私がこの物語の世界にやって来たのは、ただ一つ。北燕侯・顧景之を暗殺するという任務を遂行するためだった。
「泠、愛している」
空一面に咲き誇る花火が、まるで私を祝福しているかのようだった。眼下では、顧景之が片膝をついて私を見上げている。その真摯な眼差しに、私は袖に隠した刃を握る力を、思わず緩めてしまった。
「妻として、私に嫁いでくれないか。生涯、ただ君だけを愛すると誓う」
「はい」
脳内でシステムが警告をけたたましく鳴らし続けていたが、私は構わず、その手を取った。
だが、現実は私の頬を容赦なく打ちのめした。
「蘇泠、侯爵夫人でありながら三年も子をなさぬとは。潔くその座を退き、賢明な者に譲るべきだ」
「……はい」
かつて彼からの求婚を受け入れた時と同じように、私は力なく頷いた。
その夜、燃え盛る炎が私の住む屋敷を焼き尽くし、私をこの苦海から解き放ってくれた。
再び目を開けると、私はあの日――彼が私に求婚した、あの日に戻っていた。
だが今度は、彼が泣きながら懇願していた。「泠、行かないでくれ」
私は震える手で桶を持ち上げ、井戸へと縄を投げ入れると、力いっぱい引き上げた。
侍女も下男もいない暮らし。全てを自分の手でこなさなければならない生活には、とうに慣れてしまった。
ろくな食事もとれない日々が続き、私の手は枯れ木のように痩せ細っている。
感情のこもらぬ手つきで、水の入った桶を地面にどすりと置いた。
水を汲むという単純な作業も、毎日繰り返さなければ、飲む水も体を清める水もないのだ。
「宿主、後悔していますか?」
システムの無機質な声が、脳内に響く。
私は力なく笑みを浮かべるだけで、何も答えなかった。
後悔しているか? もちろん、後悔している。 だが、この世に後悔をなかったことにする薬など、どこにも売ってはいない。