
この五年間、私は恋人である神谷蓮を、金のないミュージシャンから時代の寵児と呼ばれるIT企業のCEOへと、秘密裏に育て上げてきた。
自分の家賃すら払うのがやっとの、しがない彼女。そんなフリをしながら、彼の帝国のすべてに資金を提供してきた、影のエンジェル投資家。それが、私の本当の姿。
そんなある日、彼は片桐玲奈という女を連れて帰ってきた。私と不気味なほどよく似た、彼の過去の女。
彼女の侵略は、ゆっくりと、しかし執拗に始まった。私の服を着て、私の物を使い、彼の愛情を盗んでいく。私がついに反撃したとき、彼は私に「レッスン」を授けることにしたらしい。
彼は私を拉致させ、手足を縛り上げ、薄汚い地下オークションのステージへと放り投げた。薄暗がりの中から、下卑た男たちが私の体に値をつけていくのを、彼はただ見ていた。そして最後の最後でヒーロー気取りで現れて、私を「元の場所」に戻した。
彼は私を完全に打ちのめしたと思っただろう。だが、彼は私の魂を砕く、最後の一撃を放った。私が聞いているとも知らずに。
「遥は、ただの代用品だったんだ」彼は玲奈に囁いた。「お前に、似てたから」
彼は、自分が創り上げた無力な依存者だと私を信じきっていた。彼がそう口にしている間にも、私たちの離婚が成立しつつあることなど、知る由もなかった。私はスマホを手に取り、彼が決して知らない番号に電話をかけた。
「桔平さん」私の声は、不思議なほど穏やかで、揺るぎなかった。「準備はできました。結婚しましょう」
第1章
橘遥 POV:
この五年間、私は神谷蓮を、靴に穴が空いた売れないミュージシャンから、誰もが知るIT企業のCEOへと育て上げた。そして今日、彼はそのすべてを破壊する女を連れて帰ってきた。
彼女の名前は片桐玲奈。私がお金を出したこの家の、大理石のエントランスに彼女は立っていた。安っぽい花柄のワンピースが場違いで、ひどくか弱そうに見える。大きく潤んだ瞳が、私がこだわり抜いてデザインしたミニマルなリビングを不安げに見回している。その瞳は、私とまったく同じ青色だった。まるで宇宙が悪意を込めて仕組んだ、残酷な冗談みたいに。
「遥、紹介するよ。玲奈だ」
蓮は彼女の腰に手を回していた。その仕草には見覚えがある。いつもは私だけに見せる、独占欲と安心感を与えるための、優しい触れ方。
「……昔、同じ施設で育ったんだ」
私は笑顔を貼り付けた。二度と会うつもりのない相手に見せる、儀礼的な微笑み。でも、玲奈が蓮に向ける、必死に何かにすがりつくような眼差しが、これがただの訪問ではないと告げていた。
これは、侵略だ。
すべては五年前、雨の火曜日に始まった。私は橘財閥という巨大な帝国から逃げ出し、名前を少し変えて都心のアパートで普通の生活を送っていた。ただの「鈴木遥」として、フリーランスのグラフィックデザイナーをしながら。メディア王国の跡継ぎという役割を拒否するだけの、ささやかな反抗だった。
その日、私は彼を見つけた。閉鎖されたCDショップの軒下で、まるで救命ボートのようにギターケースを抱きしめてうずくまっていた。雨で濡れた黒髪が額に張り付き、安物のジャケットはずぶ濡れだった。でも、私を立ち止まらせたのは彼の顔だった。鋭い顎のラインと、次の曲で世界が変わると信じているアーティスト特有の、夢見るような強い瞳。その必死な姿は、どこか美しかった。
私は彼にコーヒーを一杯おごった。彼は神谷蓮と名乗り、濡れたアスファルトの上で、私のために歌ってくれた。彼の声は荒削りで、私にも理解できる渇望に満ちていた。
私たちは、激しく、そしてあっという間に恋に落ちた。私は彼の野心と、世界を征服してやると燃える魂の炎を愛した。彼は、誰も信じてくれない時から彼を信じた、平凡で普通の女の子である私を愛してくれている、と私は思っていた。
彼はインディーズミュージシャンのためのアプリを作りたいと言った。ビジョンはあっても、資金がなかった。だから、私が与えた。秘密裏に。ペーパーカンパニーと匿名の投資を使い、私は何億もの金を彼の夢に注ぎ込んだ。家賃もろくに払えない彼女のフリをしながら、私は彼のエンジェル投資家であり、影のパートナーであり、一番のファンだった。
彼は猛烈に働いた。成功したら、世界中を君にあげる、と約束してくれた。家も、指輪も、もう何も心配しなくていい未来も、全部買ってやる、と。
「全部、遥のためなんだ」
資金調達――私の資金――を成功させた後、疲れ果てながらも勝ち誇った顔で、彼は夜遅く私の髪に囁いた。
「俺が築くものは、全部俺たちのものだ」
私は彼を信じていた。『REN-GATE』が巨大IT企業になり、神谷蓮が叩き上げの天才として名を馳せるのを、誇らしく見守っていた。私たちは都心を見下ろすガラス張りのマンションに引っ越した。私が秘密裏に彼のために築いた帝国の証だった。
今、そのマンションで、彼は玲奈の存在を説明している。
「彼女、大変だったみたいでさ」彼の声には罪悪感が滲んでいて、それが私の神経を逆撫でした。「道端に放り出すわけにもいかないだろ。少しの間だけ、ここに。あいつが落ち着くまで」
私は何も言わなかった。玲奈の瞳の奥に、勝利の光がちらつくのを見ていた。
次の日、私のお気に入りのシルクのブラウスが、玲奈の部屋の床に丸まって落ちているのを見つけた。その翌日には、廊下で彼女とすれ違った後、私の愛用する香水の香りが漂っていた。蓮に言うと、私が過敏で、独占欲が強すぎると言われた。
一週間後、マスターベッドルームのバスルームに入ると、彼女が私のカスタムメイドの口紅を使っていた。私の肌の色に合わせて特別に作られた、ディープクリムゾンの口紅。彼女はそれを自分の唇に塗りつけ、私の鏡に映る自分に微笑みかけていた。
何かが、ぷつりと切れた。私は彼女の手から口紅をひったくった。
「私のものに」私の声は、危険なほど低かった。「触らないで」
彼女は私を見て、下唇を震わせた。「ごめんなさい。ただ……綺麗だなって思って」
私は一言も返さず、トイレに向かい、高価な口紅を便器に落として、ためらうことなく水を流した。
すぐに蓮が私を見つけた。彼は怒鳴らなかった。ただ、失望したような目で私を見た。「ただの口紅だろ、遥」
「私のものよ」と私は答えた。
二日後、私が階下に降りると、玲奈がリビングのソファに座っていた。彼女の手には、小さなベルベットの箱があった。彼女がそれを開けると、繊y細なダイヤモンドのネックレスが現れた。蓮が私たちの三年目の記念日にくれたプレゼントだった。
「蓮が、貸してくれたの」彼女の声は、甘ったるく、耳障りなメロディーのようだった。「私の方が似合うって」
視界が真っ赤に染まった。私は三歩で部屋を横切り、彼女の手からネックレスをひったくり、彼女の頬を平手打ちした。乾いた、醜い音が響いた。
彼女は息を呑み、手で頬を押さえた。
私はバルコニーのドアまで歩き、スライドさせて開けると、ネックレスを眼下に広がる庭園に向かって力いっぱい投げ捨てた。
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