい…… 」
ボクはうなだれるようにして自室へと向かった。いつもボクは茜先輩と比較され、先輩の要求を受け入れ、父さんの足を引っ張らないようにしていたんだ。ボクは姿見の前に立って学校で茜先輩に奪われた唇を指でなぞると前歯で唇を噛みしめた。
「誰にも打ち明けられない悩みを抱えることがこんなに残酷だなんて……」
何で女子がボクと呼んじゃいけないの? 何故ボクは女子を好きになっちゃいけないの? 誰がイケないと決めたんだ? 数学のように1つに決められた定義なんてないはずなのに……
今朝までの晴れたボクの心は雨模様だ。大好きな春香先生と演劇発表の際に一緒に撮った写真を見るたびに何度泣いたことか…… 無数の涙の跡が滲んでいる写真には、今夜も先生との写真に涙の跡を増やしてしまった…… そしてボクの心の傷は同じく増えていくんだ……
「春香先生……」